顧客のライフタイムバリュー向上を最優先--三井住友カードのCX改革

別井貴志 (編集部) 日沼諭史2016年12月05日 15時55分

 2400万もの膨大なクレジットカード会員を抱える三井住友カードは、この1年、分析ソリューションの「Adobe Analytics」と、テストとターゲティングソリューションの「Adobe Target」、そしてマーケティングオートメーションツールの「Salesforce Marketing Cloud」を駆使し、顧客とのコミュニケーションの取り方を大きく変化させてきた。複数の事業部が重なるようにして、同一の顧客へ統一感のないコミュニケーションをしてきた自社優先の従来型マーケティングから、顧客の利益を優先するマーケティングへ、ある意味180度転換させた取り組みは果たしてどういった内容なのか。ネットビジネス事業部長の佐々木丈也氏に話を聞いた。

――マーケティング活動をするうえで、これまでどういった課題がありましたか。

三井住友カードのネットビジネス事業部長である佐々木丈也氏 三井住友カードのネットビジネス事業部長である佐々木丈也氏
佐々木氏:当社としては、実は今年度はカスタマーエクスペリエンス(CX)元年のような面があります。われわれは、自分たちの事業ドメインのなかで収益を伸ばすというKPIがありますが、それを伸ばす以前に、「お客様との接点を顧客志向に変えなきゃいけない」ということに着手し、大きく旗振りが始まったのが昨年からなんです。そして、「CXの実践」が社内的な共通キーワードになったのが、今年度からです。

 これまでお客様に対して、CRMを活用してOne to Oneマーケティングを目指してやってきたものの、社内のいろいろな部署がマーケティングをしていて、お客様との接点も部署ごとにありました。たとえば、当社の事業は会員事業、加盟店事業、受託事業の3本柱となっています。全体の75%の収益をあげている会員事業は2400万人の三井住友カード会員が、加盟店事業にも数十万の加盟店があり、受託事業では主に地銀系のカード会社の金融事業におけるシステムと業務のプロセッシングをさせていただいています。

 そんな事業があるなかで、多くの部署がそれぞれにマーケティングをしていて、さまざまに取り組むので、ある意味では顧客不在になっていたんですね。各場面で各部署は1人のお客さんを見ていますが、当社の事業領域のなかでいうと、みんながその1人を見ているので、1人にアプローチしていると思っていても、お客様から見ると三井住友カードのいろいろな事業や部署からさまざまなアプローチがくる状態になっていたわけです。

 お客様ご自身に興味のない情報を送ってくる企業からは離脱するという問題が、当社のサービスにも起きていたわけです。スマートフォンがここまで台頭して、お客様も情報が氾濫する状況下、自分で情報を選択して、必要なものを自分で見て、不必要なものに対してはものすごく疲弊感が出るといった状況が進みました。

――3つの事業それぞれに顧客がいるとのことですが、それぞれ接点もまったく違いますし、顧客のインサイトも違いますよね。それぞれの接点やインサイトごとの最適なコミュニケーションについてはどのように取り組んでいますか。

佐々木氏:まさにその改革の一歩として、メインの会員事業を中心に、お客様とのコミュニケーションにおいて、CXという概念を当社独自の定義で再設計しようとしている、というのが現状です。会員事業では、ウェブ基盤を通じて会員を獲得し、顧客リテンションを向上させることをメインのミッションとしています。CXの概念を顧客リテンションのなかに取り入れていかないとお客様が離れていく、という状況に危機感が生まれてきて、CXの実践を始めているところです。

 かつて、デジタルの領域はウェブ基盤を利用した会員獲得や商品の企画開発に関するものでしたが、今では事務や与信などもデジタル領域へと広がってきています。たとえば、これまでは支払い遅れの際に電話で督促していましたが、メールやSMS、アプリのプッシュ通知で気付いてもらう、という方法も取り入れ始めています。

 具体的にいうと「支払い遅れ」についてこれまでは、いわば“悪”として見ているところがありました。しかし、それはあくまでもお客様のうっかり忘れであって、事実をお伝えすればちゃんと入金があって長くお付き合いいただける、という状況を作るということです。これが従来の考え方と違うCXであり、お客様に提供できる情報の価値を上げよう、という動きです。こうした活動をするうえで、われわれがもっているウェブ基盤、ウェブプロモーションのチャネルが、全部門のなかで中心的役割を担うようになってきています。これが、今の社内的な変化です。

Customer first、Collaboration、Creation & Innovationという「3つのC」を基本方針に掲げる同社。Customer firstは、まさに同社のマーケティングにおける顧客視点の源泉となっている Customer first、Collaboration、Creation & Innovationという「3つのC」を基本方針に掲げる同社。Customer firstは、まさに同社のマーケティングにおける顧客視点の源泉となっている

 もう1つ例を挙げると、お客様からのメールアドレスの登録数は右肩上がりで増えてはいるものの、メールの受信を拒否される方の比率が年々上がっています。今までマスのマーケティングをやってきたなかで、お客様が望む情報ではない、われわれが伝えたいものを送りつける行為に対して、拒否感が完全に数字として現れてきたわけですね。

 事実として、従来は自社のLTV(Life Time Value)を優先する面がどうしてもありました。1人のお客様から生涯に得られる収益をいかに上げていくかというのが、従来の企業視点のマーケティング的な考えだったと思います。しかし、お客様に対して不快なコミュニケーションを続けていると、顧客離れを起こし、最終的には自社のLTVを下げてしまうんです。

 だから、われわれが絶対に譲ってはならない優先すべきことは、顧客にとってのLTVを上げることなのです。カードを持っていただいて、長く使っていただいていくなかで、お客様が受け取る価値を優先するということです。これを向上させていけば最終的に自社のLTVが上がっていくと考えています。

――企業としての考えや方針は大変よく理解できるのですが、それを顧客の接点ごとに最適化していくのは、実際にはかなり大変ではないでしょうか。

佐々木氏:たしかに理想像を掲げても、社内では「その理想はわかるけど、じゃあどうすればいいの」となります。でも、「システムや施策の優先順位などが一律にまとまってからアクションを起こしましょう」となると、その間にお客様も変化してしまいます。私の担当しているウェブの領域はデジタルなので、まずはデジタル領域から改革を進めようと動き出しました。AdobeのマーケティングツールやSalesforceを導入して、お客様とのOne to Oneのコミュニケーションを作り上げるということへの投資に対する理解を得て、先行的にデジタルの領域からCXに対する取り組みを始めました。

 それと時を同じくして、2015年にコールセンターもCXに取り組むための改革を始めています。ウェブサイトやメール、SMS、モバイルアプリに加えて、コールセンターも従来からある顧客との重要な接点となるチャネルです。15年くらい前に「FOR YOU CENTER」という名前で大きなコールセンターを立ち上げて、「What can I do for you today?」をコンセプトに掲げ、「お客様に寄り添うコールセンターになる」ということを標榜してやってきました。ところが、十数年の過程のなかで、ビジネスを優先するがゆえに効率化重視の運営に変わってしまいました。呼量削減や1人当たりのサポート時間の短縮など、そういうものにKPIが変わってしまったんです。

 コールセンター部門も、サポート業務とはいえプロフィットセンターになるためには、顧客に価値を提供していかなければなりません。部門としてもそういう意識が出てきて、コールセンターが電話応対で可能なCXを実践していこうと意識を変えてます。顧客の接点として今やメインになっているウェブと、有人ならではのサポートができるコールセンターが、CXという概念をもって顧客に接する動きになってきたのです。

――「環境が整ってからアクションを起こしても遅い」という話がありましたが、では、どこから手を付けたのでしょうか。

佐々木氏:もともと2012年にはAdobe AnalyticsとAdobe Targetを導入して、ウェブでマーケティングをやろう、顧客のインサイトをきちんと把握しよう、という改革を始めていたんです。それまでは各部署が、自分の商品やサービス、プロダクトを、ウェブサイトの1番いい場所に載せてほしいと言ってきていたのです。お客様が見るかどうかは二の次で、とにかく自分たちの担当する商品を目立つところに載せろと(笑)。

 その頃、われわれのネットビジネス事業部は、依頼された通りに制作を管理する部署になっていました。それによってウェブサイトのページ数が増加して、重複したコンテンツがあったり、導線が複雑だったり、そもそもこのページは誰をターゲットにしているのか……という状況になっていました。それによってウェブサイトに対する評価もどんどん下がっていったのです。

 なので、Adobe AnalyticsとTargetを入れて、きちんとお客様の行動を見ようと。体制的にも、ウェブでの行動データを把握できるウェブマーケティングチームを作って、Adobe Analyticsを使ってデータを見られる人間を担当させて、ウェブサイトすべてに対して横串を差すというか、企画に対して裏付けされた顧客インサイトを見られるチームで改革していきました。

 それに加えて、権限を持つようにしました。従来はウェブサイトの掲載権限や最終決定権、プロモーションの制作物の優先順位を決める決定権は別の部署にあったのです。しかし、われわれがAdobe Analyticsなどのマーケティングツールという“武器”を持ち、顧客のインサイトを見られるようになり、お客様の望むものを把握できるようになってきたので、併せてわれわれの部署に意志決定権をもらいました。何のコンテンツを作って、どういうお客様にどういうプロモーションをするか、という決定権をもらったので、ウェブサイトとプロモーションをコントロールできるようになったのです。

――権限の移譲にあたっては、社内に軋轢が生まれませんでしたか。

佐々木氏:そこは若干ありましたが、説得材料として顧客のインサイトやお客様がどういう目的でウェブサイトに来ているか、といったデータを見て、そのデータを役立たせるスキルがあることを証明していくことで、もちろん時間はかかりましたが説得できました。

 他の部署にしても、商品やサービスの情報を載せることが目的ではなくて、結局はコンバージョンが重要なんだと理解してもらいました。それを押し上げるために必要なデータをわれわれが提示するので、それにもとづいて制作していきましょう、ということを根気強く話していき、最終的にはマーケティングができる部署として社内的に認知され、権限をもつことに対して違和感をもつ人が少なくなったのです。

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