3DCGはアニメ業界と制作現場に何をもたらすか--板野一郎氏や神山健治氏らが明かす本音

 10月27日、デジタルハリウッド大学大学院駿河台キャンパスにて「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾(二十九)」と題したトークセッションが行われた。コラムニストの黒川文雄氏が主宰、エンターテインメントの原点を見つめなおし、ポジティブに未来を考える会となっている。

 今回は「3DCGアニメーション制作のミライ」をテーマとし、最新アニメーションの制作現場の現状や、3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)の活用などについて語られた。登壇したのは、「機動戦士ガンダム」や「伝説巨神イデオン」のころからアニメ制作に携わり、早い段階から3DCGを意欲的に導入。現在は3DCGの後進育成や指導に当たっている板野一郎氏。「東のエデン」の原作・脚本・監督を務め、最新作「009 RE:CYBORG」の監督を務めた神山健治氏。ゲーム「Fate/unlimited codes」などのプロデューサーを務めたほか、アニメ表現をふんだんに取り入れ今回の話題にもなった「アスラズラース」も手掛けたカプコンの土屋和弘氏。その「アスラズラース」や3DCGアニメ「楽園追放 -Expelled from Paradise-」などを手かげたCGスタジオ「グラフィニカ」の3DCGディレクター阿尾直樹氏と、3DCGプロデューサー森口博史氏の5人。

左から、阿尾直樹氏、板野一郎氏、黒川文雄氏、神山健治氏、土屋和弘氏、森口博史氏
左から、阿尾直樹氏、板野一郎氏、黒川文雄氏、神山健治氏、土屋和弘氏、森口博史氏

“育成の短縮”“参入障壁を下げる”3DCG導入の理由

 冒頭では、なぜアニメの制作現場において3DCGが導入されるようになったのかを、監督の立場として板野氏と神山氏が回答した。まず板野氏は率直に「コストパフォーマンスの良さ」を挙げた。現在のアニメ制作におけるスケジュールや予算ではすでにクオリティを維持するのが難しい上、新人のアニメーターは、作画などをイチから教え、5年かかっても一人前になるかどうかだが、グラフィニカが制作した「楽園追放」では、わずか3カ月間の育成で、アクションのカット作りができるぐらいの人材になるという。

  • 板野一郎氏

 板野氏はかつて「超時空要塞マクロス」のメカニック作画監督を担当するなど数々のメカ作品に携わり、アクロバティックな戦闘シーンは「板野サーカス」と称されるほど。現在はグラフィニカに所属し現場で活躍する傍ら、板野ゼミという形で自ら後進の育成や指導に当たって、スタッフにスキルを身につける体制を整えているという。

 神山氏は板野氏の考えに同意しつつ、少し違った視点から「参入障壁の下げること」を挙げた。アニメーターは給与が低い職業ということが流布しすぎている現状に加え、手描きアニメでは長期間の修行期間が必要となること、また昔とは違いスマートフォンやPCといったデジタル製品が活用される現代では相対的に生活費も増加していることから、アニメーターを目指すことに憧れは持っていても、ためらって別の仕事を選ぶ人が多いと神山氏はとらえているという。そうした人たちをできるだけ業界に入りやすくするために着目したのが3DCGだと話す。

  • 神山健治氏

 神山氏は現在、フル3DCGによるシリーズものの作品と、手描きと3DCGのハイブリッドによるオリジナルの劇場作品を制作していることを明かしつつ、その現場では新しい試みを取り入れているという。例えばタブレット作画や、簡単な動画を作成できる絵コンテツールの導入などさまざまな施策をテストしながら作品作りを進行しているという。

 実際、3DCGの導入によるコスト削減や時間の短縮はできているかとの問いには、神山氏は率直に「まだできていない」と回答。3DCGのモデリングや、キャラクターモデルに手で動きを付けていく“リグ”と呼ばれる作業のコストと時間が短縮できてないのが実情ともいう。まだノウハウが少ないということもあり、企画段階から細かく設定しないといけないため表現方法に制約があるとしているが、こういった作品作りを通してノウハウをためていけるようにしていると語った。

 森口氏はアニメだけではなくゲーム会社の制作を担当していた時期もあり、両方の現場を見てきた立場として、3DCGは個人だけではなく会社にノウハウがたまるメリットがあるという。旧来のアニメーターの技術は個々にしか蓄積できないが、デジタルであれば例えばモーションなどをライブラリ化することによって、新人アニメーターもそのライブラリを活用できる。グラフィニカとしても、3DCGにはスケジュール管理も含めたディレクター制を採用し、会社としてノウハウを蓄積することを意識した体制になっているという。

  • 森口博史氏

 現実問題として板野氏は、旧態依然としたまま現在にいたっても変わることのないアニメーション制作の仕組みに対して警鐘を鳴らしていた。プロジェクトとして組まれた予算も、現場に下りてくる資金はごく一部といっていい状態。そのため現場は現場で海外にグロス発注を行ったり、原画のクオリティが低いため作画監督が自ら徹夜してでも修正するということが往々としてあると板野氏は指摘。そこにはプロ意識の低さや人材育成そのものにも業界として問題があり、クオリティを維持するために真面目に取り組んでいる制作進行や会社組織ほど疲弊して負担に耐えられなくなってしまうと語った。

 神山氏も、プロデューサー志望でアニメ業界に入ってくる人は増えているものの、既存のアニメ制作のシステムを変えていこうと考える人はほとんどいないと指摘し、今のシステムでだましだまし制作を続けているのが現状という。そういったなかでも監督として現場を預かる範囲のなかではさまざまな試みをしているという。

 板野氏は、米国のアニメーターやシナリオライターが日本よりもはるかにいい待遇で驚いた経験を踏まえ、世界に向けて企画を持っていったり、個人でも短編アニメをたくさん作って見てもらい、それで資金を集めるといった手法。あるいは個人がそれぞれ進化したりチームを組んだりしていいアニメを作っていくなど、既存の仕組みに対する打破や個人としても生き抜く能力を身につける必要があると主張した。

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