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Googleとバベルの塔:辺境のBlog

2004/07/06 13:18
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プロフィール

渡辺聡

インターネット/IT分野で事業開発に携わる渡辺聡さんが、注目ニュースなどを題材に、そのニュースの背後にある本質的な変化とその先行きを、経済や社会との関わりの中で考えていきます。
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頂いたトラックバックを参照しつつ。

昨日、久しぶりにexネオテニー、東京海上キャピタルの南さんと意見交換の場を頂いた。共通の知人を交えて四時間ほどのやり取りであったが、昨日のエントリーで取り扱った情報過多と効率性の問題についても話題となった。

南さんの在籍していたネオテニーは言うまでもなく、ウェブログの仕掛け人の一角である。米シックス・アパート社への投資を通じてMovable TypeTypePadという優れたBlogのソフト/サービスを世に送り出してきた。投資に至るまでの経緯、Googleに買収されたBloggerなど勃興期で競合との様子など「実はね」というエピソードを伺いながらの一言が印象的だった。

曰く、

「ウェブログはある程度の繋がりまでは見つけられるが、それ以上にはなかなか行かない。例えば、カシオの計算機について詳しい人というのがちょこちょこといる感触は分かるが、それ以上深いところはなかなか分からない。探せるようで探せないところがある。また、作ったはじめは色々といじってって遊ぶのだけれども、その内エントリを入れることに集中するようになって行くことが多い。ここに来ているヘビーユーザーはある意味既に飽きてしまっていると言ってしまってもいい」

と。Blogは面白いツールだが、やり切れていないところがあるのは確かである。

また、メディア消費体験が良くなったかと問われると、必ずしもそうとは限らない。確かに、リーダーを使えば素早く読め、ニュースは自分に関わりの強いところを選択的に読めるようになり、検索するとそれなりにぴったりの結果を返してくれる。しかし、参加者が一様に口にしたのは、「却って視野が狭くなる」。
 
 
最適過程と効率性
 
トラックバックを頂いたKoWB+の佐藤さんがGoogleの行く末をコンパクトにまとめている。まとめとしては、スタンダードにポイントを押さえたものであり分かりやすい。

インターネットトレーサビリティによる検索の超パーソナライズ。パーソナライズ広告と言う方向性

Googleに関連するインターネット上での活動そのものが分析対象となるパーソナライズ機能をGoogleは今後提供し、より検索精度を向上し、よりターゲッティングされた広告配信を行うと言う展開が予測される

という読みは、まず間違いないだろう。

さて、上記にも触れたが、Googleが見ているのは飽くなき最適化、効率化の世界である。この世界観は資本の論理からは是とされるだろうが、果たして楽しいのか。豊かなのか。昨夜のメンバーだと、否に立とうとするだろう。何かは指摘し難いが何かが足りない。

この問題はGoogle一社だけを凝視していても見えてくるものではない。真理の塔を積み立てんとする動きが間違っているかと問われると全然そうではなく、便利は便利だろう。

それはそれとして、と角度を変えて考えていると、もっと角度を変えてのトラックバックをisologue磯崎さんから頂いた。情報過多については『「心配ご無用」と考えることもできます。』の前置きの後

人間の生み出す情報は、同じくCNETで江島健太郎さんが取り上げておられる「バベルのコンピューター」が生み出すテキストのように全くランダムなものというわけではなく、相互に関連しあって「自己組織化」するものだから。つまり、「ハブ」ができればそのハブに合わせて自分を変化させるものだから。
検索エンジンというものが「ハブ」となって来たとなったら、「SEO(Search Engine Optimization)」という概念が出てきて、自分の作成した情報が、「ハブ」で処理されやすいように自らを変化させるのがいい例かと思います。

と、自浄的に自己解決する道もあるだろうとのこと。師匠(の師匠)松岡正剛であればきっと同じようなことを指摘するのではないか。

ハブについては旧約聖書のバベルの塔を引用しつつ、

「ハブ」となる場所では、いろんな国からいろんな人が集まり、モノや情報が交換されることになる。

また、(名前を忘れましたが)以前読んだ建築関係の本で「都市は飢えたことがない」ということが書いてあって、なるほどなと思ったことがあります。有史以来、人類は何度も飢饉に見舞われてきたが、餓死者が出るのは必ず食料を生産している田舎であって、都市が飢餓に見舞われたことは無かった、というパラドクス。なぜなら、都市には「情報」が集まり「権力(金)」があるので、食料は都市に流れ込むからだ、という説明。

と定義づけている。当てはめを行うのなら現時点までではむしろマイクロソフトが相応しい記述である。

この指摘は考えると面白い。情報論からは離れていってしまうが、マイケル・ルイスが指摘したような、境界と辺境文化の議論/資本主義の成長のモデルと繋がってくる。

というところを書いてみたいのだがまとまった時間を取らないと記述出来ないためにまた改めて。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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