林信行
2007/06/20 14:00
9月15日正午、Mozillaが主催する24時間連続イベント、「Mozilla 24 -Worldwide Continuous Event」が開催される。
同イベントはインターネットの未来、あるべき理想像を追求する実験の場として、これまでにはない画期的なイベントになりそうだ。ウェブにおけるオープンソース文化をリードするMozillaらしく、会期中のイベント企画を一般から公募するという試みも行われている(6月30日締め切り)。
そこでMozilla Japan代表理事の瀧田佐登子氏と奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 教授 兼 Mozilla Japan 理事の砂原秀樹氏の両名に同イベントを開催するに至った経緯や、ウェブブラウザの発展とMozilla 誕生との結びつきについて伺った。話題の冒頭として、まずはインターネットの過去、現在までの変遷を振り返るところから始まった。
有限責任中間法人 Mozilla Japan瀧田:この間、久しぶりにウェブブラウザの元祖ともいえるNCSA Mosaic 1.0をWindows XPマシンにインストールしてみました。
砂原:動作状況はいかがでしたか?
瀧田:一応、動作はしたのですがレイアウトが崩れたり、画像がきちんと表示できないページもありました。
わずか十数年の間にウェブも随分と変わったのだと実感しました。
砂原:確かに。その時代だとテキスト以外の情報はヘルパーアプリケーションを使って表示させていましたね。
(註:当時、画像や音声など、テキスト以外のデータはウェブブラウザとは別の専用アプリケーションを連携させて表示していた)
瀧田:「先日、大学生達にインターネットについて話をする機会があり、まずはインターネットの歴史を見せてあげたいと思ったのがきっかけでした。彼らはウェブブラウザが一般生活に浸透してから使い始めた世代です。なかには、パソコンよりも携帯電話から頻繁にインターネットを利用する人も多くいます。
砂原:なるほど、特にウェブブラウザを意識して使っていない人も結構いるのですね。
瀧田:そうですね。あえてMosaic 1.0を使って見せた上で改めてFirefoxでも見せたのは、そのような若い世代に、ウェブブラウザの創世記から現在までの進化を肌で感じてもらいたかったからです。
奈良先端科学技術大学院大学砂原:ウェブブラウザの登場は衝撃的でした。元々は高エネルギー物理学の世界で情報共有目的につくられたもの。でも、僕らにとってはそんなことよりも『絵が見える』とか、写真や画像、絵やテキストが統一されたビジュアルで表現ができるという部分に強く感銘を受けました。
瀧田:それまでのインターネットとの関係はすべてテキストベースでしたからね。電子メールを送るにしてもテキストでコマンドを打ち込んでいる時代でした。
砂原:それがウェブブラウザだと絵とか写真が出てくる。何かそれだけでうれしかったですね。当時は、ウェブの紹介に、東京大学が提供していた「ひまわり」のライブ映像がよく使われていました。ただの「ひまわり」の映像なんですが、わざわざお客さんにも「これがインターネットです」と見せていました(笑)
瀧田:そう、世界がグっと近くなった印象があります。
砂原:はい。当時はまだインターネットは一部の教育機関くらいでしか利用ができませんでした。日本も米国もインターネットは国民の血税を注ぎ込んでつくったものという意識がありました。商用利用は認められておらず、どういう使い方なら許されるかをAcceptable Use Policyという規則と照らし合わせて議論していた時代です。
砂原:そうですね。でも、インターネットが一気に普及したのは、その後に訪れるインターネット商用化の流れとウェブブラウザの衝撃がタイミングよく同時に訪れたおかげだと思っています。
瀧田:ウェブブラウザが出てきたからこそ生まれたビジネスというのも多いですしね。
砂原:ポツポツとウェブページが増え始めた時代は、そもそも世の中に、どんなウェブページがあるかもわからず手探りで、適当なドメイン名を打ち込んでいました。そのうち、おもしろいウェブページのリンクを集めたイエローページ的なものが登場します。そこからYahoo!みたいなディレクトリ型サービスが出て、それがGoogleなどの検索サービスへと発展していきます。
今やウェブで買い物やオンラインバンキングが当たり前に行われているけれど、当時はまさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。こうしたビジネスも、Netscapeがセキュアに通信するSSL技術をつくった結果、生まれてきたものといえます。