パクリ礼賛--アップル対サムスンで考える特許とイノベーション


 まもなく陪審員の判断が下る——。

 Apple対Samsungの特許侵害をめぐる米カリフォルニア州での裁判だ。

 「SamsungがAppleの製品をパクッたのが事実だとして、それをいったい誰が気にするというのか」——そんな見出しのコラムが8月20日、Havard Business Reviewに載った。「草葉の陰にいる誰かさんが目にしたら、思わず激怒して生き返ってくるのではないか」と思わせる、そんな立派な釣りタイトルのブログ記事である。

 書いたのはJames Allworthという人物。私にはほとんど馴染みのない名前だったが、著者プロフィールを見ると『How Will You Measure Your Life?』の共同執筆者とある。同書は『イノベーションのジレンマ』で著名なClayton Christensen教授の最新刊。おそらくChristensen教授の教え子か助手のような立場なのだろう。

 そのAllworthが「いま裁判の行方以上に気になっている」のは、「企業同士が互い(の製品やサービス)をパクることが許される、あるいはそれが積極的に奨励されるような状況の方が、我々(ユーザー=消費者)にはより良い結果がもたらされるのではないか」という点だという。

 Allworthは1990年代半ばにあったApple対Microsoftの「GUI訴訟」を持ち出し、今のApple対Samsungの裁判が「あれとよく似ている」と指摘。そして「特許権侵害(パクリ)が放置されれば、イノベーションを生み出そうとする同機付けが失われる」としていたAppleの当時の主張が、実は正しくなかったとの自説を述べている。

 その主張をざっくり要約してみよう。

「Appleは1990年代半ばに、MicrosoftとGUIをめぐる裁判をしていた。結果的には負けたこの裁判で、Appleは『我々が作り出したものを単純にパクるだけの競合相手を放置しておいたら、我々はイノベーションを生み出し続けることができなくなる(そうするインセンティブが失われる)』と主張していた。ところが、実際にはそれと反対のことが起こった——この裁判で負けた後も、Appleからは『Mac OS X』『iPod』『iPhone』『iPad』といったイノベーションが登場し続けている。つまり、GUIをパクられたからといって、Appleのイノベーション能力が停止したり、減速することはなく、むしろ逆に加速したようにも思える。あるいは黒字回復するために、できるかぎり素早くイノベーションを生み出さなくてはならなかった、といえるかもしれない」

2007年にはD5で共演したスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツ。さらに、この画像の撮影者はJoiだ(Credit: CC Joi/Flickr 2007年にはD5で共演したスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツ。さらに、この画像の撮影者はJoiだ(Credit: CC Joi/Flickr
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 ……かなり大ざっぱ、あるいは乱暴に思える主張である。

 裁判で負けたAppleとiPhoneやMac OS Xを作り出したAppleは、実質的に別の会社だった。つまり、Steve JobsがNeXTから親衛隊を引き連れてAppleに乗り込んできたこと、あるいは「生き別れになっていた恋人を自分の手に取り戻した」ことへの言及もなければ、その前にAppleが瀕死の状態にあった時のことへの言及もない。

 余談だが、瀕死の状態というのは、パイオニアやアキア、Motorola、Radius、Power ComputingなどにMac OSのライセンスを提供したものの、自社の売り上げをカニバる結果となり、Oracleへの身売りの可能性が本気で囁かれていた頃のことだ。

 話をAllworthの主張に戻すと、Steve Jobsが復帰した直後、Appleにはざっくり半年分くらい(?)の操業資金しか手元に残っていなかったという話にも触れていない。また、もっと実際的な問題——たとえば「長方形でカドが丸まっていて平べったい形」というようなデザインについてまで特許を認めてしまった米特許庁の問題や、特許の乱発を生じさせている人手不足の問題などにも言及していない。

 Steve Jobsは、自身の命があるうちに「江戸の敵を長崎で討つ」ことに成功した。パソコンという「江戸」での無念を、モバイルコンピューティングという「長崎」で晴らすことにめでたく成功したのだ。しかし、その間にたどった長い道のりを思えば、やはりAllworthの見解をすっきりと受け入れられないものがある。また、「そもそも自分の研究の成果、あるいは著作物などを、一言の断りもなしに他人にコピーされて、それで大儲けされたらどんな気持ちになるか」という視点からの考察も見られない。

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