ネットワークというどこにでもある不思議 - (page 2)

  その解釈として、そのネットワークから得られる直接的な便益とは異なる「価値」を 求める奇特な人=エベレット・ロジャースの「普及学」による区分でいうところの 「革新的採用者」や「初期少数採用者」が存在する、というものがある 。奇特な人が重視する価値とは、例えば物珍しいものが好きといった新奇性や、優れたデザインや価格が高価、あるいは希少なものを持つことなどから得られる差別性の重視などがあるだろう。

  ロジャースは過去の様々な普及に関する研究を横断的に調べ、普及に関する知見の蓄積を積極的に進めたことで知られる研究者だ。彼は、そのキャリアを農業社会学からスタートし、農村などを中心にした知識の伝播に注目するようになった。そして、20世紀中盤にかけて急速に成長したコミュニケーション研究の中核的な研究者の1人として地位を確立している。

  彼の横断的な普及研究へのアプローチによれば、ネットワークに関連した商品やサービスに限らず、普及初期に新しい商品やサービス=イノベーションを採用する人の数はきわめて少数であるという。例えば普及が正規分布に従うとき、革新的採用者は平均から2σ以上離れた領域に 位置し、全体の2.5%ほどを占める。また、初期少数採用者は1〜2σの間に分布する としており、その数は全体の13.5%程度だとしている。 クリティカルマスについては、経験則からこれらの奇特な人よりも平均に近いところにあり、全体の15〜25%程度のところにあると主張する人が多い。

  であれば、全体の15%未満の奇特な人はともかく、彼らに加えて全体の1割〜2割もの人が参加しなければ対価に対して十分な価値が提供されないということになる。しかし仮に、普及の対象が緩くないネットワーク商品やサービスであった場合、商品やサービスが「対」として緩くない分、一定の規模に普及度が達するとその利用者らが自己主張をする可能性がある。例えばMac愛好者などのロイヤル・ユーザーのような一種の「伝道師」が現れたり、すべての既存商品を新しい商品やサービスに無謀ながら移行してしまって後戻りできない状況に置かれるユーザーが発生したりすることで、急速に便益が高まる=クリティカルマスの出現が前倒しする可能性がある。

 とはいえ、前倒し効果はそれほどでもないことも知られている。そのため、緩くないネットワークであっても依然としてかなり大きな母集団を獲得しない限りサービスは終息に向かい、初期設備投資などを含めた投資回収の均衡点を超えることなどとても無理だということには違いがないのだ。

ネットワークの多重構造

  緩くないネットワークの商品やサービスを普及させるためには、初期に特別な処置が必要なことは明らかだ。特別なディスカウントやすでに普及している商品とのバンドリングなど、これまでに考えられる限りの対策が講じられてきた。

  例えばそのひとつとして、ある程度まとまった団体単位で一括加入させる「強制普及」というアプローチがある。対象とする母集団から特定の規模を切り出した下位ネットワーク内部で、十分に密度の高いネットワークを作為的に作り出し、下位ネットワークの構成員の便益を十二分に高めるというやり方だ。これは、営業コストなどに対して効率のよい収益機会の確立が可能になるのと同時に、母集団全体がクリティカルマスに到達するのを促すことにも貢献する。しかし、それら下位ネットワークでは普及が成功しても、母集団全体での普及に失敗すると不十分な規模の市場に対して固定費を継続的に支出することが避けられなくなるため、リスクがないわけではない。

  もうひとつのやり方として、ネットワークの構成要素として付加価値の大きそうなノードをピンポイントに選んで、優先的にネットワークに勧誘するというやり方がある。ロジャースもハブという表現は用いていないものの、「コスモポリタン」といった複数のネットワークをつなぐ機能を持ったノードとなる資質について特徴をまとめている。 このようなネットワークの中で相対的にほかのノードと比べてたくさんのリンクを有 しているノード=ハブの分布は、典型的に「べき乗則」に従っていると認識され ることが多い(この部分について過剰な認知=選択認知と、それを肯定する認知的 不協和という現象が心理的に発生しやすいことは、前回のエントリーで述べたとおりだ)。しかし、普及開始時点でサービスのハブとしての必要条件を特定することは難しいため、一般的な影響力や財力、地位などの社会経済的な属性を参考にして抽出されることが多い。

  このようにネットワークを規模という視点で多重化したり、ハブに注目して構造的・トポロジー的に多重化したりする方法が、比較的緩くないネットワークを効率的に普及させるためには優れた戦略だとされる。例えばSNSのGREEを主催する田中良和さんは、前者と後者の戦略をうまくミックスして採用しているようだ。典型的には、ITリテラシーの高い大学出身者や帰国子女のコミュニティをメインターゲットとし、また、ほかのコミュニティに対しても接点を持った「ハブとなりうる人」を優先的に取り込んで、彼らからの招待で効果的に参加者を募るというやり方を採っている。

  これらの多重的な構造を一時的に確立することで:

  1. 人間関係などそもそもあったネットワークをベースに、商品やサービスとしてのネットワークを効率的に構築することが可能になる
  2. 次の段階では、その取り込まれたネットワーク内部でさらに新たなノード間の接合が生じ、ネットワーク密度を増すという次なるフェーズに進展していく

  ただ、気をつけなければいけないのは、1と2ではネットワークの成長の方向性が異なるということだ。1では外的にネットワークの規模を広げることが中心となり、普及が実現される。2では、ネットワーク内部の密度が高まるということになる。そのため、同じサービスであっても収益に貢献する仕組みが異なることがわかる。

  これらの特徴を生かしたサービスなどの展開については、次回述べることにしよう。

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