光ファイバーに市場原理を

池田信夫(国際大学GLOCOM教授)2004年04月02日 10時00分

この記事は『RIETI(経済産業研究所)』サイト内に掲載された「光ファイバーに市場原理を」を転載したものです。

 日本のブロードバンド人口は1400万人を超え、料金も世界最低水準になったが、ユーザーが急増するにつれて、中継系(バックボーン)を支える光ファイバーの容量が不足するのではないかという心配が出てきた。IIJの鈴木幸一社長によれば、日本のインターネット通信量は毎年ほぼ倍増しており、「このペースで伸びると、あと5年でパンクする」という。この警告を受けて、総務省では「次世代IPインフラ研究会」を発足させ、光ファイバーの利用状況を調べたが、3月10日に出された調査結果は「光ファイバーの総量は足りている」というものだった。

規制が設備投資を阻害する

 こういう話が出てくると、私が思い出すのは、かつて流行した「20世紀末には石油が枯渇する」という類の議論である。経済学が教えるのは、有用な資源は稀少であり、つねに(相対的には)不足しているということだ。石油の供給が減れば、価格が上がり、需要が減って供給が増え、採掘への投資が行われる。問題は絶対量の不足ではなく、需要と供給を調整するメカニズムが機能しているかどうかなのである。

 総務省の行った通信事業者へのアンケートの結果によれば、中継系の光ファイバーの総延長のうち63.2%が未利用で、投資はほとんど止まった状態である。鈴木氏の示したデータは、東京と大阪のIX(インターネットの相互接続点)の通信量だが、地方に敷設された光ファイバーはほとんど利用されていない。研究会では「NTTに設備投資を義務づけろ」とか「政府がインフラ整備をしろ」といった意見も出たそうだが、これは話が逆である。設備投資を増やすためにもっとも重要なのは、それによって利益を上げるインセンティブである。

 DSL(デジタル加入者線)など加入者系への投資が急増しているのに、中継系への投資が進まないのは、NTTの光ファイバーが「指定電気通信設備」として規制され、低料金で開放を義務づけられているためだ。特にNTTのダークファイバー(光の通っていない芯線)の料金は世界最低で、全国一律だから、どんなに需給が逼迫しても値上げできないし、逆にガラガラでも値下げできない。おかげでNTTは投資意欲をなくすし、他の業者は自分で光ファイバーを敷設するよりもNTTのインフラを借りたほうが安いので、鈴木氏のいう「ヤドカリ」的な業者が増え、インフラ投資が進まないのである。

 指定電気通信設備というのは、ボトルネックになっているインフラの開放を義務づけ、通信要素を「アンバンドリング」して多重利用を促進するための制度である。しかし現在の総務省の基準では、NTT東西の保有する光ファイバーはすべて指定電気通信設備とする一方、電力系の光ファイバーなどは規制していない。これは電話時代の「非対称規制」である。総務省の調査で明らかになったように、中継系の光ファイバーの大部分はボトルネックどころか遊休設備であり、都市部では電力系などの代替的なインフラがあるので、規制する必要はない。NTT東西の光ファイバーへの指定電気通信設備の指定は解除し、特にNTTしか中継系のインフラがない地方に限って規制する考え方に転換すべきである。

見当違いな公取委の排除勧告

 加入者系でも、おかしな問題が生じている。2003年12月、公正取引委員会は、NTT東日本のFTTH(家庭むけ光ファイバー)サービスの月額料金4500円が、他の事業者への卸し売り料金5074円よりも低いのは、不当な低料金によって他の業者の参入を阻害するものだとして、排除勧告を出した。しかし、この小売り料金も卸し売り料金も規制によって決められたものだから、NTTにしてみれば、総務省の認めた料金で営業したら公取委に摘発されるという理不尽な話だ。

 公取委は、NTTが光ファイバーを分岐する場合の料金を分岐していない回線に適用したのが反競争的な行為だとしているが、これは営業政策上の問題にすぎない。NTT東日本も主張するとおり、FTTHは最高速度が40Mbpsを超えたDSLとの激しい競争にさらされており、現行の規制のなかで少しでも安い料金で提供するのは当然の企業努力だろう。普通のユーザーにとっては、電話線を使えばDSLでブロードバンド接続も可能だから、光ファイバーは超高速を求める一部のユーザー向けのインフラであって、不可欠のボトルネックではない。

 要するに光ファイバーは、もはや中継系でも加入者系でもボトルネックではなく、それを規制する理由はないのである。経済学の常識では、ボトルネックというのはインフラ全体の中でたかだか1ヶ所しかないもので、そこだけを規制すればよい。通信網の場合には、現在のボトルネックは光ファイバーではなく、加入者系の電話線(ローカルループ)である。この銅線(ドライカッパー)を利用しないと、電話はもちろんDSLもIP電話もできないので、その開放は義務づける必要がある。

 逆にいうと、ドライカッパーへの公正接続さえ保証されれば、他のインフラを規制する必要はない。光ファイバーの規制を撤廃すれば、NTTはローカルループだけを保有する会社(LoopCo)を切り離すことによって、設備投資も料金設定も自由に行うことができるようになる。光ファイバーで収益を上げることができれば、他の通信事業者も投資を行い、設備ベースの競争が始まるだろう。こういう考え方は、FCC(米国連邦通信委員会)でも検討されており、FCCのロバート・ペッパー局長は、RIETI主催による昨年12月のシンポジウムで、「LoopCoの分離を促進するため、ローカルループ以外の規制は撤廃することが望ましい」とのべた。

 固定電話の大幅な減収によってNTT東西の経営は悪化しており、このまま不合理な規制を続けていると、インフラの需給が逼迫しても、NTT東西は需要に対応する設備投資を行わない可能性が強い。光ファイバーの供給を促進するには、これまでの社会主義的な通信規制を改め、ネットワークを市場原理にゆだねることが急務である。不足しているのは、インフラでも技術でもなく、資源配分を効率的に行うメカニズムなのである。

著者略歴
池田 信夫
国際大学GLOCOM教授

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