「日本はITインフラ先進国でも利活用は遅れている」内閣官房・山田安秀氏 - (page 4)

「e-文書法」とビジネスチャンス

--今までのお話で、特に利活用を進展させていくためには、対面説明とか、紙の領収書とか、そのような既存の仕組みがITの利用で大幅に効率化できるのに、それが規制のために出来ていないと言う現状をどう変えていくのか、というのがポイントだと思います。電子申請等にしても、実際に使ってもらうためには、普段の業務から電子化していかないとまず電子申請をしようとは思わないでしょう。

 その点で、先ほどのIT規制改革で出てきた辺りについて、先ほどから話が出ているe-文書法の取り組みとあわせて教えて頂きたいのですが。

山田: e-文書法に取り組むきっかけは、2002年4月に経団連が企業の効率化を図る手段として、書面の電子化を求める意見書をIT戦略本部に提出してきたことにあります。この提言は、企業、公益法人の双方で、法律上、書面での保存を義務づけられるものがたくさんありすぎるので、これをどうにかしてくれという話でした。このように2年くらい前から議論は提起されていて、電子帳簿保存法ではカバーできない紙で作成された、あるいは受け取った書面を電子化するという問題が積み残しになっているから、それをきちんとやりましょう、ということに昨年末のIT本部での議論でなりました。

参考資料:
平成15年12月18日の石原本部員(経団連)提出資料「帳簿書類の電子保存範囲の拡大(PDF文書)」(2003年度日本経団連規制改革要望)

 この提言の要点はオリジナルが電子データのものは、電子データで保存することが認められているが、オリジナルが紙のものについても、マイクロフィルムあるいはスキャンした電子データ形式での保存を認めろというものです。彼ら(経団連)の試算として、3000億円ほどのコスト削減効果があるのでは、ということでした。

 それで、確かにそれはもっともだ、ということで2月の加速化パッケージの中で盛り込むことになったわけです。ただし、関係する法律の数がとんでもない数になるので、一本一本改正していたら業務がパンクしてしまうので、それを全部まとめてやろうという事で、「通則法」という形で法律整備をすることになったのです。

--「通則法」とはあまり聞き慣れない言葉ですが・・・

山田: 書面での保存義務規定を持つ法律数は各省庁の所管をあわせて250本になります。これを一つ一つ全て改正したら大変な作業になりますので、包括的に一つの法律で電子化を容認できれば合理的です。ただ、250本の法律は書面保存の規定を定めた条文だけではなく、例えばどの事業者が対象かとか、補助金がどうだとかいろいろ書いてあるものですが、そういう条文は放っておいて「紙で書面を保存しろ」と書いてある部分だけに効果が及ぶ法律になるというわけです。

 つまり、個々の法令を上書きするのではなく「当該個別の法令の規定にかかわらず、電子保存をしても良い」というのが通則法の根幹的な規定で、そうするといちいち個別の法令を改正しなくても(個別法の条文はそのままで)通則法の規定により電子保存が出来るようになるのです。

 そうすることで、法案を250本改正して通すという地獄のような業務からは解放されます。ただし、それでも個別の法令の規定により調整しないといけない部分はそれなりに出てくるので、現在はその調整作業に追われて、毎日帰りが朝3時くらい、という状況になっています。

 今年の4月に、その作業を専門に実施するために、IT担当室に13人くらいの「法制準備室」というタコ部屋(※注8)を作り、各省庁から優秀な人を出していただいて、調整作業に入っているところです。

 6月15日のIT戦略本部の会議で打ち出す予定ですが(6月15日のIT戦略本部提出資料(PDF文書))今年の秋の国会に法案を提出し、来年4月に施行をするというスケジュールを念頭に置いています。仮の法案名としては「民間の主体が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」と、長いんですが(笑)、これを通称e-文書法と呼称しています。(※参考:IT担当室がまとめたe-文書法対象法律リスト)。

 それで、今回対象となる法律数ですが、日本政府が所管している法律のうち、書面の「電子的な保存」について関係している法律で、

  • 紙ベースのものをスキャナで読みとって保存して良い、というものが48本
  • 当初から電子的な手段で作られたデータ(財務会計ソフト等で作られたデータ)なら保存して良いというものが58本
  • あとは紙で保存しなくてはダメと言っているのが122本

あって、重複を除くと203本になります(※注9)。

 これを、現状の検討では分類a)が188本、b)が9本、c)が14本という状態に変えていくことになっています。もちろん引き続き調整を続けて、a)のカテゴリーの法律を最大限増やしていくのが目標です。

 しかしながら、c)の例外的な部分はどうしても残ってしまう。例えば、紙で持つことに意味がある証明書の類。これは免許証とかですが、例えば免許証をPDAで表示できるとして、警官に呼び止められたときに電池が無い、という状況になったら証明できませんから、やはり紙で持つ必要があるのです。

 こういった例外はありますが、基本的には電子保存OKという形に移行できるようになります。経団連から要望が強かった、税務関係における領収書、見積書、契約書、申込書、とかの扱いについては、当然要件はいろいろ掛かりますが、基本的にはスキャナで保存して良い、という方向に国税庁がOKしました。

 ただ、我々も「e-文書法」によって脱税天国ができてしまってはいけないので、それを防ぐような手だても整備して行きます。

--なるほど。この「e-文書法」が成立すると、かなり広範な影響が特に民間企業に対して発生してくると思うのですが、その辺り、法案提出前の段階ですが、評価はどのようにされていらっしゃいますか?

山田: このe-文書法についての評価ですが、特に民間のビジネスチャンスということを考えると、単に新型のスキャナが売れる、とかそういうレベルではなく、ビジネスプロセス全体が電子化していく、例えば紙で領収書をもらって、スキャンをしたときに、スキャンをした段階で帳簿データとして管理されるようなアプリケーションの市場、ストレージの市場、セキュリティのソリューション、その他にも、ネットで見積書を外回り先から送る際の接続用アプリケーションとか、Felicaのような電子マネーと組み合わせたアプリケーション等、様々な市場への波及効果が期待されるというのが重要だと思っています。

 また、アプリケーションレベルにとどまらず、コンビニのような大きなフランチャイズを抱える会社では、子会社とのシステム統合効果が出てくるでしょうし、経営の効率化という点でも貢献することが出来るでしょう。中小企業では帳簿をいちいち分類したり整理したりするのが面倒なので、作業を税理士に結構お任せにしているケースが多く見られますが、これらの作業を統合するアプリケーションが開発されれば、中小企業の経営にも相当なメリットがあると思います。

 さらに、確定申告のオンライン申告にも好影響が出るでしょう。実際に電子申告している方は分かると思いますが、申告書はオンラインで送付できるのですが、証拠書類(領収書など)は別途郵送しないといけない。本来はそのような領収書等も全部オンラインで送付できるようにならないと完全な電子申告とは言えないでしょうね。e-文書法の先にある狙いもそこにあって、領収書とかが元々電子化されていれば、オンライン申告も全て簡単に済むではないかということです。 また、税の滞納率は下がっていないと思いますが、ITによる簡単な申告手段を提供することで納税機会を広げ、税の回収率を上げていくと言うこともメリットとしてあります。つまり、単に電子化して、紙を減らしますよというだけではない、電子納税のような所まで効果も期待できるだろうと思います。

--電子商取引の活性化、という点に、帳簿類の電子保存という足回りの強化は資するところがあるとお考えでしょうか?

山田: 電子商取引との関係はどうなのかという点については、現在も法律上は生命保険の申込などもオンラインで出来るはずです。その点についての制限は何もないので。ただし商慣行として、日本の消費者は紙に対しての信頼感が強いので、今は紙が依然として主流になっているという状況があります。それゆえに、紙で貯まった申込書などをスキャンして保存しておきたい、というニーズがあるのです。

--その他に、e-文書法がターゲットとしている中で重要な分野は医療とかでしょうか?

山田: はい。ただし、医療の書面、カルテとか診療記録とかレセプトとかを電子的に保存しておく、というのは電子カルテ等の先進事例も増えてきていますし、良いのですが、それを書いた人が本当に医師なのか、つまり先ほどの弁護士の例で取り上げた、属性認証というのが必須になってくるでしょう。医師Aさんが書いたと言うことは電子認証で分かりますが、Aさんが本当に医師なのかということについては別の問題になるので。

 また、医療の電子化のリスクとして頻繁に指摘される、医療過誤のような場合にカルテが改ざんされるような事態の防止手段も重要ですね。e-文書法には、医師法、医療法も「e-文書法」の対象になり得るので、そのあたりがしっかり手当されなければならないと思います。

 あと、通則法の適用を受ける法律で影響が大きいのは商法でしょう。商法は企業だけではなく、公益法人、中間法人も商法を引いているので、商法にかかる通則法の規定により、ほぼすべての組織体の活動に対して電子書面の保存が出来るようになるのです。この規定で保存する書面は、PL(損益計算書)やBS(バランスシート)もそうですし、会社の重要会議の議事録なども適用になりますね。

 ただし、やはり問題なのはセキュリティで、その保存された電子データが改ざんされていないという証明をきちんとしておかないと、記録として税務署が信用してくれないので、その当たりは電子署名やタイムスタンプ、これは今後非常に重要になってくると思いますが、そのようなアプリケーションも出てくるでしょう。

 いずれにせよ、「e-文書法」は派手ではないが、日々行われている業務全体に絡む話なので、市場規模は大きく、ITを巡るマーケット全体を見渡しても、この法案が成立することでの影響は非常に大きいのではないかと考えています。

--ありがとうございました。

まとめ
 現在IT担当室では日々法案の提出に向けた各省庁との折衝作業が続いている。これは第一回で岸氏が指摘したように、マニアックで目立たない、地道な作業の代表例といっても良い法案だが、e-文書法は、山田氏が語ったように波及効果も含めて極めてインパクトの大きいものになるだろう。このように、e-Japanには「隠れた重要施策」とも言うべき、波及効果が大きい施策がある。次回以降の各省庁へのインタビューにおいては、このような隠れた重要施策を可能な限り紹介していくようにしたい。

※注1:「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」

※注2:複数の所管省庁にまたがる申請を1度に1カ所で実現できるようにすること

※注3:「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律、2001年4月施行」

※注4:医療情報ネットワーク基盤検討会。座長は大山永昭  東京工業大学フロンティア創造共同研究センター教授

※注5:IT関連市場の競争力、インフラ整備や政策規制の状況、個人・企業・政府各レベルでのネットワーク化の進展状況を総合評価したもの

※注6:通信と放送の融合というテーマは、IT戦略本部でも長らく議論されてきたものである。「IT分野の規制改革の方向性」:IT戦略本部IT関連規制改革専門調査会の報告書(2001年12月)

※注7:「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」

※注8:タコ部屋とは、法律作成を行う際に、各省庁でしばしば設置される法案作成準備室のことを指す。局付の会議室などが用いられるが、寝袋やカップラーメンの山、パソコン等が持ち込まれ、文字通り「合宿所」となる場合が多く、若手官僚がその部屋の中で徹夜の連続をして法案を作成したり、他省庁との折衝に当たる

※注9:これは4月段階のデータで、現在は対象法律数が合計250本になっているので、それぞれの数は変動がある

澁川 修一
1976年生。1999年慶應義塾大学総合政策学部卒業。同年、国際大学GLOCOM Research Associates。2001年より独立行政法人経済産業研究所(RIETI)に所属し、情報通信関連政策を担当。

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