エンタープライズソフトウェアは最後のドット・コム犠牲者か

 まずは本当にあった話からはじめよう。

 J.D. Edwardsは、Siebel SystemsとのCRM(顧客関係管理)アプリケーションの再販事業契約に基づき、自社で集めた見込み客のリストを定期的に提出していた。ところがその間、Siebel Systemsはひそかに自社の営業マンをその見込み客の元に送り込んでは猛烈な売り込みをかけていたのである。この話をJ.D. EdwardsのCEO(最高経営責任者)Bob Dutkowsky氏が取り上げると、この手の裏切り行為を散々目にしているシリコンバレーの聴衆の間からは、またかといった苦笑がもれた。

 一方のSiebelは、顧客満足度が下がったためにJ.D. Edwardsとの関係が悪化したのだと弁明している。それがどの程度真実かはさておき、先ほどの話は実は、エンタープライズ(法人向け)ソフトウェア産業の別の側面を映し出している。それは、企業間の終わりなき顧客奪い合いの末、相手に隙があると見極めた途端、提携時に取り交わした書面上の約束事もどこかに吹き飛んでしまうような実状である。

 誰の目から見ても現在エンタープライズソフトウェア産業界は落ち込んでいる。当初、2002年は後退局面で大きな変化は見られないものの、2003年に状況は一変するだろうという楽観論もあった。それはしかし、まったくの的外れに終わった。最近ささやかれ始めているのは、イラク危機が3カ月以内に解決されれば先行きは明るいという説である。

 だが、そうした要因は落ち込みとは全く関係のないことである。エンタープライズソフトウェアメーカーは地政学上の問題が過ぎ去れば景気が復活すると信じたいようだが、それは単なる思い違いで終わるだろう。本当の原因は、これまで無視され続けてきた顧客がメーカーからのいい加減な扱いに対して、とうとう態度を豹変させたことにある。

 顧客も実に長い間我慢したものだ。

 2000年以前における販売合戦では、とにかくソフトを買って、買って、買いまくることが企業にとって最優先事項だった。だからこそ、バグだらけのソフトに役立たずのサポート、愛想のない横柄なベンダーの態度に目をつぶってきた面もある。しかしこの大騒ぎはもともと、自分の業績しか頭にないセールスマンが顧客企業を焚きつけるべく、声高に叫んだこけおどしのキャンペーンに起因するものだったのだ。

 しかし、この狂乱期以降に登場したCFO(最高財務責任者)は、プロジェクトごとの担当者に逐一責任を取らせるような仕組みを採用しはじめた。もはやITマネージャは、効果の怪しいソフトウェアに好き放題に投資するといったかつてのやり口を実行することは許されなくなったのである。

 エンタープライズソフトウェアメーカーは、こうした顧客のIT投資に対する姿勢の変化をきちんと捉えているのだろうか?とうに知っている、と彼らは返答するだろう。しかし顧客の話に耳を傾けると、実際はどうも違うらしい。いまなおメーカーの態度の悪さや約束破りは日常茶飯事で、真の顧客サポートの欠如としつこく悩まされるバグにユーザーの失望感は深まり続けているのが実態だ。

復活しつつあるASP市場

 こうしたことが背景となって、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)に再びチャンスが巡ってきた。アプリケーションを自分でインストールしたくないという顧客向けにアプリケーションをサービスもしくはオンラインツールの形で提供するASPの戦略は、ドットコムブームの折、ほんのわずかで姿を消した。しかし、投資抑制の圧力に絶えずさらされることになったIT部門は、改めてその価値を見直しつつある。

 支持者に言わせるとASPは、顧客企業がコストを抑えつつ最新のテクノロジーを活用する上で有効だという。これに対して疑念を投げかける側は、ソフトウェアは現在も、そしてこれからも常に企業の競争優位性に関わるものなのだから、信頼しかねるものに目新しさだけで飛びつくのは問題だと反論する。

 つまり結論を言ってしまうと、ASPが登場してから数年が経過したが、コンピュータ業界はいまなお、ASPが未来のソフトウェアの座を奪う代物か、それとも単なるふざけたアイデアで終わるかという精神分裂症的な議論に決着をつけられずにいる。

 そこで一言私から言わせていただこう。

 ASPが劇的な復活を果たせば、既存のソフトウェアは自分自身に矛先を向けることになるだろう。私にはソフトウェアが日用品になるかどうかは分からないが、次の点について異論はないはずだ。つまり、顧客をおもちゃにするのはもうやめてもらいたいということである。運用管理やサービス、アップグレードに費やされる総コストのみならず、巨額の先行投資を要求するエンタープライズソフトウェア企業のおかげでIT部門は首が回らなくなりつつある。そんな時、よりコスト削減効果の高い選択肢があると提案されれば、誰だって耳を傾けたくなるものだ。特に今の顧客は投資に見合ったサービスを受けていないのだからなおさらである。

 私は最近、あるソフトウェア業界の大立者と話す機会があった。彼は、ITビジネスの現況を「機能的にはまずまずだが、企業は無能だ」と表現した。彼の指摘しているのは、企業が高コストの処理システムとデータを抱え、まったく役に立たない自動化ツール一式を後生大事にしているという現状である。

 そんな状態は競争優位などと呼べるものではない。高いムダ金をそこに支払っているだけのことだ。

筆者略歴
Charles Cooper
CNET News.com解説記事担当編集責任者

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