“iPod旋風”の極意は心に深く突き刺さる前刀流マーケティングにあり:前編 - (page 3)

別井 貴志 (編集部) 、構成:島田昇(編集部)2006年12月26日 13時08分

小池:それがライブドアの始まりだったということだね。その後、資金調達に成功したと。

前刀:ニューブリッジキャピタルからファンドで3000万ドルのコミットを取り付けました。一括払いじゃないけどね。業績を見ながらぽんぽんと入れていくシステムです。

小池:あの当時にしたらスタートアップで3000万ドルというのはなかなか……。

前刀:そう、非常に例外的だった。ただ、これは良いところと悪いところがあって、1社にぼこんと入れてもらうと、資金面で細かい心配はせずに思い切り走って行けるという反面、思いっ切り口を出される。そういう意味では、ライブドア時代を振り返ってみると、上場こそしなかったのですが、結局、毎月毎月が株主側との真剣勝負だった。

小池:なかなか日本人でそういうマネジメントに堪えられる人はいないけど、やっぱり日本の経営ってなあなあで済んじゃうところがあるから、そういう月ごとやクオーターごとのレビューとか、外から言われる圧力がないとどんどん緩んじゃうよね。

前刀:そう、緩んじゃうよね。いわゆるサイレント・シェア・ホルダーが多い中に慣れているというのもあるし、そういう意味では外資で雇われてマネジメントやっている人も、甘いかな。何が甘いかというと、キャッシュフローの心配をしなくてもいいから。

 やっぱりサラリーマンだけでやってきている人って、つまんない話だけど、接待交際費の使い方とか恐ろしいよ。僕はAppleのああいうポジションにいて、「歴代の中で最も金を使わなかった男だ」と言われましたよ。

 そこの感覚を持ち得るか否かは、ものすごく大きな差。それはキャッシュフローを真剣に考えて苦しんだことがある人間じゃないと分からないですから。

小池:でも、ライブドアの時は最初に広告宣伝費も含めて、会員を一気に獲得しようという、割と大胆な戦略に出た数少ないベンチャーでしたよね。

前刀:そこは今だから言えるんだけど、当時のライブドアは広告宣伝費をド派手にやった印象がすごく強いと思われがちなんですが、マーケティングストラテジーの妙で、実はそれほどコストはかけていなかったんです。

 何をやったのかというと、最初はひたすらくち口コミ作り。だから、会員数を30万人ぐらい獲得したところまで一切テレビCMはやらない方針で、イベントをやって街頭で入会用CD-ROMを配るとか、後はせいぜい雑誌広告。しかも、当時のライブドアの広告を覚えている人もいるかもしれないけど、ジャンヌ・ダルクのフランス革命のビジュアルを使ったんだよね。一見、ISPの広告というよりはファッションブランドの広告っていう感じ。ネットの会社でブランドを考えた広告なんて誰も打ったことがなかった時に「livedoor」というブランドを作ろうとした。そして、これをテコに「フリーISP=ライブドア」という口コミを作っていって、30万人というベースを作ったうえで初めてテレビCMにかかった。

 なぜそれが大切かというと、誰も周りに使ったことがある人がいなければ、そのあとの波及効果が出ない。でもライブドアっていうのは、口コミで30万会員プラスその周辺にいる人たちを含めて、ライブドアという名前は知っているわけ。街頭などでもテレビCMと合わせてメディアミックスでやったのはラッピングバス。あの手法はまだ出たばかりで、今考えると恐ろしいほど安く、1車両1年120万円とか、ただみたいな媒体だった。ああいうものをうまく掛け合わせてやったわけです。

 これにプラス、5人のタレントを使ったんだけれども、通常、タレントを使うときは1年契約なんだよね。それをいろんなコネクションを使って半年契約にして、しかも5人合わせて半年契約で4000万円でやりました。

小池:そんな安くできたの?

前刀:だからあのキャンペーンはたったの総額2億円しか使っていない。でも、すごいインパクトと波及効果があって、そういう事実を知らない人は「ライブドアはものすごく広告宣伝費を使った」と思っている。だからライブドアの何十億というお金のほとんどは、設備投資の方に使ったんです。

 「Yahoo!BB」の会員獲得コストが当時の計算で1人当たり2万、3万円と言われていますが、ライブドアは1人当たり2000円から2500円で取れていた。

小池:アクイジションコストがそんな金額で済んだの?

前刀:もちろん、フリーISPだからっていうのもあるけど、恐ろしく効率良く取れたんだよね。だけど、もともと僕は経歴を見てもらっても分かるように、AOLでは最初にコンテンツのGMだったし、マーケティング畑をずっと歩いてきたわけでは全くない。マーケティングがとても得意な人のように思われているんだけれども。

小池:そういうイメージで見られていますよね。

前刀:それは結果論であって、アカデミックなマーケティング手法がどうのこうのというのは僕の場合全く関係なくて、むしろ直感的に何が求められているかとか、どうやってアプローチしたらいいかということを割と発想でやってきている方なんです。

 話を戻してライブドアのその後ですけれど、2002年の5月頃に突然、ファイナンスから「前刀さん、ワールドコムから入金がありません」という報告を受けたんです。それが大事件になってしまったワールドコム、チャプター11(会社更生法申請)なんだよね。

 当時、ライブドアはワールドコムが一番のビッグパートナーで、レベニューの8割程度がワールドコムだった。そのキックバックの支払いが止まったんです。当然、ワールドコムに払えと乗り込んで行ったけど、ジャパンオフィスではどうしようもない。ニューブリッジキャピタルからブリッジローン(つなぎ融資)を受けてオペレーションを続け、ワールドコムから他のテレコム会社へ切り替え、収益確保と基盤強化を急速に進めましたが、最終的にはこれ以上ネット企業への融資はできないということになりました。ワールドコムの経営破綻による米国のネットバブル崩壊の影響を受けたわけですね。資金が不足した状態で放っておくと会社は単に潰れるだけになってしまうので、すぐ知り合いの弁護士に話をしました。

 それで「あまり今までやったことはないんだけれど、民事再生と営業譲渡のプレパッケージをやろう」ということになって、最終的に入札の結果、エッヂ(現ライブドア)に譲渡することが決まりました。2002年10月末に営業譲渡契約を締結した直後に東京地裁へ民事再生の申し立てをして、そこから民事再生の手続き開始。ひと月で譲渡手続きを完了させるというのをやったんだよね。しかも、譲渡した事業は脱ワールドコムが完了し、黒字化が整った状態。

 営業譲渡というのは、本当は社員が機能し通常業務を続けられないと譲渡手続きもできないんだけど、なんと恐ろしいことに、ものすごい勢いでみんな仕事をしていたんだよね。だから弁護士が驚いていた。「前刀さん、すごい求心力だ。みんな会社がなくなっちゃうのに、何事もないかのようにものすごい勢いで仕事をしている。僕はそれが一番心配だったよ」って。

 ※ライブドア営業譲渡後のアップルコンピュータでの活躍やWeb 2.0ブームに対する疑問点などについては、12月29日(金)午前8時更新予定の後編をご覧下さい。

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