日本マイクロソフトがスタートアップ支援にこだわる想い--エバンジェリストの砂金氏

 日本マイクロソフトは、国内外で活躍するスタートアップのために支援を実施している。具体的には、設立5年未満のスタートアップ、もしくは法人化を目指す起業家を対象にしたスタートアップ支援プログラム「Microsoft BizSpark」を通じて、「Visual Studio Enterprise with MSDN」(70万円相当)や最大約270万円相当の「Microsoft Azure」を3年間無償で利用できたり、技術サポートを受けたりできる。さらに、BizSparkの内容に加えて、最大約1200万円相当のMicrosoft Azureを1年間無償で利用できるプレミアムプログラム「BizSpark Plus」も用意されている。

 この他にも各種表彰制度やビジネス協業支援を行っている日本マイクロソフトは、学生やスタートアップ、アクセラレーターなどを対象としたイノベーション創造イベント「Microsoft Innovation Day」を4月23日に開催する。これは、いままで個別に開催されてきた2つのイベントを統合したかたちだ。その1つが、革新的なアイディアを形にしたソフトウェア、ハードウェア、IoTやアプリなどのソリューションを表彰する第9回「Microsoft Innovation Award 2016」で、3月31日まで募集している。もう1つはマイクロソフト創設者であるビル・ゲイツの発案で2003年に始まり、今年で14回目を迎える世界最大の学生向けITコンテスト「Imagine Cup 2016」だ。こちらは、3月28日まで募集している。

 このように、さまざまなスタートアップ支援を展開するその目的と背景には何があるのか。日本マイクロソフトのデベロッパーエバンジェリズム統括本部 オーディエンステクニカルエバンジェリズム部 部長 エバンジェリストである砂金信一郎氏に聞いた。聞き手はCNET Japan編集長の別井貴志。

--まずは砂金さんの役割と活動をお聞かせください。

日本マイクロソフトのエバンジェリストである砂金信一郎氏 日本マイクロソフトのエバンジェリストである砂金信一郎氏

 2年前、エバンジェリストのマネージャーに着任した当時は、スタートアップと学生だけを対象に活動する小規模な部隊でした。最近はSIerも対象に含めるというミッションを受けて、チームメンバーと業務範囲を拡大し、スタートアップに限らずすべての開発者に多くの技術情報を提供する役割を担っています。本来はスタートアップ向けのマーケティング戦略を立ててスタッフを管理する立場ですが、どうしても自分で動いてしまうことが……。そのおかげでマーケティング部には迷惑をかけているかもしれませんが、いくつか成果を上げているのでお目こぼししてもらっています(笑)。

 少し振り返ってみると、2年ほど前にグローバルタレントプログラム(海外・留学勤務経験を持たない一定のマネジメントメンバーをピックアップして、3カ月海外出張して行うトレーニング)を受けました。大半は(米国本社がある)レドモンドを選びますが、自分はMicrosoft Venturesのアクセラレーターがあるバンガロール、テルアビブ、パリを選びました。

 その反動かもしれませんが、1年ほど前からは海外ではなく国内、特に地方を回ろうと決めました。実際に訪れてみると、地方でスタートアップエコシステムにチャレンジしている方は少なくありません。たとえば一般的な市政はベンチャーサポート企業に委託しますが、神戸市は職員自ら取り組んでいます。最初からグローバル展開を目標にしているため、我々も心から応援できました。

 また、沖縄市は地方創生色が強くなりますが、過疎化やシャッター通りといった地域の課題と、スタートアップの皆さんを国内外から誘致して、街を活性化しようという取り組みが結びついています。ただ、それを東京のメンバーが出張して対応するのは限界があるため、地元で熱意を持って活動を続けてくれる方々を育成する方向を目指しました。相手が公役自治体になると人材育成が中心になります。佐賀県や岐阜県では東京のIT企業から受注できるような、IT産業の地盤作りやパートナー企業の育成を求められました。

 これらの活動には2つの側面があります。日本政府の地方創生に沿った活動を応援するスタンスと、我々のテレワークを軸にしたスタンスです。遠隔地で作業を分担して生産性向上を目指す場合、「Skype for Business」や「Surface Hub」など我々が提供できる道具はありますが、単にクラウドを無償提供するのではなく、能力の高い人同士が連携すれば、価値の高いプロダクトやサービスが生まれるのではないかと考えました。それが地方を飛び回っている理由です。

--どうしてそのような考えに至ったのでしょうか。

 数年前から日本でもスタートアップエコシステムが盛り上がり始めましたので、当時は東京に(Microsoft Venturesの)アクセラレーターを設立しようと本社に提案しました。しかし、先のグローバルタレントプログラムに参加してみると、ロンドンは東京以上に盛り上がり、ベルリンよりも成熟度が低いことに気付かされました。これは東京単独で頑張ってもダメだと。だからこそ日本全体のスタートアップエコシステムで、日本を国際レベルに押し上げる必要があります。手始めに地方から生まれるイノベーターを舞台に立たせ、日本マイクロソフトが地方と東京、東京を経由してグローバルを目指す方々の踏み台になれば嬉しく思います。

--スタートアップに注力するのは?

 「コストダウンや売り上げを5%アップさせる」など、エンタープライズプロジェクトは自分以外の人でもできるので、おもしろさをあまり感じなくなりました。「80年間しかない自分の時間を割いて関わるべき仕事ではない」と。思い上がりかもしれませんが、スタートアップの皆さんとバランスを取りながら架け橋になる役割に使命を感じます。ただ純粋に好きなんですよね(笑)。自分の価値観として、大きなプロジェクトに携わるよりも、自分が携わったことで人生が変わったと思ってくれる人の度量と人数に幸せを感じます。エバンジェリストという職種そのものですね。

 自分たちのサービスで世界を大きく変える人を応援すると、彼らの人生やサービスを使った人々の人生も変わり、最終的には市場も大きく変化しかねません。自分の中では、関わった方や周辺がより大きく変化する方向を選ぶ=スタートアップ支援であり、「変化の総量を最大化する」という考え方になります。

--砂金さん自身は起業されないのですか。

 奇しくも玉川憲氏(元アマゾンウェブザービス エバンジェリスト、現ソラコム代表取締役社長)が起業しました。彼はAWS、自分はAzureという関係で宿敵と同時に仲間でしたが、彼が起業家の道を選んだことを尊敬し、応援しています。しかし自分は起業の道を選択するつもりはありません。仮に起業してしまうと多くの起業家の1人に埋没するため、おもしろみを感じないのです。今の立場なら、さまざまなスタートアップの皆さんと気兼ねなくお付き合いができますし。

 ただ、自分の能力を補完し増大させ、世の中を変えられるかもしれない共同創立者がいれば、考えるかもしれません。オラクル在籍時の同僚だった道下和良氏(現セールスフォース・ドットコム 執行役員 エリアバイスプレジデント コマーシャル営業本部)は、互いにできないことを補完する関係でした。魂レベルで共感できる人と出会えたら……ですね。

--スタートアップの方々にアプローチする際に心掛けていることはなんでしょう。

 通常は効率性を考えて、有望な人々が集まる場所に顔を出しますが、自分は多くの人に会うことを心掛けています。それがプロダクトをリリースしていないレベルでも、ハッカソンで知り合った仲間同士で起業した人たちでも対象を選びません。頭の中のデータベースを、マーケットデータではなく会った人の基準で登録し、積み上げています。もちろん日本マイクロソフトに所属しているため、自社のリソースに相反する人々は応援できません。そのため技術志向やB2B、グローバル指向といったスタートアップの特性を鑑みつつ、社内のリソースをかき集めて応援しやすそうな人たちを会話の中で峻別しています。

 ベンチャーキャピタルであれば、おそらく年間10件ほどの支援となるでしょうが、BizSpark Plusなら多くの人たちに支援の手を差し伸べられます。もし成功すれば事例案件に登場してもらい、日本マイクロソフトもスタートアップ企業も互いに幸せになるグロースハック的な考え方ですね。資金を提供するベンチャーキャピタルとは異なり、リスクもなく、スタートアップの方々と気兼ねないお付き合いができます。もちろん調整と試行錯誤を繰り返しながらですが。

--地方への具体的なアプローチは?

 最近、仲良くしている相手に「AWSさんは福岡に支店まで用意してくれているけど、MSさんは何もしてくれていない」と厳しいアドバイスを頂きました。しかし、実際には日本マイクロソフトも九州支店が福岡市にあり、現地のセミナーに登壇する回数やパートナー支援回数は圧倒的に多いはずなのです。Microsoft AzureやOffice 365など多数の製品があるため、個々の活動が分散しがちですが、我々の活動が地元の方がたに伝わっていない、ということに気付きました。

 「楽屋で声を嗄らす」では意味がありません。そこで地場のIT産業がスタートアップを育成・支援できる環境を、日本マイクロソフトの看板でする体制を作ろうとチャレンジしています。たとえば、Microsoft Azureを提供してもすぐに使えるわけではありません。そこで地域ごとに“頼れるお兄さん”を育成して彼らに技術支援をお願いします。また、完成した製品やサービスを販売、もしくはパートナーのエコシステムと連携する仕組みは東京から支援して、できる限り地方のIT産業が多くのエコシステムを生み出す仕組みに注力しています。

 ただ、我われのような外資系企業だと活動成果は3カ月以内に求められますが、人材育成は数カ月では終わりません。そこで重要なのがスキルよりも使命感や熱量を持ったコアメンバーです。彼らに足りないスキルを足した方がうまくいきます。現在、周りに同じ熱量を持つメンバーが同じ方向に進んでいますので、数年先ぐらいには結果が出るはずです。

--装いも新たになったMicrosoft Innovation Dayとはどんな取り組みですか。

 国際競争力を持った人材育成を目的とする学生向けITコンテストの「Microsoft Imagine Cup」と、画期的なアイディアで技術革新を生み出したソリューションを表彰する「Microsoft Innovation Award」を組み合わせたイベントとして開催します。残念ですがImagine Cup世界大会で日本代表が優勝したことは1度もありません。そこで大学の研究機関などにも間口を広げて、より多くの若い世代を発掘できればと考えました。

 さらに学生以外も対象となります。ベンチャー企業はもちろん、オープンイノベーション的に新規事業を立ち上げようとしている企業の方がたも含まれます。たとえばソニーの萩原丈博氏が立ち上げた「MESH」プロジェクトが有名になる前のあたりをイメージしました。世の中の人びとに“気付き”を提供できればと。当日を迎えないと分かりませんが、開催日の4月23日には世に広まっていないスタートアップの数かずが披露されます。

 Microsoft Innovation Dayは我われ以外にも知見を持つパートナーの方がたが、可能性を感じるスタートアップに対し、彼らの判断でBizSpark Plusを提供する形を目指しました。そうすれば自分が会える相手以外にも、多くの支援が可能になるでしょう。

 スタートアップを応援されているベンチャーキャピタルの方がたや、大手企業の新規事業担当の方がた、ITに限らずアンテナ感度の高い方がたが400人以上集まりますので、その場に訪れることでさまざまな刺激を受けられます。ぜひ当日は時間を作って来てください。また、応募の締め切りは3月31日のため、自分たちのソリューションが凄い、もしくは自分の周りに凄い人たちがいるという場合はぜひ応募してください。大企業にいて上司から「スタートアップでオープンイノベーションをしろ。ブロックチェーンを使って何かサービスをローンチしろ」と、オープンイノベーションで困っているような人たちにも、さまざまな出会いを提供できると思います。

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