監査人が見たライブドア事件の舞台裏:前編 - (page 3)

構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
2006年06月12日 08時00分

田中:本人に聞いていないのでわかりません。結果的にバカだったんですが、私は火中の栗をわざわざ拾いに行ったんですよね。当時の状況を見ていて、こんなのでいいのか、すごく情けないと思った。

 一方で、宮内さんは彼らのことを“ものわかりのいい会計士”だと思っているわけですね。見ていられませんでした。

 なおかつ宮内さんが私に言ったのは、「田中さんはうちにサインしていないんですよね」と。つまり、監査責任者じゃないんですよねというわけですよ。その心は「責任者でもない人に言われたくない」ということです。私はそれもカチンと来たわけですよ。「だったら、俺がサインして全部言うことを聞いてもらおう」と思って、私は怒りというか……大人気なかったんですが、それが原点、原動力なんです。

 私は堀江さんや宮内さんにいろいろとうるさいことを言わせて頂いたんですよね。だけど、特捜部は過去に遡った分についても不正を許してくれなかった。それで、今年になって、年が明けて強制捜査が入ったというのが全体の流れなんですよ。

監査責任者になってから「ファンドスキーム」を解消させた

小池:だから2004年度は問題だったけれども、2005年度からは田中さんが入って、ああだこうだやってからはきれいになったということだよね。

田中:きれいになったというのは、ファンドスキームを私が禁じ手を使って見つけて解消させたんです。悪知恵を働かせて何かトリッキーなことをやる環境を消させたんです。そうすると、変なことをやる可能性を封じ込むことになりますよね。もっとも、事件を未然に防ぐことができなかったわけで、結果的に、私も力不足だったと感じますし、悔やみきれない部分があります。私も完璧とは言えません。

 そして、コーポレートガバナンスとか内部統制とかそういったものができているかというとまだ完璧じゃないですよ。ですが、次はそこを整備していこうというところで強制捜査が入ってしまったんです。

小池:折しも、中央青山監査法人が厳しい処分を受けた。その発端はカネボウの粉飾だったと思うんだけど、会計士の人たちのリスク感覚・倫理観は、ほかのビジネスの世界でやっている人たちとは、若干違うところがあるんじゃないかと思うんだよね。

 田中さんはほかの会計士・監査法人よりはいろいろな会社で経験しているけれど、会計士という特殊な職業のリスク感覚・倫理感覚はどう思いますか。

田中:倫理観とかリスクに関しての理解は、職業柄、特別に持っていると思うんです。監査人であれば公正不偏な態度で臨まなければいけないとか、独立的な立場で、ある意味、職業的猜疑心を持って監査に取り組まねばならないということは、誰も思っているわけです。

 だけど、そういう深刻な場面に出くわす人が何人いるかというと、すごく少ない確率なんですよね。そもそもそんな場面に出くわさない。出くわしたときにどういう判断ないし行動ができるかというところが分かれてくるんですよ。不運なことにそういう場面に出くわして、是々非々でできなかった人がいたということだと思うんです。

 たとえば、すごく大きなお客さんがいて、監査報酬も相当もらっていたとします。それで、自分の所属する部署はそこのお客さんに対する依存度がけっこう大きいといった場合に、その会社の決算書ではうちは監査意見(適正意見)を出せませんといったときにどういう判断をするか。正しくないんだから(監査契約を)切ったらいいじゃないかという判断ができるかどうかなんですよね。別に1社失ったってまたお客さんを連れてくればいいし、こんなお客さんと付き合う必要はないと切る判断ができれば問題はありませんが、やっぱりそのお客さんに依存するようになると危ないんですよね。

 そのお客さんを切ってほかのお客さんを連れて来られる営業力があるとか、信頼があるとか、力があるということで補えればいいし、もしくは自分はお客さんを切った責任を取ってその監査法人をやめるんだという判断ができればいい。

小池:カネボウなんかも粉飾を知っていて加担したわけでしょう。リスクを考えると賄賂をもらわないと割に合わないよね。

田中:特別には絶対にもらっていないと思いますよ。

小池:倫理観として、粉飾に目をつぶることによって会社が存続して、何万人かわからないけれども、カネボウの従業員、家族が路頭に迷うことがないようにと考えたのかもしれないね。

田中:おそらくそうですね。カネボウのケースで報道されている内容ですが、会計士だって当然このままではまずいということはわかっているわけです。会社は会計士に「今年1年は本当に勘弁してください、来年は絶対に良くなりますから。こんな計画があります。今この決算をやってしまったら従業員がクビになって大変です」と言うけれども、そこで「じゃあ、この1年だけですよ」というのが2年になり、3年になり、最後には行き着くところまで行ってしまう。

 それはどういうことかというと、会計士・監査人が会社のためと思ってやったことが結果的には全然会社のためになっていないわけです。それどころか経営陣は逮捕されて、自分も逮捕されて、もう目も当てられない状況ですよね。

 だから、その時点で是々非々でちゃんとやっておくというのが結果的に絶対に会社のためになるんですよ。僕は、以前務めていた大手の監査法人のときに、たまたまそういう経験があったんです。ある意味「死刑宣告」をしたんですが、その会社は今、プライベート・エクイティ・ファンドのもとで再生して元気にやっているんです。そういう経験があって、“今”がちゃんと証明してくれているという自負もあるので、ライブドア経営陣に対して遠慮しなかったというのもあるんです。

小池:監査法人も内部監査やリスクマネジメントを指導する立場でありながら、自らは脇が甘いところがあるということかな。社会に出てずっと会計士という人の中にはその辺の倫理観と社会常識がビジネス慣れしていない人もいるんだね。

 田中さんはライブドアの中に入って、監査責任者になって2005年度からは宮内さんを中心に堀江さんとかいろいろな人たちと、ある意味で闘ってきたわけでしょう。そういう立場から見て、ライブドアの中の経営体制なり、ディシジョンツリーはどんな感じになっていましたか。役割分担というか。

田中:私は直接そこにいたわけではないので、聞いた話ですが、いろいろな会議をやるんですよね。戦略会議だとか営業会議だとか、取締役会ももちろんありますが、あとは執行役員会議とかあるんですが、世間は堀江さんのワンマンというイメージがありますが、会議なんかはそうじゃなくて、堀江さんが「こうしましょう」と言っても、周りが罵声を浴びせるように「そんなものはできない」「こういうふうにやるべきだ」という喧々囂々たる議論はやっていたみたいですね。

 そういう意味で言うと、話を聞く限り、オールドエコノミーの会社よりよっぽど意見をぶつけ合って正しい解を導こうという発想はあったと思うんです。そこに何か不健全性があったかどうかはわからなくて、これはどんなスキャンダルでもそうですが、ガバナンスというか、内部統制という意味では、仕組みはあるんですが、今回の立件対象になっている違法行為などはその枠外でやるんですよね。

小池:堀江さんはその時期、例のプロ野球の問題や何だかんだを含めて、対外的にもどんどん新しいチャレンジをしていった。かなりハードルの高い目標をどんどん設定していくタイプですよね。

 それを有言実行でアクションを起こしていくところがけっこう大変だったんじゃないかと思うんですが、堀江さんが目標を立てて、宮内さんが実行する中で、やっぱりちょっと無理というか、ひずみみたいなものがあったのではないかと思うんですが。

田中:そうですね。宮内さんは賢い人なので、堀江さんが目標と言って経常利益が何億というようにぶち上げる数字がありますけど、多分、宮内さんは現状のビジネスモデルでは無理だと考えていたと思うんです。岡本さん※5なんか、私には「やっぱりしんどい」と言っていました。

※5 証券取引法違反の罪に問われているライブドアマーケティング前社長岡本文人氏。

 そうするとどうなるかというと、1つは堀江さんの期待に応えないといけないという忠誠心ですよね。あとは市場に応えないといけない、株価を上げなければいけないという中で行き着いたのが、粉飾という違法行為だと思うんです。ただ、買収していろいろビジネスラインを整えていく中で、もうちょっとしたらちゃんと社長が言うような数字を作れるようになるという青写真があったんじゃないかと思うんです。

小池:堀江さんがけっこう高いハードルのバーを立てて、宮内さんはとにかく考えて、これでどうかとやっても溝が埋まらない。通常だったら、現実的に無理だとわかったら目標を下げるだろうが、堀江さんはそれをしたくない。できない人だったということかな。

田中:あのときは、近鉄の買収をめぐって楽天とモロにガチンコ勝負をやった時でもあったので、経常利益50億円はなんとしても出さなければいけないというのがあったのでしょうね。

小池:原点は三木谷さんをライバル視して、経常利益50億円と対マスコミにも打ちだして、あのときも「(楽天の)実態を知っていますか、経常利益はこれだけですよ」というようなことも言っていたけど、やっぱり言ってしまった手前それを下げられなかったというのが、一番の問題なのかな。

田中:多分そうですね。

田中慎一氏
後編へ続く:後編はライブドアに強制捜査が入った以降の話や田中氏が考える起業についての話題になります)
小池 聡

iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。

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