何が価値ある資産か柔軟に俊敏に見直す

インタビュー:梅田望夫2003年07月08日 00時00分

この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2003年8月号)に掲載された「破壊的創造のマネジメント」から「何が価値ある資産か柔軟に俊敏に見直す」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。

マイケル・ラムジー ティーボCEO

 好きなタレント名やジャンルをインプットしておくだけで、自動的にテレビ番組を録画してくれる新しいサービスとハードウエアを提供し、関連産業を揺さぶったティーボ。バブル崩壊後もビジネスモデルを柔軟に俊敏に見直すことによって難局を凌ぎ、走り続けている。マイケル・ラムジーCEOの言葉に、シリコンバレー新興企業の原動力が見えた。

マイケル・ラムジー(Michael Ramsey)
英国スコットランドのエジンバラ大学卒業。ヒューレット・パッカード、アドバンスト・システムズでのエンジニア職、SGIでのシリコン・デスクトップ部門担当副社長を経て、1997年にティーボを共同設立。

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Q ティーボ(TiVo)を設立されて6年近くたちました。最初は、テレビ業界を破壊するほどの技術を持つ革新的企業として登場したわけですが、今や経済環境は様変わりしました。この6年をどう総括されますか。

A 創業したその日から、われわれはDVR(デジタル・ビデオ・レコーダー)が好きな番組を録画できるだけでなく、家庭に番組が配信される方法をすっかり変えてしまう革新的な技術であると信じていました。オン・デマンドでテレビを観るようになれば、テレビ業界、視聴者、広告業界、そしてニールセンのような調査業界も含めて、あらゆる方面に影響を与えることになる。そのアイデアが巨額のカネになるようなビジネスを起こしたかった。創業メンバーはみなさまざまな企業の経営に携わっていましたから、会社を起こすのなら、自分たちにしかできないものを打ち立てたかったのです。でかいことに挑み、ダメなら吹き飛んで終わるような思いですね。

 このアイデアはメディア関連企業の関心を引き、ソニー、AOL(現AOLタイム・ワーナー)、ディレクTVなどがパートナーとなりました。彼らは、自分たちのビジネスモデルがティーボで変わってしまうという危機感を持って、投資を通じてティーボに目を光らせようとしたわけです。ティーボはそうした資金を得て、IPOによってさらに巨額な資金を手に入れ、それをハードウエア企業へのマーケティング提携やブランディングに費やしました。ごく従来的な方法で大衆市場へアピールしようとしたわけです。当時の加入者はたった10万人でしたが、それでもいい感触がありました。

 ところが、次第に経済の風向きが変わった。ティーボの第2フェーズです。市場がクラッシュし、会社の市場価値が急速に下落したため、それまでと同規模の資金を集めることなどとうてい不可能になりました。

 ビジネスモデルを変更しなくてはならない。どうやってサバイバルするか。最初に決めたのは、コストの圧縮です。ハードウエア企業との提携のための助成金など、もう続けられない。その結果、ソニーやフィリップス、ディレクTVの製品からティーボは消えました。広告やマーケティングへもカネをかけられなくなりました。

 投資ができないなかでどうやって収入を得るか、考え抜いた挙げ句に思いついたのは、技術のライセンスです。これならば、契約締結時に収入を確保できる。日本企業をはじめとしてこのライセンス需要はかなり大きく、昨年は2000万ドルの収入になりました。その一方で、撤退してしまったパートナー会社に代わって、小売りビジネスにも参入しました。

 こうしてビジネスモデルを変えていったわけですが、その途上で投資家から追加資金を得ることもできました。ベンチャーキャピタルがパイプディール(未公開ベンチャーではなく、公開企業に投資すること)をやるのは稀ですが、それをどうにかやってもらったのです。

Q ベンチャーキャピタルはなぜ、パイプディールに踏み切ったのですか。

A 彼らは慎重なデューデリジェンスによって、われわれの経営モデルが急速に改善されているのを理解したからです。加えて、ベンチャーキャピタルが買ったのは市場価格より高いプレミアム付きの株でしたが、ワラント部分のカバーを考慮すると、結果的には彼らに有利なディスカウント価格だったのです。もっとも、彼らの資金量が増え、すべてを新興企業に投資しきれず、その一部がこちらに回ってきたという事情もあります。

 環境悪化による苦境をうまく抜けられる新興企業とそうでない企業があって、それはどれだけ資金の貯えがあるかにかかっていることが多い。われわれはキャッシュはなかったものの、現状を正しく認識して、自らにどんな資産があるかを見極め、発想を転換できたことでこの時期を切り抜けられたのだと思います。

第3フェーズはサービス中心のビジネスモデル

Q 次の第3フェーズは、どういう展開になるのですか。

A こうした経験を通して学んだのは、市場の変化に対応して刻々と自らを変革できるよう敏捷、柔軟でいるためには、本格的な長期戦略は立てられないということです。次のフェーズはこれまでとは違ってはいるでしょうが、より安定するという保証はどこにもありません。

 ただ一ついえるのは、ティーボのポジションが向上してきたことです。加入者数は今年中には100万人を超える見通しです。100万人を超えるとあらゆる状況が変化します。たとえば、広告など多様な収入を得られるようになる。ティーボ技術を搭載する製品も、格段に増えるでしょう。現在はわれわれとソニー、ディレクTVだけですが、近々東芝が加わり、さらに数社が名前を連ねる段取りです。多くのハードウエアにティーボが搭載されれば、そこへ向けてサービスを提供することで収入を得るという、基本的なモデルを確保できる。第3フェーズはしたがって、大衆市場への展開、サービス収入を上げること、そして加入者数を利用して他の収入源を確保することです。

Q ビジネスモデルをサービスに根ざしたものへと変えるわけですね。

A ティーボの技術はハードウエアではなく、ソフトウエアが核心です。DVRはVCR(ビデオ・カセット・レコーダー)のように箱を買えばそれでおしまいだと思って、そこについてくるサービスにカネを払うのになじめない消費者はまだたくさんいる。しかし、彼らもティーボのようなサービスに毎月10〜15ドルを支払うのに、いずれは抵抗がなくなるでしょう。家電メーカーが狙うのも、そこです。音楽やゲームなどのコンテンツ配信サービス、そしてオンライン写真のサービスなどは、いずれ月々のサービス料を課金することで、メーカーと消費者が深くつながる。このモデルは、箱を売るだけのビジネスよりずっと魅力的です。

Q サービス中心のビジネスモデルに移行した場合、ティーボ技術のコア部分は何になりますか。

A ティーボの知的財産のほとんどは箱ではなく、サービスのインフラストラクチャにあります。ですから、その部分は課金して他社に使ってはもらいますが、ライセンス供与はしません。ソフトウエアのダウンロードは安定していますし、種々の機能も強化されています。ホームネットワークにも最大限のセキュリティの仕組みも統合しています。こうしたことすべてが、サービスのまわりにビジネスを構築していくうえで非常に重要な要素なのです。

Q 同様のサービスをリプレイTVで提供していたソニックブルーは、著作権侵害でメディア業界から訴えられ、多額の訴訟費用を使った挙げ句に破産しました。ティーボのメディア各社との関係は良好ですか?

A 創業当時は嫌われていたでしょう。今は、改善はされました。その理由はいくつかあります。まず、ティーボのような技術は不可避であると各社が認識したこと。追い払いきれる相手ではないわけです。また、われわれはリプレイのように自動的にコマーシャルをスキップする方法はとらず、ただ早送りにするだけです。つまり、常識を破壊する技術であっても、メディア業界のビジネスに対しては繊細に対応する。それが彼らにも理解してもらえたのでしょう。

起業家の醍醐味は苦境を生き延びること

Q アップル・コンピュータが音楽配信サービスを始めました。音楽とテレビとでは戦略は異なるでしょうが、アップルとティーボは既存の業界に対して同じ意味を持つ挑戦をしているのではないでしょうか。

A 最終的に正しいビジネスモデルであるかどうかは別にして、あれは優れたサービスだと思います。これまで音楽配信サービスがいろいろ出てきたなかで、最も理想に近い。これは、業界に首まで浸った会社にはできないことです。シリコンバレーにいるアップルはテクノロジーを熟知していたからこそ、音楽の配信サービスを実現するイノベータになりえたのです。アップルはピクサーでも同様のことを成し遂げた。ディズニーのアニメーションの時代には制作スタジオは儲からなかったが、デジタル映画制作という分野を築くことによって、それを大きなビジネスに仕立て上げた。シリコンバレーにあるティーボも、従来のテレビ業界にはできないことをやっている。ティーボのような技術を通して、視聴者はケーブルや衛星が配信するものを超えたコンテンツを目にすることができるようになるのです。

Q アップルがティーボを買収すればいいという意見を持つ人もいるようですが……。

A 私は、ティーボがこれからどこへ行くのかが楽しみですし、またそこにかかわっていたい。ティーボは買収されたくないというシグナルをたくさん送っていますから、それをまわりの企業は受信しているはずです。そうしたシグナルをちゃんと送らない会社は、いずれ本当に買収されてしまったりする。ティーボには自立できるだけのビジネスモデルも揃っていますから、買収される必要もないし、買収されたくもない。

Q ティーボを創業したことで、起業家となった。新しい人生を楽しんでおられますか。

A すばらしい。もっと早く創業すべきでした。大企業では、何をするにも時間がかかりフラストレーションがたまります。自分の運命を自分で背負っていることには、満足感があります。

Q 苦境の第2フェーズでも、そうでしたか。

A 振り返れば、第2フェーズのほうが第1フェーズよりも満足感がある。第1フェーズは簡単すぎましたから。あのころは利益を出すことすら期待されていなかったので、好きなものを開発する遊び場をもらったようなものでした。第2フェーズは大変でしたが、カネがないところを生き延びたという満足感があります。起業家になった後悔など、これっぽっちもありません。

250 WORDS By Mochio Umeda

 新技術によるテレビ産業構造の一新を目論み1997年に設立されたティーボ。株式公開はしたものの、その戦いは長期化している。ITバブル崩壊後も生き残るために、ビジネスモデルと提携戦略を大転換、コスト構造を変え、新たな資金を調達し、走り続けてきた。

 その苦しい時期をバブル期と比較して語った「厳しい環境の今のほうがずっと面白い」というラムジーの言葉には、シリコンバレー本来の冒険的起業家精神が凝縮されている。テクノロジーが可能とする世界をイメージし、既存産業の権威に戦いを挑むエネルギーこそが、難局を切り拓くパワーの源泉になっているのである。

Mochio Umeda
シリコンバレーを拠点とするコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツ社長。1960年生まれ。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学修士。

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