「ITを実際の社会に落としていく」内閣官房・岸博幸氏 - (page 2)

「e-Japan戦略(I)」の意義

--さて、そういった新体制の下で議論されて作られたe-Japan戦略(※注3)ですが、発表当初は賛否両論が渦巻いていたと記憶しています。結果論ですが、現在の時点から振り返ると、その時に謳われていた目標は、意外ときちんと達成されつつあるように見えます。また、先ほどのやりとりで明らかになったように、日本政府が本気になってITをやるんだぞ、と国内外に向けてきちんと(目標付きで)宣言するという意味でも、重要な戦略文書だったんだなぁ、と思うわけです。実際に現場でその過程をみてこられた岸さんに、そのあたりの評価についてお伺いしたいのですが。

岸: はい。良かった点、悪かった点に分けて話しましょうか。

 まず、良かった点から申し上げると、常時接続インターネット、いわゆるブロードバンドの普及の底上げに貢献したという点はご存じのようにe-Japan戦略Iの成果としては基本的な部分であると思います。政府が施策として実行したのはごくわずか(DSL市場の競争環境の確保、※注4)で、基本的には民間企業の皆さんが頑張ったからなんですが、ブロードバンドというものにきちんとした 定義と数値目標を与えて、官民一体となった推進機運を作り出したのは大きかったと思います。

 次に、民間人がたくさん入って、民間主導でe-Japan戦略が議論されていったという点。民間主導だったので、ビジネスの面からもやりやすい政策パッケージができたんだと思います。通常、審議会とかでは省庁の担当者がキーマンとなる先生をマンツーマンディフェンスして(笑)ご進講ご進講と役所の意見をレクするのですが、その中でも自分たちの意見を曲げなかった。村井先生、出井社長はその点が凄かったですね。

 例えば、普及についての数値目標を設定するというのはかなり画期的だったわけですが、そこの部分で、IT戦略本部の民間人委員の皆さんが議論を主導されて、例えば通信事業者として、その普及目標はほんとうに実現可能なのか、等をしっかり議論して、数字ができあがっていったわけです。ですから、あの数字はとってつけたのではなく、きちんとした検討を経て出てきたものなんですよ。

 あと、事務局として働いた立場から良かった点を言えば、世の中の時流に乗っていたということもあり、職場に熱気があって、仕事のやりがいがあったというのも良かったと思います。各省庁の所掌事務や法令に踏み込むことをすると、必ず抵抗があって、紙爆弾(※注5)が来たりするわけです。一時期は100個以上質問が来たりして、大変でしたが、それでも乗り越えられるほど、やりがいがあった。

--では、負の側面と言いますか、悪かった点についてもおねがいします。

岸: 全体的に見れば、e-Japanは極めてうまくいった政策パッケージだったと思います。それでも問題点はやっぱりあって、ご批判を頂くところでもありますけれど、例えば、政府が熱を入れて推進したというのは良いんですが、その結果、各省庁の乗っかり予算を取るタネになってしまった、というのはあるでしょう。つまり、なんでもITにすりゃいいってもんじゃないということです。この問題は、後で話しますが、IT政策の範囲が単なるインフラ整備から広がってきた現在ではますます重要になっています。

 後は、内閣官房の出来ることにも限界がある、ということでしょうね。元々権限的に内閣官房は全体のバランス調整や方向付け程度のことしかできないのです。組織的には上に立ってはいるのですが、ほんとうの意味での強い権限は持っていない。だから、問題が起こったときの調整などは厳しい事もあるのですが、幸い、ITは基本的にはゼロサムではなく、プラスサムの世界なので、それほど深刻な省庁間対立という事態は避けられました。

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 e-Japan戦略Iについては、このように正・負両側面が存在していることは確かだが、やはりインターネットの普及という一般的に注目された目立つ部分について一定の成果を収めたというのは政策パッケージとしては成功という評価をして差し支えないところであると思われる。

 また、注目すべきなのは、e-Japanにおいては、省庁間対立という事態が幸運にも避けられたという点であろう。インタビュー中に「紙爆弾」という霞ヶ関用語が飛び出したが、本来霞ヶ関では新しいこと、すなわち各省庁の所掌業務に抵触するようなことをやろうとした瞬間、激しい抵抗に遭うことが多い。しかし、ITにおいてはそのような場面が少なかったこと、すなわち、ほとんどの施策について政府としての素早い行動が可能だったということも、e-Japan戦略Iの成功の要因であったと言えるのではないだろうか。

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