大橋禅太郎氏に見るIPOしない起業家の生き方--2 - (page 3)

構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
2006年04月05日 08時00分

大橋 IPOすることの素晴らしさもあるし、一人でやることの素晴らしさもあるし、どっちの道を選ぶかしかない。たまたま僕はいま一人で自由なことが好きにできて、会社を辞めようと思ったら明日辞めますと言うこともできる道を選んでいる。

 僕のお客さんで上場しようとしていた会社があって、上場準備をしていたんだけども、やっていくうちに、「上場すると、俺らの本来やりたいこと以外の事にたくさんフォーカスしなきゃいけないから」と言って上場をやめた会社があるんです。3年前に知り合ったときに、上場の基準値を出すときに3億円の利益を出そうとしていたのに、5億円も出ちゃったんですよね。今、前期に20億円の利益を出しているんです。そうすると、そこの事業ドメインからすると自己資本でやりたいことができるので、彼らは上場しない道を選んですごく大成功でした。

IPOをやるなら正しくやる。IPOしない道もある

小池 IPOを目指す起業家が何のためにIPOするかというと、いっぱいお金が欲しいとかいろいろあるけれど、そのために犠牲にしていることもある。やりたいことはできないし、自由な時間はないし、IPOをしてもそんなに株が売れるわけじゃないから、思ったほどお金にならない。株主に対しても責任があるし、結構面倒だよね。その引き替えを考えると起業家として禅ちゃんみたいな生き方もあるよね。

大橋 別に上場しないのが悪いわけではなくて、自分たちに合ったものを選んだものを実行できるのはすごく重要なことで、例えばカツ丼がいいか天丼がいいかって、どっちでも成功できるし、どっちでも失敗ができるんです。自分がカツ丼に決めたらカツ丼が正しくできるかどうかというのが、多分経営の実力だと思う。だから、IPOをやろうと決めたら、IPOが正しくなるようにするべき。お客さんにサービスを提供したり、従業員の満足を得たり、市場から利益を得るにはこの方法で正しくしようというので全然構わない。それができるというのが経営の実力だと思う。

 なので、そのときやりたいことがやれることが大事。その人にとってIPOしない道が合っている企業もある。もちろんそれをやるには実力が試されるし、頼れるのは基本的にお客さんから入ってくる収入だけで株も余計に発行して増資することも簡単にできない。

小池 全く同感です。今日はいろいろ面白い話をありがとう。

大橋 ありがとうございました。

アントレプレナーへの言葉--小池聡

 大橋禅太郎さん(禅ちゃん)は、1990年代初頭にアメリカで起こったインターネット・ゴールドラッシュで、インターネットビジネスの金鉱堀りを一緒にやってきた数少ない日本人の仲間です。

 インターネットという産業革命以来の大きなパラダイムシフトにビジネスチャンスを見出した起業家や投資家が多数群がって来ましたが、われわれはその中でも早くからその金鉱を見出して金鉱堀りを行っていました。対談でも紹介した「.tv」プロジェクトではツバル共和国に乗り込んで行って大統領にプレゼンするなど、禅ちゃんは本当の石油発掘で培った「リスクを恐れずチャレンジする」行動力をいかんなく発揮してくれました。私も昔はよく「できそうもない大きな事を言う」、「虚言壁がある」と言われてきましたが、「やりたいと思うことは必ずできる」と信じて有言実行を貫いてきましたので、禅ちゃんとは、お互いの大それた発想がアウンの呼吸で通じ合う数少ないパートナーでした。

 90年代初頭からの数年は、そんな野心を持ったクレイジーな奴らが暴れまわった時代でした。AppleのCEO、スティーブ・ジョブスが昨年6月のスタンフォード大学卒業式で学生達に送った言葉「Stay Hungry. Stay Foolish.」は、まさにその時代の熱狂を物語る合言葉だったと思います。私もその当時の起業家を取り巻くクレイジーな熱狂を懐かしく思い出しましたが、ジョブスもきっと、ネットバブル崩壊後、安定を求めて保守的になった学生達に、ハングリーでクレイジーなチャレンジを求めて卒業生に贈る言葉としたのではないかと思います。そういう意味で、私も今の日本の起業家にはハングリー精神と自分のアイデアを信じて最後まで成し遂げる強い意志がまだまだ欠けていると感じています。

 禅ちゃんは「ハングリーでクレイジー」な起業家でしたが、現在は自身のこれまでの経験を生かして日本の経営者を成功に導く「マネージメントコーチ」を生業としています。しかし、自分のライフスタイルを重視して「3週間死に物狂いで働いて1週間は完全に休み。週4日以上は仕事をしない」という何ともうらやましいビジネススタイルを貫いています。それでも年収は数千万円の上の方だそうで、IPOせずとも金銭的にも生活面の充実度でもリッチな暮らしをエンジョイしています。

 「ベンチャー」「起業」というと「IPOして有名になって、お金持ちになって」というような憧れでチャレンジする人も多いのですが、その半面、投資家から投資を受けた時点で株主に対して大きな経営責任を負うことになり、ましてや上場を果たすとなると公開企業の経営者として株主・顧客・従業員などあらゆるステークホルダーへの責任が重くのしかかってきます。自分の自由な時間や自由な行動も制限され、ライフスタイルやビジネススタイルにも大きな影響が出てきます。

 ベンチャーキャピタリストの私が言うのもおかしいのですが、ベンチャー起業家はみんなIPOを目指す必要もなく、禅ちゃんのように、自分のやりたい事を自分のペースでやり、生活とビジネスをエンジョイするという起業家の生き方もあるでしょう。とは言っても起業はそんなに甘いものではありません。「Stay Hungry. Stay Foolish.」を忘れずに。

小池 聡

iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。

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