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ブロードバンド「日本の奇蹟」は、なぜ起こったか

2003/11/21 19:34
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図1 日本のブロードバンド普及状況
http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/031031_4.htmlおよびhttp://www.soumu.go.jp/s-news/2003/031113_1.htmlより作成
 日本経済が長期にわたって低迷するなかで、ブロードバンドは驚異的な成長を見せている。2001年初め、1万世帯あまりにすぎなかった日本のDSL(デジタル加入者線)ユーザーは、今や1000万世帯に迫り、ケーブルテレビ(CATV)と光ファイバー(FTTH)をあわせた日本のブロードバンド・ユーザーは1200万世帯を超えた。かつて韓国は経済危機から立ち直って世界一のブロードバンド普及率を見せ、「韓国の奇蹟」とよばれたが、日本のブロードバンド普及率は、韓国を上回る勢いである。通信インフラに限っては、「日本の奇蹟」が実現したといってもよい。この奇蹟は、なぜ起こったのだろうか?

ソフトバンクの激安料金とNTTのインフラ開放

 DSLを可能にしたのは、アンバンドル規制である。アンバンドリングとは、一般家庭に引き込まれている電話の加入者線を電話交換機を通さないでDSLに接続することで、このためには電話局の中にNTTと競合する業者の機材を置かなければならない(くわしいことはディスカッションペーパー参照)。当然、NTTはこれを認めないので、1997年に電気通信事業法が改正されてアンバンドリングが義務づけられた。同様の規制は、米国では1996年電気通信法で定められ、欧州でも2000年にEU指令で義務づけられたが、期待されたほど競争は進まず、いまだに欧米のDSLの90%以上は電話会社によって運営されている。ところが日本では、トップはソフトバンクでシェアは30%を超え、NTT東西は、合計しても40%以下だ。

 日本でアンバンドル規制が成功した最大の要因は、ソフトバンクが世界にも例のない低価格で全国規模のDSLのサービスを開始したためだ。かつてダイヤルアップ接続では、電話料金とISP(プロバイダー)料金を合計して約5000円かかったのに対し、ソフトバンクは8メガビット/秒で2830円と、ほぼ半分の料金で100倍以上の伝送速度を実現した。バブル崩壊で時価総額がピーク時の1%付近にまで落ちたソフトバンクは、「最後の賭け」としてブロードバンドに総額1800億円にのぼる投資を行ったのである。同社のDSL事業は依然として年間800億円を超える営業赤字を計上しており、資金繰りがどこまで続くのかわからないが、DSLのインフラが急速に整備されたことは確かである。

 もうひとつの要因は、NTTが規制に忠実にインフラを開放したことである。欧米では、電話会社はいろいろな理由をつけてアンバンドリングを妨害したが、日本では2001年以降、NTTは電話局へのDSL機材の設置を認め、加入者線の共用料金も中継系の光ファイバーの料金も世界最低水準ですべての業者に開放した。もちろんNTTも、当初は規制に抵抗して引き延ばしをはかり、DSL業者が電話局に機材を設置する際に多くの「テスト」が行われ、営業開始までに1年以上かかることも珍しくなかった。しかし公正取引委員会が2001年にDSLの接続工事に関して警告を行い、ソフトバンクの孫正義社長が政府のIT戦略会議(NTTの宮津純一郎社長(当時)もメンバーだった)でNTTのネットワークの開放を強く要求したことなどもあいまって、NTTは局舎の開放を進めた。

日本の成功は「競合脱線」 消費者にはよいことだが・・・

 NTTが回線を開放した最大の理由は、実は外圧だった。2000年の日米通商交渉で電話の接続料が争点となったため、接続料の下げ幅を圧縮する交換条件として、NTTは回線を開放したのである。NTTはインフラの主力としてISDNに重点を置き、次世代の技術としては光ファイバーに全力を傾けていたため、DSLを過渡的な技術として軽視していた。2000年ごろには、DSLといえば東京めたりっく通信(のちにソフトバンクが買収)のような弱小業者しかなく、年間7000億円を超える接続料収入を守るためにアンバンドリングを進めても、失うものは少ないように見えたのだ。しかしアンバンドリングの条件が整ってから、ソフトバンクが大規模に参入してきた。NTTは、2002年になって料金の引き上げや開放義務の撤廃などを政府に働きかけたが、もう遅かった。

 日本のブロードバンドの成功は、このようにアンバンドル規制と冒険的な新規参入業者とNTTの戦略的失敗が偶然、複合して起こった「競合脱線」のようなものだ。これは消費者にとっては望ましいことだが、ビットレート当たりで欧米の1/30以下という異常な料金による「消耗戦」が、どこまで維持できるのかは明らかではない。また新規キャリアは、ほとんど自前の設備を持たないでNTTのインフラ上にネットワークを構築している。これは設備ベースの対等な競争を促進するという長期的な目的にとっては望ましい状態とはいえないし、規制や料金の変化によって大きな影響を受ける脆弱性もある。

 最大の問題は、加入電話網の崩壊が急速に進んでいることだ。もともと携帯電話の影響で固定電話の通信量は減っていたが、ブロードバンドやIP電話によって拍車がかかり、2002年にはNTT東西の固定電話の通信量は前年比28%減、収入は20%減となった。このペースで電話事業が縮小すると、遠からず大都市圏以外では営利事業としては成り立たなくなるだろう。このまま放置すると、接続料どころか基本料金の値上げも避けられず、ユニバーサル・サービスをどう保障するのか、連結で20万人以上の社員を抱えるNTTの雇用問題をどうするのか、といった問題が緊急の課題になってきた。

 RIETIでは、12月4日に総務省・FCCの高官とスタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授などを招いて、こうした問題を議論する政策シンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計?」を開催する。

著者略歴
池田 信夫
経済産業研究所 上席研究員
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