モトローラ・モビリティがグーグルに身売りを決めるまで

 昨晩(米国時間15日早朝)に発表されたGoogleによるMotorola Mobility(以下、MMI)の買収。まさに「青天の霹靂」といっても過言ではないこの発表に至る両社の携帯関連事業の経緯を、ここで簡単におさらいしてみたい。

 まず、経営打開策として会社の身売りを決めたMMIについて。

 Motorolaといえば米国を代表する老舗の通信機器メーカーで、無線通信関連分野だけとっても、20世紀後半に進められた携帯通信技術の開発に携わり−−ベテラン読者のなかには、80年代に出されたレンガ大の端末をご記憶の方もいらっしゃるかもしれない。映画『ウォール・ストリート』続編で、Michael Douglas演じる主役のGordon Gekkoが刑務所を出る際に手渡されていたアレである−−そのほかにもトランシーバー(ウォーキートーキー)などを手がけてきた名門。そうした先進的な立場も手伝って、90年代(のアナログ通信の時代)には「MicroTAC」「StarTAC」といったヒット商品を生み出し、また2000年代に入っても薄型クラムシェル端末「RAZR」(2004年投入)を大ヒットさせてきた実績を持つ。

 ただし、この「RAZR」以降はヒット作に恵まれず、2009年後半に初のAndroid OS搭載端末「Droid」を投入するまで、長らく低迷を続けていた。

 この低迷期間中の2007年7月にAppleからオリジナルの「iPhone」が発売され、携帯電話機市場で今日に続くスマートフォンの時代が始まることになる。この流れに取り残されかけたMotorolaでは、キャッチアップをはかるため、フィーチャーフォンの提供を取りやめ、折から成功のきっかけを探していたGoogleのAndroidに全社のリソースを集中投下する決断を下す(2009年前半)。

 グーグルでは2007年11月にAndroid OSを発表していたが、この際に自社ブランドのハードウェア「G1」を台湾HTCにつくらせたものの、それまでの常識を覆すマーケティング手法−−大手通信キャリアによる加入者囲い込みに利用されないような売り方を選択したことなどから、結局米国市場で第4位のT-Mobile USAしかG1に対応せず、商業的には成功を収めることができずにいた。

 こうした状況のGoogleに助け船を出す形で、当時自社でも経営打開のきっかけを探していたMotorolaは、ライバルのAT&TがiPhoneの取り扱いを独占するなか、これに対抗できるタマを探していた最大手キャリアのVerizon Wireless(以下、Verizon)向けにAndroidスマートフォンの開発を持ちかける。

 ハードウェアの企画と設計に通じ、またVerizonとの間に築いた長年の関係を活かせるMotorolaとしては、後に「Droid」ブランドで発売され大ヒットを記録するAndroid端末の開発は、千載一遇のチャンスでもあり、また大きな賭けでもあった。Verizonは、一説によれば1億ドル単位といわれる潤沢なマーケティング予算を投じて「Droid」を消費者に売り込んだが、これが奏功し3社の思惑は見事に的中。その後(2010年はじめには)AppleのCEO、Steve Jobsを激怒させたと伝えられもしたAndroidスマートフォンの隆盛は、この成功がきっかけとなって生まれたものであり、また一時はかなり深刻な経営危機に瀕していたMotorolaもこのヒットで息を吹き返した感さえあった。

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