「ALSアイス・バケツ・チャンジ」のストーリー

 企業が生活者とコミュニケーションしていくには、何よりもストーリーが必要です。この場合のストーリーとは、相手の感情を動かすエピソードや仕組みを指します。

 今年の8月中旬頃、ネットでもっとも話題になったのが「ALSアイス・バケツ・チャレンジ」でした。これは、難病の筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の治療法の研究の寄付を募るために始まったものです。このチャリティイベントには、多くの人々の感情を刺激するストーリーがありました。

 「ALSアイス・バケツ・チャレンジ」の仕組みはシンプルです。

 指名を受けた人間は、24時間以内にバケツに入った氷水を頭からかぶりその動画を公開するか、アメリカALS協会に100ドルを寄付をするかを選択し(もちろん両方を選択するのも可)、次の挑戦者を公開で3名を指名するというもの。

 もともとはアメリカの元大学野球選手でALSで闘病中のビート・フルーツさんが、7月下旬に車椅子姿で氷水をかぶる姿をネット上で公開したのが始まりと言われています。これがFacebookやYouTubeなどを通して一気に広まっていき、社会現象になるまでになりました。

 特に著名人が取り組みやすいチャリティ活動として自身のソーシャルメディアで発信したことが、広がりに拍車をかけました。

 アメリカでは、ビル・ゲイツさん、マーク・ザッカーバーグさん、ジェフ・ベゾスさんといった名だたるIT企業の創業者やCEO、レディ・ガガさんやスティーブン・スピルバークさんなど誰もが知る有名人がチャレンジしました。

 日本人ではノーベル賞の山中伸弥教授やソフトバンクの孫正義社長、元ライブドアの堀江貴文さんらが早々にチャレンジしました。

 その結果、8月末までにアメリカALS協会には寄付金が1億ドル(約100億円)、日本ALS協会にも昨年の4倍の2700万円の寄付金が寄せられたのです。

 ALSという病気の存在についても認知が急速に広がりました。チャリティイベントとしては破格の大成功と言っていいでしょう。その後、このイベントが拡散されていくにつれ、氷水を頭からかぶることや、次のチャレンジャーを指名して拡散していくシステムに違和感や疑問を投げかける声も多く出始めました。

 その結果、9月に入ってこのイベントはかなり鎮静化してきていますが、約1カ月でここまで世界中に広まったのは驚くべきスピードです。

 では、なぜこのイベントは、多くの人の心をつかみそこまで急速に広がったのでしょうか? 何よりもまず、指名を受けた時に参加を断りにくい「大義」があるということです。

 ALSという病気のことを多くの人に知ってもらい寄付を集めるという行為は大義があるいわゆる「正しいこと」で、これに反論できる人はあまりいません。しかもその「正しいこと」を知人や友人から指名されるのですから、ますます断りにくくなります。

 しかも、実際にやることは「氷水を頭からかぶる」というバカバカしい行為です。イベントに参加すること自体が「自分は遊び心を理解している」ということを多くの人にアピールできる場になるのです。

 さらに、前述したような著名人たちが早期に参加したこともこのイベントの知名度をあげ、参加を促す大きな要因になっていました。

 自分が選ばれた人間であるというプライドをくすぐるからです。ネットで次の指名をする前に打診するメールの文章にも、これまでに著名人が多数参加していることが書かれている場合が多いようです。

 また指名を受けた人は24時間以内に実施しなければならないという時間制限が参加率を高め、3人を指名するというルールが拡散を広めました。

 以上のようなストーリーがあったからこそ「ALSアイス・バケツ・チャンジ」は急速な勢いで広まったのです。これはチャリティイベントでしたが、企業が生活者とコミュニケーションを取る場合の参考になるでしょう。

 このように、優れたコミュニケーションには必ずストーリーがあります。あなたの会社のコミュニケーションには、インタラクティブなストーリーがありますか?

◇ライタープロフィール
川上徹也(かわかみ てつや)
広告代理店勤務を経て、コピーライターとして独立。最近は広告制作に留まらず、ストーリーブランディングの第一人者として、様々な企業のコミュニケーション戦略をサポートしている。新刊『なぜ、真冬のかき氷屋に行列ができるのか?』(日本実業出版社)。

この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。

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