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「ライブドア暴走」の道程--奈落への転回点は2004年初頭

2006/01/30 20:43
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全否定してもはじまらない

 結局のところ、堀江貴文・前ライブドア社長もニューエコノミーの呪縛から逃れられなかったのかもしれない――一連のライブドア強制捜査の取材を続けながら、私はいまそんなふうな奇妙な感慨に囚われている。

 ライブドアへの東京地検特捜部の捜査は、ついに大詰めに入ってきている。バリュークリックジャパン(現ライブドアマーケティング)による証券取引法違反(偽計取引、風説の流布)は、しょせんは立件の入り口に過ぎず、捜査の本丸はライブドア本体による決算粉飾であるようだ。堀江前社長らの拘置期限は2月中旬に切れるが、おそらく粉飾決算容疑で再逮捕され、3月初旬まで取り調べが行われ、この時期に起訴されることになるはずだ。初公判は6月末から7月にかけてというシナリオになるだろう。

 東京地検特捜部に対しては、「国策捜査ではないか」という批判も出ている。たしかにそういう面は否定はできない。大鶴基成・特捜部長は2004年4月の就任記者会見で、こう話していた。

 「額に汗して働く人、リストラされ働けない人、違反すればもうかると分かっていても法律を遵守している企業の人たちが、憤慨するような事案を万難を排しても摘発したい」

 背後に小泉内閣や政府与党の何らかの意志があったとみるのは謀略史観に過ぎ、その見方は誤っているとは思うが、しかし地検特捜部として「ライブドア的なものを正さなければならない」という強烈な意志(それが正当性を持つのかどうかは別にしても)があったのは間違いないだろう。仮にそうだとしても、粉飾決算で投資家を欺いていたライブドアの罪がそれによって免れられるわけではない。罪は罪として、あがなわなければならない。

 いったいなぜこのような事件が起きてしまったのだろうか。われわれのやるべきことは、ライブドアを全否定してしまうことではない。新自由主義の騎手であり、ベンチャー志向の若者たちに夢を与える存在だったはずのライブドアが、なぜこのように足を踏み外してしまったのかを、きちんと分析することだと思う。そうでなければ、この事件の教訓は生かされない。

ポータルへ軸足を移したわけ

 ライブドアは当初、B2Bビジネスで離陸した。1996年に当初「有限会社オン・ザ・エッヂ」という社名で設立された同社のコアビジネスは、ウェブ制作だった。後にこれに加えてネットワーク構築やデータセンター事業が加わり、90年代のオン・ザ・エッヂはB2Bを軸に成長を遂げていったのである。

 この時期にB2C事業に乗り出した企業も少なくなかったが、ヤフーなどの一部の例外を除けば、多くが敗退している。まだブロードバンドが普及せず、常時接続が当たり前になっていなかった時代である。ISDNやアナログモデムの細い回線では、一般消費者向けビジネスが普及するのにはほど遠い状況だったからだ。それに対して、オン・ザ・エッヂや楽天、サイバーエージェント、GMOインターネット、クレイフィッシュなど当時急成長を遂げたネットベンチャーは、いずれもB2Bビジネスをコアとしていた。このあたりの戦略の違いが、90年代末のネット業界の命運を分けたことは忘れてはならない。

 それに加えて、ソフトバンクの孫正義社長の存在も忘れてはならない。政府の金融制度改革を背景に孫社長はナスダック・ジャパン(現ヘラクレス)を創設し、さらに当時片腕だった北尾吉孝ソフトバンク・インベストメント社長とともにネット業界に多額の投資を注入したからである。もちろんそれがネットバブルを生み出してしまった面もあるのだが――。

 ライブドアは楽天とともに、2000年の初頭に滑り込みセーフで新規株式公開(IPO)を成功させたネットベンチャーのひとつだった。このとき資本市場から調達した60億円弱の資金が、その後の激しいM&Aの原資となったのである。

 だが莫大な資金を調達する一方で、2001年ごろからオン・ザ・エッヂのビジネスは少しずつ傾いていく。2000年問題(Y2K)をきっかけに企業のネットワーク構築とPCのリプレースが劇的に進み、この結果、B2Bの需要が一巡してしまったからだ。市場の成長は踊り場を迎え、オン・ザ・エッヂも90年代のような急成長は望めなくなった。

 そこで堀江前社長は、劇的な戦略転換を図った。つまりB2Bから、ポータルビジネスを主軸としたB2Cへと大きく舵を切ったのである。その舵取りを支えたのがIPOによって調達した60億円弱の資金だった。この資金を使ってアスキーECや無料ISPのライブドア、バガボンド(現ネットアンドセキュリティ総研)、日本グローバル証券(現ライブドア証券)などさまざまな企業を買収し、ポータルサイトのラインナップを充実させることができたからだ。そしてこれら多数のM&Aのオペレーションを行ったのが、後にライブドアファイナンスと名前を変えるキャピタリスタである。

 キャピタリスタは、今回逮捕されたライブドアの宮内亮治前取締役がIPO直後に設立した子会社である。宮内前取締役に加え、同じく逮捕された中村長也・ライブドアファイナンス社長、強制捜査の直後に自殺した野口英昭エイチ・エス証券副社長らが、初期のライブドアのファイナンス部門を担った立役者だったのである。

 彼らの活躍によってポータルビジネスを立ち上げる土壌ができあがり、オン・ザ・エッヂは2003年末、買収した無料ISPライブドアの知名度を利用するかたちでポータルビジネスをスタートさせた。

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