サーバ型放送と合意形成 - (page 2)

本当にこんなサービスが求められているのか

  規制が大きく影響するサービスは以前と比べ非常に少なくなってきた。しかし、依然として放送関連は、サービスそのもののあり方に加えて、事業者免許という参入者規制も存在している。そのため、通信などに比べて、サービスそのものにおける自由な競争が生じにくい構造になっている。せいぜい競争するアリーナはコンテンツそのものであり、サービスのあり方自体は固定されている。多チャンネル化やデータ放送などサービスの幅を広げることは話し合われたとはいえ、ユーザーにとってどんなサービスが望ましいかという視点や取り組みは、議論の俎上にも載ることはなかった。サーバ型放送についてもその延長上の話し合い方が行われているように感じる。ユーザー不在の製品開発、ということだ。

  しかし、一方で非常に大切にされているステイクホルダーも存在する。例えば、番組に出演するタレントやアーティスト、それに番組などの肝を握るプロダクションなどだ。ブロードバンドのインフラ環境が整備されているものの、音楽や映画のノンパッケージ配信サービスで欧米に2歩も3歩も遅れている日本では、ハリウッド以上に「コンテンツ・イズ・キング」状態が続いている。ケータイまでも含めればインターネットの普及が全人口の80%を超えるこのご時勢ですら、放送局のサイトにある番組情報ページに写真さえ掲載を許さないタレント事務所も複数あるほどだ。しかし、彼らなくしては金になるコンテンツ流通を議論できないというのも現実なのだ。

  サーバ型放送では著作権者に対する考慮が非常に行き渡っており、勢いユーザーの自由な行動が制限されることになる。もちろん、違法な利用を促進するようなサービスを導入するべきだと言う気はさらさらない。このような議論はどこで線を引くかについての合意形成が非常に大切なはずだ。にもかかわらず、それに関するアジェンダを持ち込む先はどこにもないのが現状だ。

合意形成なく進行するサーバ型放送に明日はあるのか

  現在、地上デジタル放送受信機の大半でインターネット接続が可能になっているが、それはメーカー側の「任意」の装備であって規格として取り入れられているものではない。ただ、ラップトップを膝に置きながらテレビ番組を観るというダブルディスプレイ視聴が潜在的に普及しつつあり、一部 放送局ではデータ放送を補完するような情報を、テレビ受像機の中にインターネット経 由で引き出せるサービスを開始している。

  また、HDDという大容量記録媒体を利用した番組録画装置(PVR)が急激に普及しつつあり、PVRはランダムアクセスや自動番組選択などによって、これまでのタイムシフト視聴とは本質的に異なる視聴行動を生みだしている。結果、すでにネットとテレビの利用はクロスオーバーし、じっとひとつの局を継続的に見るという行動習慣は消滅しつつある。つまり、それまで「放送」という特定の枠組みの中で最適化されてきた、特に民放の価値創造の仕組みは、事業としての継続とは別に本質的な部分で崩壊しつつある。

  サーバ型放送は、放送というサービスの幅を広げるためよりも、むしろ上述した傾向に歯止めをかけるため、あるいはその変化を留めることができないのであれば先手を打つという意味で、放送局にとって避けて通れないものになってきた。だが同時に、その導入は広告事業という現行ビジネスを維持したいと願う者にとっては受け入れ難い選択肢にもなる。

  ややこしいことに、放送事業者の中でも公共・有料放送事業者と民放では、サーバ型放送のあり方や進め方について温度差が生じ始めている。積極推進派と消極派(といっては聞こえが悪く、堅実派というべきだろうか)によって、サービスそのものに異なる仕様を要求する可能性が出てきた。、結果、極端にいえば、サーバ型放送対応といってもテレビや受信機によっては、公共放送や有料放送には対応していても民放のサービスには対応しない可能性が出てきている。

  現在、静観している家電メーカーや、独自にトリプルプレイを推進している通信事業者は、サーバ型放送そのものよりも放送と通信の融合というポイントにおいて発展性に注目している。しかし、必ずしも放送局主導のサーバ型放送という規格と、それを前提としたサービスのあり方については歓迎していると言いがたい状況にある。ひとつのコンテンツサービスのあり方としては受け入れるであろうが、単なる「器」や「土管」として位置づけられるだけであれば、積極的に支援という立場はとりにくいであろう。

いまこそ「正論」が必要

 これまでは放送や無線といえば電波産業会(ARIB)という総務省の外郭団体で規制やサービスのあり方の詳細が議論されてきたが、サーバ型放送では業界関連事業者の任意団体「サーバー型放送運用規定作成プロジェクト(サーバーP)」で議論が進められている。今まで舵取りの役を担ってきた官の不在が、より自由度の大きな合意形成を困難にしている可能性がある。もちろん官主導が望ましいといっているのではなく、これまでとは異なるタスクを自発的に担ったことのないプレイヤーが担わなければならないという無理がある。いかんせんこのような状態では、既存のプレイヤーが慣れ親しんだ環境を維持する慣性が強く働くため、これまでとは異なる形態の新しい器に、古い中身をそのままに入れてしまう可能性が高い。当然、それはマッチすることはないだろう。

  本来サーバ型放送は、放送としてのみ捉えられるべきではない重要なサービスであると考えられる。放送と通信、そして家電の融合という運命を担うがゆえに、これまで以上にステイクホルダー間での合意形成が重要なはずだ。それらプレイヤーは本来「あるべき姿」という正論において合意した上で初めて詳細を議論するべきではあるものの、いかんせん行司なきプロジェクトにおいては、お互いの現実をぶつけ合うことになりかねない。結果がどうなるかについては、ご想像に難くないだろう。

  正論を述べるという、ある種「青臭い」話をすること自体ばかげているというご意見もあろう。しかし、新たなる領域を既存のプレイヤー同士で攻める必要がある際には、プロトコルを始めとした各種基 盤形成をするためにも、ベンチマークとしての「正論」がその後の動向に大きな影響を及ぼすことは広く知られている。

  サーバ型放送は個人的にも期待するがゆえに、その基点に今こそ戻るということを提案したい。それが、同意形成プロセスのあるべき姿につながるのではないだろうか。

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