2011年のモバイル業界展望--スマートフォン勝負の焦点

土管化のリスクがもたらす最悪シナリオ

 外資系金融機関にて、リサーチアナリストとして通信セクターを担当している立場から、2011年のモバイル業界を「SIMロック解除」「LTE」「スマートフォン」の3テーマで展望する。

 最終回の第3回目は、スマートフォンについて論じる。筆者の基本的な考えは、「土管+API(Application Programming Interface)プロバイダ」でオープンOS上でも垂直統合を志向する通信事業者がスマートフォン市場を制する、というものだ。

 SIMロック解除、スマートフォン化の進展は、通信事業者にとって土管化するリスクがあり、土管化がもたらす最悪シナリオは「通信事業者間の差別化が料金とカバレッジのみとなる」との指摘もあるが、筆者は必ずしもその通りではないと考える。無論、スマートフォン化が進むほど端末による事業者間の差別化は従前に比べ困難になるであろうし、SIMロック解除により通信事業者を横断的にして端末を利用することが現実のものとなれば、その可能性はある。

 iPhoneやiPodなどを軸にアップルが構築したように、バリューチェーンを端末ベンダー自らが構築したこと、同様にミクシィやグリー、ディー・エヌ・エーがプラットフォームとして台頭してきたこと、GoogleはAndroid OSをOHA(Androidプラットフォームの支持団体Open Handset Alliance)メンバーに無償ライセンスすることでアップルとは異なる形での垂直統合を目指している。つまり、通信事業者は「中抜き」されるというものだ。しかしながら、非通信事業者の提供するプラットフォームと通信事業者の違いは、持ちえるユーザー属性情報が圧倒的に通信事業者の方が多いということだ。

通信事業者の強みを改めて活用

 後述するとおり、NTTドコモとKDDIは、スマートフォン時代を見据え「土管化」することを避けつつ、明らかにスマートフォン時代も自ら「ネットワーク」〜「プラットフォーム」〜「インターネット」のエコシステムにおいて、中心的な役割を担うべく着々と準備を進めている様子をうかがい知ることができる。NTTドコモ・KDDIがこのような取り組みに注力するのは、究極的な通信事業者の強みである、

  1. ユーザーへの直接的な接点を有している(販売店、アフターケア、コールセンターなども)。
  2. 電話料金の請求という極めて回収率の高い課金手段を有している。
  3. ネットワークレイヤを掌握しており、トラフィック管理が可能である。
をフル動員し、通信事業者としてバリューチェーンの中心にい続けることを維持しようとするものだ。

 具体的な取り組みとして、2010年9月にKDDIは「サンシャイン牧場」を提供するRekooとの提携を発表した。筆者はこのKDDIの発表を聞き、Rekooへの公開はいわばテストマーケティングとの位置付けであると考えた。当然、彼らは近くSNSを初めとした様々なインターネットを利用する事業者に対して、同様のことができるようにKDDIがサーバ上で預かる電話帳データを利用する事が可能なAPIを公開する先駆けになるのではないかと注目している。

 無論、サーバ上に預かるデータを外部解放するのであり、同様のサービスはスマートフォンを対象としても比較的容易に提供できるものではなかろうか。仮にKDDIがAPIを公開する形で外部コンテンツプロバイダに開放すれば、ドコモも追随しAPI公開に踏み切る可能性が高いと想定する。その可能性の一端を「iコンシェル」に垣間見ることが出来る。

ユーザーデータを活かしたサービスの重要さ

 NTTドコモは2006年5月から「ケータイデータお預かりサービス」(サービス開始当初は「電話帳お預かりサービス」)を開始。当初は、当該サービス単体での提供であったが、2008年11月以降開始した「iコンシェル」の提供以降、「iコンシェル」との重畳契約になっており、「iコンシェル」の加入者数は2010年9月末で540万だが、「ケータイデータお預かりサービス」は1,100万加入している。KDDIは「au oneアドレス帳」として無料で提供しており、加入者数は300万弱。ソフトバンクモバイル(SBM)は「S!電話帳バックアップ」を提供、加入者数は非開示だ。各社のサービス名称からも判る通り、元は電話帳データのバックアップサービス。例えば、端末の紛失・故障などに備えた避難ツール的サービスだ。

 しかし、NTTドコモは「iコンシェル」の提供開始に伴い、「ケータイデータお預かりサービス」と重畳契約にする事で、より利便性の高いサービスへと発展させた。「iコンシェル」を利用した事のあるユーザーであれば説明不要だろうが、iモード機の待ち受け画面上にユーザー自身にあったコンテンツが、まるで執事(コンシェルジュ)の様に、情報を配信してくれるサービスだ。

 例えば、GPSで位置情報を数分毎にiモード機がサーバにアップロードし、現在地に合った終電時刻をプッシュで配信(配信自体はSMSを用いている)、着信音・バイブ鳴動と共に待ち受け画面上にポップアップで表示される。また、iモード機に実装されているカレンダー機能に、向こう1週間の天気予報が自動的に書き込まれたり、公式サイトとして提供している航空会社が搭乗予定日時などiモード機のカレンダー機能に自動的に書き込んだり、コンサート情報やプロ野球の試合日程などを興行主が自動的に書き込んでくれるサービスだ。

 さらに、利用者の端末内部に保存されている電話帳データとNTTの提供するタウンページの電話番号データとマッチングさせて、例えば飲食店の住所や営業時間といったものを自動的に端末内部の電話帳に書き込んでくれる。2010年8月までは、当該機能は公式コンテンツプロバイダのみ利用可能であったが、現在ではドコモが保有するサーバ上にデータを預かる形、または、NTTドコモが提供するオンラインブックマーク機能「マイボックス」を用いる事で公式コンテンツプロバイダでなくとも情報配信が可能となっている。

 この仕組みを用いて、ASPであるアイリッジという会社が、Twitterと連携しTwitter上のアカウントに返信やダイレクトメッセージが届くと待ち受け画面上にポップアップで知らせてくれるサービス「twiコンシェル」や同様にmixi上のマイミクが更新した日記や「つぶやき」をポップアップで知らせてくれるサービス「ミクインフォ」が提供されている。

 このように、iコンシェルの一部機能においては既に公式コンテンツプロバイダでなくとも、オープンに利用できる環境を提供し始めているのだが、公式コンテンツプロバイダしか利用する事が出来なかったiアプリDXのAPI公開のようにサーバ上で預かる電話帳データを含め、セキュリティ上特段のリスクが無ければ、オープン化をいずれ行うのでなないかというのが筆者の見方だ。

フォーマットが不統一

 スマートフォン化が進むことで、サーバ上にデータを預けたいと考えるユーザーは今後更に増えるはずである。それは、従前の通信事業者が仕様化した移動機の電話帳については、ベンダー横断的に電話帳フォーマットが揃えられており、機種変更時などは、赤外線やFeliCaなどのインターフェースを用いて電話帳のコピーが出来るようになっている一方で、スマートフォンでは必ずしも電話帳データのフォーマットが統一されていない。

 端末ベンダーにとって、電話帳データのフォーマットは、重要な差別化要因となっているのである。Xperiaを利用しているユーザーなら既知のことだろうが、「Timescape」、「Infinite」により電話帳に保存してある個々人のデータとメール、Twitterなどのやり取りの履歴が電話帳とリンクしている。ソニー・エリクソンではコミュニケーションもエンターテインメントの1つとして捉え、Xperiaを商品化している。現状、スマートフォンの電話帳データはベンダー間の互換性が乏しい。スマートフォン化で端末の開発主導権がベンダーに移る事により、例えば電話帳ひとつとっても、互換性の確保が困難になるという問題がついて回る可能性がある。

ビジネスモデルの再構築

 通信事業者はユーザーデータをサーバ上に預かる事で、これらベンダー間の差分を吸収し、サーバ上でフォーマットを合わせるといった解決手段を提供可能な立場にいるのである。スマートフォン化の進展は、サーバ上に電話帳を含めたデータを預かる好機なのだ。

 電話帳以外にも、先に触れた3つの強みを生かした様々なユーザー情報を知りうる立場にある。例えば、請求書の発送先住所。通販サイトを運営する事業者にすれば、初めて訪れてきた顧客に住所や決済手段をいちいち入力させなくとも、ユーザーがパーミッションさえすれば通信事業者の持つ請求書送付先住所、電話料金の支払い手段(口座引き落としに加え、最近ではクレジットカードによる支払い比率も増えている)を利用することで商機となるであろう。

 そのほかにも、「ファミリー割引」、「家族割」、「ホワイト家族」などを元に家族構成まで掌握できる立場に通信事業者はいるのである。

 これら、電話帳のようにサーバ上に預かったデータや、通信事業者元来の強みを持ちえるユーザー属性情報などをユーザーの許諾を得た上で外部にオープンにすることの意義は、コンテンツが集まる仕組みを作り、ユーザーが集まる(囲い込める)という好循環を作り出すことが可能である。

 これにより、生態系を掌握し「土管化」を防ぐのではないかと見ている。スマートフォン化の進展を機に「土管」+「APIプロバイダ」化へビジネスモデルを再構築に向けた各社の取り組みに注目したい。

筆者:梶本浩平(かじもと こうへい)

外資系金融機関にて、リサーチアナリストとして通信セクターを担当。株式上場前のNTT移動通信網(現NTTドコモ)に入社後、iモードの初期開発メンバーとしてサービス立ち上げに従事した後、海外通信事業者との資本提携業務に携わる。2007年9月より、みずほ信託銀行調査役・シニアアナリストとして通信、インターネット、電子部品のセクターアナリストとして従事した後退職。2008年11月より現職。

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