フェラーリ流F1マシンのハイテク・チューンアップ

Dietmar Mueller (ZDNet Germany)2004年09月09日 10時00分

 レーシングカーを運転するには、巧みなハンドルさばきや加速時の重力に耐えられる体力以上のものが必要とされる。いまや、ありとあらゆるハイテク装置もレースに不可欠な存在になっている。

 FerrariのF1チームや、過去に7度世界チャンピオンに輝いた同チームのエースドライバー、Michael Schumacherの戦績には、IT技術が大きな影響を及ぼしている。同チームの内製ソフトウェアや、チームスポンサーであるAdvanced Micro Devices製のOpteronプロセッサのような標準のコンポーネントを搭載したハードウェアなど、こうした技術にはさまざまなものが含まれる。

 マシンから高い性能を引き出すための作業の大部分は、コース上ではなく、レース中にタイヤ交換などを行うピットと隣接するガレージで行われている。ここにあるコンピュータが遠隔測定(テレメトリー)データを収集し、マシンがコースの条件に対応しているかどうかを判断しているのだ。

 Ferrariチームのエレクトニクス関連の責任者Dieter Gundelに、このチームがいかにしてトップを走り続けているのかを聞いた。

--市販のソフトウェアはどの程度使用していますか。また自社開発されたソフトウェアは全体のどのくらいを占めているのでしょうか。

 それはアプリケーションの種類によって異なります。事務関連には標準的なMicrosoft製品を使っています。設計/製造ツール(CAD/CAM)にも市販のワークステーション用製品を利用しています。しかし、すべてのレースマシン制御用ソフトウェアと大半のデータ解析用アプリケーションは自社開発です。専用のデータベースもやはり自社開発です。自社開発のソフトウェアが全体の何割くらいあるかははっきりとは分かりません。グループによって異なるツールを使用していますから。

--ハードウェアは何をお使いですか。

 大部分の作業はPCで行います。設計とシミュレーションにはワークステーションを使用します。

--OSは何をお使いですか。

 PCについては全社でWindows XPを使用しています。

--開発用ソフトウェアは何をお使いですか。

 これも一概には言えません。レースカーの制御用ソフトは、Cとアセンブラで開発しています。解析やシミュレーション用ソフトは主にMatlabで書いています。その他のプロジェクトでは、オブジェクト指向言語--具体的には、開発者の好みにもよりますが、C++、Delphi、Visual Basicなどを使用することもあります。

--レース中、コース上のマシンとコンピュータとの間で転送されるデータ量はどのくらいになるのですか。

 1時間半くらいの平均的なレースで約1GBですが、レース時間が長くなれば当然それ以上になります。ただし、この中には冗長なデータも一部含まれます。というのは、データの喪失を防ぐために代替用のテレメトリーチャネルと内部メモリを使用しているからです。

--レースカーとPC間の通信はどのように行っているのですか。

 ご承知のとおり、F1ではレースカーからガレージへのデータ送信しか許されていません。まずマシンに搭載されたオンボードの制御ユニットは、制御に関わる役割を果たすだけでなく、必要な信号(センサー、アクチュエータ、内部状態などの変数値)をすべてサンプリングして、専用のログ用コントローラに渡します。このユニットは、データをメモリに格納すると同時に、テレメトリー転送用のデータを作成します。

 テレメトリー用のデータは、まずエンコードされてから、1.5GHz帯域のマイクロ波を使ってガレージにあるPCに転送されます。これを受け取ったPCは、必要なエラー訂正を加えた後でデータをデコードし、最後にネットワークでつながるリアルタイムワークステーションにこれを送ります。レースカーへの通信チャネルは存在しないため、受信データには時間的な遅れが生じます。これを補うために、サーキットをいくつかの領域に分割定義し、テレメトリーデータをすぐに転送せずに各領域にバッファリングしておき、それをまとめてPCに送信して解析します。

--通信プロトコルには何をお使いですか。

 使用するプロトコルは、標準のエラー訂正プロトコルと暗号化を組み合わせたもので、無線通信でのエラー発生率に対応できるようにしています。つまり、レースでの通信用に最適化されたプロトコルです。

--Ferrariのシステムが「クラッシュする」ことはあるのですか。

 ええ。少なくとも一時的にはクラッシュします。レースカーの機能は完全にソフトウェアに依存しているのですが、このソフトウェアの動作がおかしくなることがあります。ただし、クラッシュといっても一時的なものです。組み込みソフトウェアでは普通に行われることですが、制御用ソフトウェアに多くのウォッチドッグ(監視機能)が実装されており、これによってコントローラを再起動して極めて短い時間で復旧できます。ですから、お尋ねの質問は「Ferrariのソフトウェアに一時的な不都合が生じることがありますか」ということになると思います。答えはイエスです。しかし、すべてのソフトウェアは、ラボの作業台で、またレース場に搬送する前のテストで、徹底的にテストされるため、レースが開催される週末にそうした不都合が生じることはありません。

--Schumacherの圧倒的な強さに、ITがどの程度貢献していると思いますか。

 それは誰に対する質問かによります。私のように制御用ソフトウェアとデータ解析を担当している者に聞けば、ソフトウェアの機能はSchumacherにとって大きな助けになっていると答えるでしょう。良いソフトウェアがあれば、優秀なドライバがマシンの性能を限界まで引き出すことができます。これはレースに勝つために必要なことです。しかし、Ferrariチームの勝利に貢献しているのはSchumacherだけではありません。チームメートであるRubens BarrichelloやテストドライバーのLuca Badoerをはじめとするすべてのドライバーが、現在のわれわれのアドバンテージを生み出すのに貢献しています。

--コンピュータシミュレーションと実際にサーキットで行われる実地のテストの比率はどのくらいですか。

 それは難しい質問ですね。機能面だけに限れば、シミュレーションによるテストを増やしているのは事実です。部品を製作したり制御用ソフトウェアを書いて実際にレースマシンで試すよりも、シミュレーションを使ったほうがはるかに安くて済みますから。もちろん、信頼性や他の機能との連携など、どうしても実地のテスト--つまりレースマシンを使ったテストを避けて通れない分野もあります。シミュレーションを利用することが多くなっているといっても、通常のテストを減らしているわけではありません。通常のテストに加えてシミュレーションも行っているということです。

--シミュレーションにはどのくらいの時間がかかるのですか。

 それも場合によります。たとえばトラクションコントロールなどの戦略を変更した結果をシミュレーションする場合であれば、2台の車が走り去る間--つまり、ほんの数秒でできます。一方その他のシミュレーション(空力シミュレーションなど)は数時間かかるため、通常は週末のレースの前に行います。結果はパラメータリストとして出力します。構造および力学的なシミュレーションは数日かかることもありますが、これは別の工程で行います。

 高性能なコンピュータを使えば、シミュレーション時間を短縮できるでしょう。つまり、以前はレース後の夜かイタリアに帰って次のレースの前に行っていたシミュレーションを、レース中に行えるのです。コンピュータの性能が向上すれば、より多くのシミュレーションがリアルタイムで実行可能となり、レース中にマシンをより良い状態にセッティングできることになります。

--McLaren-Mercedesや他のレーシングチームがデータにアクセスできないように何か対策を講じていますか。

 Ferrariのネットワークには、工場でもサーキットでも最高のセキュリティ対策が施されています。サーキットと工場では無線ネットワークは使用していません。セキュリティ機能に不満があるからです。また重要なデータを格納したノートPCはすべて、工場から持ち出す際にハードディスクの中身を暗号化しています。レースカーからガレージへのテレメトリーのトラフィックも暗号化されています。

--新しいレースカーを開発する際に、ITはどのくらいの影響力を持ちますか。

 先ほども言いましたが、設計作業はすべてCAD/CAMツールを使用して行っています。構造および力学的な解析もすべてのコンピュータで行っています。したがって、コンピュータの影響は絶大です。

--コンピュータテクノロジーはレース戦略の選択にどの程度の影響力を及ぼしますか。

 コンピュータテクノロジーの影響は極めて大きいです。すべての戦略の意志決定は、そのレースのコンピュータシミュレーションに基づいてなされます。事前のシミュレーション結果によって得られたパラメータと、金曜日と土曜日のパフォーマンスを考慮して基本的な戦略を決定します。このレース戦略は、レース中にリアルタイムで更新され、新しい戦略が導き出されます。もちろん、すべてを戦略ソフトウェアで行えるわけではありませんが、良いソフトウェアは少なくともエンジニアが瞬時に下す必要のある決定の基盤となっています。

--レース中にIT関連の問題が発生しないようするには、どうしていますか。

 重要なのは冗長化と故障時の代替ソリューションです。われわれは、最悪のケースに備えて、コンピュータ間のデータ転送をUSBメモリーキーで行えるように準備を整えています。もう1つ重要な点は、F1レースの第一原則の1つ、つまり「同じ失敗を2度繰り返さないこと」です。われわれはすべての問題に何らかの方法で対処します。部品やマシンの構造を改善することもあれば、パフォーマンスを犠牲にして、より安全な方法を選択することもあります。

--ITに起因する事故が発生したことはありますか。

 いいえ。今のところありません。もちろん、代替ソリューションに切り替える必要がある場合はいつもより緊張しますが、今のところ、すべての予測可能な状況に対応できています。

--レースカー自体のなかでは、ITはどんな役割を担っていますか。

 レースマシンはソフトウェアが制御しています。レギュレーションで許されており、かつ有益であると判断したところには、必ず車載のシステムコントローラを利用しています。エンジン制御はその最たる例です。10ミリ秒のシフトチェンジを可能にするギアボックス制御などもやはりコントローラ制御です。トラクションコントロールもそうです。スロットル制御やクラッチ制御も重要な制御項目です。また、ドライバー情報システムやドライバーインターフェイス、先に述べたテレメトリーやデータロギングなども重要です。一方、ASR(スリップ時のアクセル抑制)はレギュレーションで禁止されています。オートマチックギアシフトと発進制御も禁止されています。

--電子制御が高度化すればマシンのスピードも上がりますか。

 速いマシンが最高のラップタイムを出すとは限らないので、スピードよりもラップタイムを上げるという表現のほうが適切かと思います。簡単に答えればイエスです。先ほど説明した制御用ソフトウェアの例からも、ソフトウェア機能がレースカーの性能にどれほど中心的な役割を果たしているかがお分かり頂けると思います。

--使用するITシステムはここ数年でどのように変わりましたか。

 かつては補助的なツールだったのが、いまでは必要不可欠なものになっています。一例を挙げると、数年前ならデータロギング機能に問題があった場合、それが動かないままでもレースカーを走らせることがありました。ところが今では、データロギング機能が正常でなければマシンをガレージから出すことはありません。ITベースのツールが最適レベルで動作していないかぎり、クルマを走らせる意味などないからです。

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