デジタル時代ならではのキャンパスの存在意義

 SFCでは最近、「大教室での授業を学校内で行う必要があるか?」という議論が起きている。ブロードバンドの普及と、遠隔教育のシステムや教材の整備によって、ネットを介した授業のスタイルが確立されつつあり、100人から400人にもなる大教室や階段教室での授業を行う必要があるのかというものだ。SFCではそのネットワークの設備やノウハウを生かして、遠隔授業の実験や実践が多数行われている。

 例えば慶應義塾大学三田キャンパスや六本木アカデミーヒルズなど、他の場所や教室の授業の中継は日常茶飯事になっている。6月17日は竹中平蔵金融・経済財政政策担当大臣(慶應義塾大学総合政策学部客員教授)が六本木からSFCの授業に登場した。質疑応答もこなすなど学生と教員が同じ場所にいなくても、少なくとも教室の授業そのものについては成立しているようだ。

 中継だけでなく授業そのものをオンラインで行う取り組みの代表的な例は、1997年に取り組みが始まったWIDEプロジェクトのSchool Of Internet(SOI)。ネット上で学生証を発行。授業はビデオで配信し、課題はウェブサイト経由で提出する仕組みになっている。

 SFCの実際の大学で履修した授業がSOIの授業の場合、学生はSFCでの履修申告に加えてSOIでの履修申告(SOIを初めて使う人は入学手続きも)も行った上で、授業を受け始める。大教室で行われる授業はリアルタイム配信もしくは収録された内容のストリーミングがSOI上で流される。学生は授業が行われている教室だけでなく、大学内の別の場所や自宅でも授業を受ける事ができる。

 このノウハウはSFC Global CampusでSFCの更に多くの授業に拡張されており、無料で登録すると聴講することができるようになっている。学外の学習者の聴講や履修も視野に入れた取り組みになっており、これらの遠隔授業の試みは、既存の学習場所である教室の壁を取り払っていると見る事ができる。

 更に極端な例もある。授業「ネットワークコミュニケーション」では、ネコミ大学という全く別の大学を仮想空間上に設立している。ネコミ大学の上で124単位を揃えて卒業すると、SFCでの2単位が“単位認定”されるというストーリーになっている。履修する学生もヴァーチャルな存在として全てハンドルネームでネコミ大学の授業に参加する。ネットワーク上での学習経験の可能性を最大限に引き出す試みだ。

 また以前の記事で紹介したBlogについても、大学内の情報共有スピードを早めたり流通量を増やす効果がありそうで、大学のウェブスペースが巨大なデータベースになったり、オンラインでの効率や効果が高まる可能性がある。このようにネットワークに依存する形でSFCの授業や研究の形態が変化し始めている。

 学習環境がオンライン化されていく中で、逆の動きも出てきた。オンラインでできる事はオンラインでやり、実際のキャンパスではリアルでしかできない事をしようというものだ。

 オンラインではできない、あるいは効率の悪い授業のスタイルもある。例えば30人規模で学生間のディスカッションをするような場合では、文字でのチャットやビデオチャットでは、議論の盛り上がりやライブ感が失われてしまうし、なにより同じ議論を教室で口頭のディスカッションをするより時間がかかりそうだ。あるいは何か共同作業を行う際、例えば一つのもの一緒を作ったりするような場合は、やはりオンラインでは無理になる。こういう授業は大学で行われるべきかもしれない。

 SFCには学習の場のオンライン化を見越したオフィスアワー制度が設立当初から存在していた。オフィスアワーとは教員があらかじめ設定しておいた曜日・時間・キャンパス内の場所を公表して、そこにいるというものだ。学生が教員と会いたい時、教員同士が話す時などにスケジュールを押さえる必要がない時間という事になる。教員と相談や議論などのコミュニケーションを取るには、今でこそビデオチャットなどがあるとはいえ、顔を合わせた方が良いという示唆だったと考えられる。

 もちろん全てに関して“現在の技術では”という但し書きが付くかもしれない。しかしいくら技術が発達したとしても同じ場を共有するのと同等の効果が得られない可能性もある。裏を返せば遠隔授業や協調作業のツールやアプリケーションを開発していくにあたって、場の空気のようなものを通信で共有することを考慮するべきである事を示しているとも言える。

 SFCは「遠い」というイメージや実際の通学時間の長さから、学生は授業がある日に授業のためにしか学校に来ない。あるいはサークル活動やゼミがある日しか学校に遅くまで残らない。また昼休みも長くて20分しかないため、サークルやゼミで顔を合わせる以外の友人とはメールやメッセンジャーなどのオンラインでのコミュニケーションを取るしかなくなる。

 こういった状況の中で、教員だけでなく学生にとっても、オフィスアワーのようにどこかに常駐していることに意味があるのではないかという意見が学生の間から出てきている。学生や教員が自由に出入りできるカフェに、何らかの形で「自分がこの時間に滞在して、この話題を話したい」というアピールをしておく。そのアピールを知った人も知らなかった人も、カフェにきたらその話題で花を咲かせる。普段話さないキャンパス内の人と話すきっかけとなる場があれば良いのではないかという考えだ。

 これは、ちょうど1年前にヘルシンキ芸術デザイン大学のコッコネン先生が説明してくれた、コーヒーを飲む習慣を元にしたフィンランドのサブカルチャー「アウラスペース」を彷彿とさせる。アウラスペースとは会話やアイディアを自ら発散していく独特の雰囲気を持った場のことだ。例え相手が友人ではないとしても、テーマという共通項で議論をしたいという意識。日常をオンラインに頼っているSFCだからこそ、リアルな場に別の意味付けや刺激が必要ではないかという提案だった。

 他のキャンパスでは1時間程ある昼休みや午後の食堂などが、そういったコミュニケーションの場になっているそうだ。アウラスペースが欲しいという欲求は、普段からのフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションの不足に対するアレルギー反応なのかもしれない。

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