インタビュー:梅田望夫
2004/02/13 09:09
2000以上に上る講座の教材をネット上で無償公開するというマサチューセッツ工科大学(MIT)のオープンコースウェア構想が動き出してから1年半が経った。反響は大きく、アクセス数は急増している。OSのようなインフラだけでなく、その上を流通する“知”をも共有財産化するMITの試みは、大学教育だけでなく、ネットビジネスの今後にも大きな影響を与えそうだ。“知のオープンソース”活動の現状そして今後の運営方針を聞いた。
Q 「MIT OpenCourseWare」(以下、OCW)の概要を教えてください。
A OCWは、MITの教材をウェブ出版し、幅広く利用してもらうものです。現在すでに500講座の教材がウェブ上に公開されていますが、これを最終的には2000講座、つまりMITで年間に行なわれる講座数と同等のレベルまで増やす予定です。
これまでOCWのようなコンセプトがなかったこともあり、多くの誤解が広まっているので、ここでいくつか訂正させてください。まずOCWは、キャンパスでの教育にとって代わるものではありません。MITでは、教育とはキャンパスで学生が教授とのやりとりや先端的な研究を通じて行なわれるものと考えているからです。
またOCWはオンライン教育ではありません。単位や学位を取ったり、学内の教授と接触することはできません。つまりOCWは、教材だけをウェブに移行させたものということになりますが、講座の概要、シラバス(講義概要)、予定表、講義ノートなど生の素材を掲載することによって、教育者や学びたい人たちが学習を先へ進められるようにしているのです。
講座によっては、参考文献リストや試験内容、宿題、ソフトウエアのシミュレーション、講義の記録ビデオも掲載します。MITの教授たちが何をどう教えているのかを伝え、MITの教育への窓口を提供するのです。
Q OCW設置のきっかけは?
A 4年前、MITの学長と副学長が委員会を設置して、二つの問いかけをしたところからOCWは始まりました。その問いとは、インターネットは教育にどんなインパクトを与えるのか、そしてMITは何をすべきかということです。当時他大学は営利目的のオンライン教育に乗り出しており、委員会のなかにも、「mit.com」を作って同様の事業を始めるべきだという声もありました。しかし、オンライン教育を観察すればするほど、そして教育の進歩を助け世界に貢献するというMITのミッションを考えれば考えるほど、営利事業は適切でないと思われた。
もし教育を進歩させ、それにインターネットの力を利用するのであれば、教材を公開してしまってはどうかという話になったのです。会長は、「教育と発明は、知識がオープンに共有されてこそもっとも前進する」という信念の持ち主で、委員会がこのアイデアを持ち出したとき、即座にMITとして正しい選択だと判断したのです。
Q 4年前というと、インターネットバブルの絶頂期でしたが、同時にオープンソースの動きも始まっていた。インターネットとオープンソースの両方が、OCWというラディカルな行為に影響を与えたと考えていいでしょうか。
A そのとおりです。じつは、オープンソース運動の中心人物の一人であるスティーブン・ラーマン教授も委員会のメンバーになっていました。オープンソースが、OCW構想に火をつけたことは間違いありません。
Q OCWを設置するに際して、どんな懸案がありましたか。
A 教授たちのOCWへの参加は任意ですが、協力を呼びかけたとき、教授たちが心配したのは次のような点です。一つは、どのくらい時間を取られるのか。二つめは、知的所有権はどうなるのか。つまり、ウェブで教材を出版してしまったら、将来同じ内容で出版ができなくなるのかということ。そして、講義記録を全部掲載しても、学生たちは授業にやってくるだろうか、という心配。最後に、自分たちが達成している学術的なクオリティがちゃんと反映されるのか、ということです。
知的所有権に関していえば、学問の慣例としてシラバスや講義録を公開することもありますから、教授たちは教材がウェブに掲載されることには大きな抵抗はありません。したがってウェブ掲載に際して、教授らがOCWに教材出版を許可するという契約を結び、それを非独占的契約として教授側に所有権を残し、その教材を元に本の執筆などは自由にできるようにしています。
Q 反応はどうですか。
A すでに世界中から1万通ものメールを受け取りました。半分以上は実際の利用者からです。利用者は、教育機関に所属する人と、非常に学習意欲の高い個人とに分かれます。いずれも、OCWの教材が自分たちの専門領域や、学んでみたかった分野について知識を得るのに役立つといっています。
Q OCWは無料ですが、MITの授業料は年間約4万ドルです。学生たちはそれを4〜6年間払い続けるわけですが、そこに矛盾はないのですか。
A 教授や他の学生とのやりとり、ラボで日々経験することなど、キャンパスでの研究にかかわってこそ得られる価値は、OCWで代替できるものではありません。またOCWが大学運営に悪影響を与えることもありません。それどころか、学部長レベルではOCWが学生を講座に集めるのに使えるのではないかと考え始めているようです。
Q OCW設定のためには、どのくらいのコストがかかっているのですか。
A 当初は1億ドルと見積もっていましたが、全教材を掲載するだけなら、想定した予算より安く構築できそうです。おそらく、その半分以下になると見ています。今後学期ごとに200講座を追加し、4年後には2000講座がウェブ掲載される予定ですが、それにウェブサイトの管理、掲載済みの教材のアップデートを加えても、だいたい年間500万ドル程度ですむでしょう。
Q OCWの運営費は、ウィリアム&フローラ・ヒューレット財団とアンドリュー・W・メロン財団の寄付によって成り立っているのですね。
A そうです。両財団は、500講座を掲載するという設立当初の費用を全額負担し、来年度の運営費用も寄付してくれることで同意済みです。その後は、われわれがどれだけ成功を収められるか、それによってサポートの大きさが決まる。またMITもコストを負担しています。その負担の割合はOCWが安定するに連れて増える予定です。
Q 世界中からメールが来たということですが、発展途上国からの反応も多いのですか。
A 世界のすべての国から反応があったといっても過言ではありません。トラフィックの65%はアメリカ国外からのもので、最もアクセスが多いのは発展途上国です。今後、こうした国々のネットワークインフラが整備されるに従って、この割合がもっと増えればと願っています。
Q 英語圏以外では、OCWが英語であることも障害ですね。
A そのとおりです。しかし、ウニヴェルシアという組織と提携し、24講座はスペイン語とポルトガル語にすでに翻訳されています。今後ひと月当り5講座が追加翻訳される予定です。
また、中国の大学グループがOCWを翻訳しようと組織づくりを進めています。これ以外にも少なくとも10のグループや個人が教材の翻訳をしていると伝えてきました。
Q OCWの利点はよく理解できますが、利用に関する制限はありますか。
A OCWの利用者は、自由に教材をコピーし、再配し、翻訳し、派生的な教材をそこから作ることができますが、そのためには3つの条件があります。まず、利用が非営利目的であること。たとえば、フェニックス大学という公開企業のオンライン教育組織がありますが、こうした組織が、OCWの教材を利用することはできません。二つめの条件は、MITとその教材を生んだ教授のクレジットが記載されていること。3つめは、もしそこから別の教材を作るのなら、それもオープンにしなくてはならないということです。これを、「Share and Share alike(シェアし、また同様にシェアする)」と呼んでいます。
Q MITの学生は、キャンパスで教授や他の学生とのインタラクションがあるわけですが、OCWの成功もオンラインコミュニティの発展に大きく依っていると思いませんか。
A 同感です。じつは今、ある大学の研究者が学習にかかわる効果的なオンラインコミュニティとは何かを探るために、OCWの講座を調査しているところです。広く分散した学習コミュニティを発展させ、それが自己運営していくのをMITがどうサポートできるのかを考える。MITは人材を投入してコミュニティを実際に運営する責任は担えませんし、コミュニティ内で間違いが起こらないように監視することもできませんが、学習コミュニティが生まれる契機づくりにはかかわりたい。
Q そのためのツール開発も行なう?
A そうできればと思っています。まだ先になるでしょうが、OCWのサイト上に利用者がダウンロードできるようなツールを用意する。そして、調査の結果を掲載したりして、オンラインコミュニティ運営のベスト・プラクティスとは何かが理解できるようにする。実際のところ、学習意欲の高い個人のモチベーションには驚くばかりで、OCWで優れた教材にアクセスすることができてどんなに嬉しいかを、胸を打つような便りにして知らせてきます。そうした利用者の多くが、発展途上国、政治的紛争にまみれた国、あるいは図書館など学問のためのリソースがない国に住んでいるのです。
Q 講義のビデオ記録が掲載されている講座はまだ少ないですね。
A OCWの利用者は教員と個人とに分かれますが、個人は特にビデオを要望します。「線形代数」と「磁気学」という二つの講座には完全な教材セットが用意されていて、それぞれ35時間にも及ぶビデオも掲載し、MITのスター教授の授業だということも手伝って大変な人気を呼んでいます。
教授によっては講義をビデオ撮影されることを嫌う人もいますので、すべての講座にビデオを付けることはできなくとも、ビデオの数は今後大幅に増やす予定です。特にMIT教育のユニークさを見せられるような講座、有名教授の講義はそうしたい。また、シミュレーションやフィールドワークなどをビデオクリップとして掲載することも考えています。
アン・マーガリス (Anne Margulies)
マサチューセッツ工科大学(MIT)オープンコースウェア エグゼクティブディレクター。
1988年から98年までハーバード大学情報システム部に在籍し、同大学の各スクール間情報システム構築に携わる。その後、ヘッドハンティング会社マクダーモット&オニール社の上級副社長など、民間での要職に就き、2002年5月より現職。
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