iPod touch で昔の青空文庫の作品を読んでいる。リーダーは豊平文庫という有料アプリだが最初はあの小さな画面で長編を読むのは大変と思いつつも結構作品が面白ければついつい読んでしまうものだ。今嵌っているのが夏目漱石。何気なく読み始めた「こころ」の不思議な感触に魅了されてしまい、「三四郎」、「門」と来てしまった。そしたらその間に「それから」があるらしいという事がわかってそれも読まなきゃという状態である。自慢じゃないけど夏目漱石って読んだ事無かったんだよね。有名すぎて敬遠してたみたいな感じで。こういう名作が無料で読めるってやっぱり良い事だ。青空文庫は本当に有意義な事業だと思う。やっぱ21世紀は利益追求だけでなくてこういう社会利益に還元する事業こそ伸びる事業だと思う。もちろんそういう事業が続けられるような仕組みも必要だろう。
で夏目漱石の明治時代末期の頃の日本は精神的に現代の日本の感覚と変わらないんだなと感じるのである。外国のものがどんどん入ってきて外国人も大学の先生なんかに沢山いる。電車の交通が発達して広告なんかもある。だいぶ昔の日本なのに現代に通じている共通がある。で、「門」の中のある部分がカフカの「掟の門」と主題が同じなのがビックリ!タイトルも門繋がりだし。
彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって生れて来たものらしかった。それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざそこまで辿りつくのが矛盾であった。彼は後を顧みた。そうしてとうていまた元の路へ引き返す勇気を有たなかった。彼は前を眺めた。前には堅固な扉がいつまでも展望を遮ぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
カフカとはほぼ同時代で夏目の方が20年くらい早く生まれて10年先に亡くなった。あの時代現代のように瞬く間に情報が伝わるという事は無かったろうけど1,2年単位で情報は伝わったのではないか。「門」は朝日新聞連載になったものだから広く行き渡ったものだろう。英国に留学した位だから多少は英国でも話題にする人はいたかもしれない。それがプラハに伝わってというのは考えられなくもない。一方、カフカは生前に発表したのは「変身」くらいなもので殆どが死後出版されたものだから、漱石が「掟の門」を知る機会は無かったと見るべきなのが妥当である。まぁ今となっては知るすべも無いので勝手に空想を膨らませて楽しむしかない。こうやって秋の夜長は更けていく。
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私は三遊亭園朝作品を追っかけているので、更新に早く目を通したいことからi文庫に移行しちゃいました。噂の10インチタブレットならさらに読みやすくなるだろうと期待を膨らませています。このサイズでもコンテンツ次第では十分に引き込んでくれますから、噂の10インチタブレットならさらに雑誌やムック的な物も含めてより楽しめるようになるのではと、期待しているわけです。
電子ブックリーダーはいろいろあるけれども、コンテンツのことまでしっかり考えられないメーカーばかりの国ですからねぇ。WalkManの二の舞になるだけなのに…。