東大坂村教授、「ユビキタス社会実現まではあと10年」

藤本京子(CNET Japan編集部)2003年09月17日 20時32分

 「ユビキタスコンピューティング」という言葉が文字通りどこにでも氾濫し、多くの企業で「ユビキタス事業部」なるものが開設される状況となった現在の日本。ユビキタスコンピューティング環境とは、日常生活で接するあらゆるモノにコンピュータが組み込まれるということだが、組み込み機器の開発を得意とする日本において、ユビキタス社会に向けた取り組みが盛り上がるのも無理はない。なかでも東京大学大学院情報学環教授の坂村健氏は、20年前から「どこでもコンピュータ」というコンセプトを掲げ、ユビキタス環境を実現すべく研究を続けてきた人物だ。その坂村氏が17日、幕張メッセにて開催中のWPC Expoで基調講演を行った。

 坂村氏は、ユビキタスコンピューティング環境が実現するためには、いくつかの重要なポイントがあると語る。そのポイントとは、技術はもちろんのこと、政府のバックアップといった社会的な環境、またセキュリティ問題などである。

技術的なポイントは?

 坂村氏は、ユビキタスコンピューティングで主役となる小型RFIDチップのみに注目が集まる傾向があるが、そのチップだけでは何もできないことを指摘する。たとえばモノを認識するため、そのモノが何であるかという情報をチップに詰め込むわけだが、情報を読み取るためにはリーダーが必要となる。坂村氏は自ら開発したユビキタスコミュニケータというリーダー機能を備えた機器を取り出し、かぜ薬についている小さなRFIDチップの情報を読み取るデモを行って見せた。リーダーは、「これはかぜ薬です」と、薬の情報を音声で伝え、服用の際の注意事項なども伝えていた。

 また、現在の小形チップはメモリの限界があるため、必要なモノ情報が全て入るとは限らない。その場合、必要な情報は外部から入手することになるが、そのためには通信機能も必要となる。つまり、「ユビキタス環境にはRFIDチップを用意するだけでは不十分。リーダーやライター、通信機能、また情報を蓄積させておくサーバなど、トータルなアーキテクチャとして考えなくてはならない」と坂村氏はいう。

社会的基盤も重要

 技術面以外における重要なポイントとして、まず坂村氏は「国家の関与が必要だ」と語る。「全てのモノにコンピュータが組み込まれるということは、社会の基盤全体に関わること。国が全てをコントロールしろというのではないが、これだけの大きなプロジェクトは何らかの形で国家が関わらないわけにはいかない」と坂村氏。ユビキタス社会に向けての取り組みは各国で研究開発が進んでいるが、坂村氏は米国のUbiquitous Computing Projectsが国防総省国防高等研究事業局(DARPA)の主導で、また韓国のU-Koreaが大統領主導で実施されている例をあげ、資金面も含めたバックアップが必要だと語る。

 次に重要なポイントとして坂村氏が指摘するのは、ローカリティを重視することだ。同氏がいうには、ユビキタス社会で大切なのは、「今」そして「ここ」の情報、つまり地球の裏側にあるモノの情報より、目の前にあるモノが何であるのかを知ることだ。

ユビキタスコミュニケータを使ってデモを披露する、東大教授の坂村健氏
生活に密着した情報が求められる社会において、「日本が孤立するのは避けたいから世界に合わせる、という方向ではなく、文化的・社会的に日本に合ったユビキタス社会を作るべきだ」と坂村氏はいう。

 ローカリティ問題と同じ視点で坂村氏が主張するのは、電波の基準についてだ。同氏は、「ひとつの周波数で全てをカバーすることは不可能だ」と主張、チップをつけるモノの大きさや材質、読み取りの距離などによって、周波数や電波の強度などの選択基準は変わってくるという。また、現在ほとんどの周波数は携帯電話など他の用途に使われているため、あまっている周波数を使うか、周波数の割り当てを変更するかといったことが考えられるが、「割り当ての変更となると、その影響は計り知れないものとなる。割り当ての変更を考える前に、国益を考えるべきだ」と坂村氏。同氏は「デュアルバンドチップの製造コストもそれほど高いものではない。RFIDは使う環境に応じて電波を変更できるようにするのがいいだろう」と提案する。

 あらゆるモノ情報が簡単に読み取れる世界が実現すると、次に課題となるのはセキュリティだ。坂村氏はユビキタス社会に向けたセキュリティのポリシーがまだ定まっていないことに警告を発する。「セキュリティの基準は普及の前に決めるべき。そうしないとPCの二の舞を踏むことになる」と同氏は述べ、他国でセキュリティ基準を決める機関があるのと同様、日本でも情報セキュリティを保証する中立的な機関を作るべきだと語る。

 最後に坂村氏が語ったのは、知的所有権問題についてだ。同氏は現在、SCO GroupがLinux関連会社に対し訴訟を起こしている一件を例にあげ、「オープンソースには大賛成だが、GPLライセンスで公開している場合、今回Linuxが問題となっているように、変更や改造を加え、その中に知的所有権を侵す可能性のあるコードが含まれている場合、他の皆も知的所有権侵害コードを意図せずして使用してしまう可能性がある」と語る。そこでSCOのケースのように訴えられると、開発が終わった後にソフトを取り替えなくてはいけないことにもなりかねないが、組み込み製品となるとそれは大変なことだ。坂村氏はTRONがGPLを採用していない点を強調し、「TRONはオープンソースだが、改造を加えたコードまでオープンにすることは求めないし、こちら側で関与することはない。つまりTRONが知的所有権問題で訴えられることはないのだ」という。

 これらいくつものポイントを押さえた上で、本当のユビキタス社会が訪れるのはいつなのだろう。坂村氏は「10年はかけるべきだ」と語る。普及の前に全ての問題をクリアし、安全で便利なユビキタスコンピューティング環境の基盤を作るべきだと坂村氏。20年前から「どこでもコンピュータ」の実現に向けて活動を続けてきた同氏の研究は、これからも続く。

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