地元の本音、地元の事情。戦略PRと「ローカルインサイト」

本田哲也(本田事務所代表取締役)2014年04月17日 16時17分

 ここ最近、「マイルドヤンキー」という言葉を耳にしたことはないだろうか。2014年1月に発刊された新書『ヤンキー経済』では、「上京思考がなく、地元で強固な人間関係と生活基盤をつくっている人々」を「マイルドヤンキー」とラベリングし、彼らのような「新保守層」がこれからの消費の主役になるという論旨が展開される。

 「そんな人たちは前からいた」「上から目線の分析」、などのアレルギー反応もあるものの、こうした消費者層の動向が日本において重要になるのは間違いないだろう。

 しかしながら今回僕が話したいのは、日本のヤンキー経済や消費社会についてではない。

 ぐっと広げて、「グローバル市場でのコミュニケーション」についてであり、そこで注目すべきなのが「ローカルインサイト」だという話だ。

 マーケティングにおけるインサイトとは平たくいえば「消費者の本音」。どんな広告やPRをしようとも、そもそも「インサイト」をおさえていなければ人は動かない、というのが主流の考え方になってきている。

 「給料が上がっても絶対地元を離れたくない」「家を建ててはじめて一人前」「スポーツカーより仲間と乗れるミニバンが最高」--『ヤンキー経済』によれば、これらがマイルドヤンキーの「本音」であり、都市部から見れば「ローカルインサイト」にあたる。

 日本企業がグローバルなコミュニケーションを本格化するにあたっては、世界共通に発信するメッセージやイメージもさることながら、この「ローカルインサイト」--「その国の本音や事情」といったものをしっかりと洞察する必要がある。

 さらに言えば、それはいわゆる新興国を相手にする場合に顕著となる。相対的に見れば価値観が近い欧米諸国と違って、まだまだ我々が把握しきれていないローカルインサイトが存在するからだ。事例をいくつか紹介しよう。

 世界的なヒゲ剃りメーカー「ジレット」がインド市場攻略に成功した戦略PRキャンペーン「Shave India」

 「ヒゲがあったほうが色男」というインド固有のイメージを打ち破り、インド人男性のシェービング習慣を活性化してシェアを拡大するのが目的だった。

 このキャンペーンのコアになったのは、「インド人は実は議論が大好き」というローカルインサイトだ。

 このインサイトを基に設計されたキャンペーンは、「インド男性のヒゲはありかなしか?」という議論そのものを国民にふっかけるという大胆なものだった。

 「ヒゲの世論」をブランドプロモーションに落とし込み、シェアは飛躍的に拡大した。

 同じく、インドでユニリーバが成功させた手洗い啓発キャンペーン「Roti Reminder」もユニークだ。手洗習慣を啓発しつつ、手洗い石鹸「ライフボイ」のブランド認知をはかるのがねらいだが、着目したのがインドの食風景に欠かせない「ロティ(無発酵パン)」。

 「これがないと食事にならないんだよね」というローカルインサイトから、このパン自体をPRメディアにしようという発想が生まれた。

 特注で「焼き印」をこしらえ、2500万枚(!)というロティにPRメッセージを焼き付けたのだ。「手は洗いましたか?手を洗うときはライフボイで」。

 中近東もさまざまなローカルインサイトで溢れている。ボーダフォンがエジプトで実施した「VODAFONE FAKKA」は、新商品「マイクロ・リチャージカード」(プリペイドカード)の認知が目的。

 一般的な広告手法では「伝わらない」と判断したボーダフォンは、エジプトにひしめく零細商店(Small Shops)に目をつけた。

 エジプトの零細商店では、なんと少額のおつりはコインではなく、アメや野菜などで代用する習慣が定着している。

 「正直、わざわざコイン用意する余裕ないんだよね」という商店主「ぶっちゃけ野菜とかでおつりってどうなの……」という買い物客。

 これがローカルインサイトだ。ボーダフォンは、マイクロリチャージカードが「おつり」の代用となることを狙った。

 小さいキャッシャーに収まるようにデザインし、数千件もの零細企業へ働きかけることで、見事に大規模なトライアルと認知を獲得した。

 最後は東欧からだ。ルーマニアのチョコレート菓子「ROM」が成功させた「The American Takeover」

 目的は、若い世代が持つ「古臭くてダサいお菓子」というイメージを打破し売上を再向上させること。

 このキャンペーンは、いわゆる「炎上マーケティング」としても秀逸な成功例だが、ベースにあるのはルーマニアの若者のローカルインサイト――「アメリカのブランドがクールだと思っているけれど、実は愛国心がとても強い」だった。

 「ROM」のパッケージデザインはルーマニアの国旗。日本だったら「日の丸デザイン」というところだろう。

 なんとこれを大胆にも、一夜にして「アメリカ国旗=星条旗」デザインにリニューアルし、大々的に店頭プロモーションと広告を打った。

 これには若者をふくめルーマニア国民が大憤慨。ソーシャルでの議論も白熱しデモまで起こり、「ルーマニアの誇りに何てことをしてくれたんだ」という「空気」ができあがる。

 そこで満を持してROMが発表する。「ごめんごめん、これはジョークでした。明日からもとのデザインに戻します」。

 この結果、「ROMは僕たちのブランド」だという認識は124%も向上し、人気が衰えていたチョコレート菓子は見事に復活した。

 かつて、欧米の多国籍企業やグローバルブランドは、「ワンメッセージ、ワンクリエイティブ」での世界展開が基本だった。

 日本という「極東の島」だろうとなんだろうと、「ワンメッセージ」だ。僕たちにとって「なんかピンと来ないなあ」という広告が外資系ブランドに少なくなかったのは、そういう背景だ。

 しかし時代は変化し、もはや世界中の人々をひとつのメッセージで動かそうという発想は旧時代のものになろうとしている。

 日本企業が「真のグローバル化」を目指そうという今、これまで以上に「ローカルインサイト」を把握するという発想と、それを施策に組み込む仕組みが必要だ。

 日本人が古来から得意としてきた能力--「その場その場の空気を読む」という能力--が発揮されるのは、まさにこれからかもしれない。

◇ライタープロフィール
本田 哲也(ほんだ てつや)
1970年生まれ。ブルーカレント・ジャパン株式会社代表取締役。戦略PRプランナー。米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー。セガの海外事業部を経て、1999年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、スピンオフのかたちでブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の大手顧客に、戦略PRの実績多数。戦略PR/マーケティング関連の著作、講演実績多数。著書に「その1人が30万人を動かす!」(東洋経済新報社)、「新版 戦略PR」(アスキーメディアワークス)など。最新刊「ソーシャルインフルエンス」(アスキーメディアワークス)を2012年6月に上梓。ブルーカレント・ジャパンは「2012年PRアワード ソーシャルコミュニケーション部門」最優秀賞を受賞。

この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。

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