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欧州の個人が持つ力強さの源泉

2004/10/15 09:25
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umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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パリに今北純一さんという人がいる。

いまはCVAという欧州系コンサルティング会社のマネージング・ディレクターをされているが、ルノー、エア・リキードといった欧州の巨大企業のエグゼクティブとして活躍された経験を持つ数少ない日本人の1人である。

ヨーロッパから日本へのメッセージ

もう絶版になっているが、昭和58年(1983年)に今北さんが書いた「孤高の挑戦者たち」という処女作がある。彼がジュネーブのバッテル研究所で働いた経験をベースに、「真のプロフェッショナルとは何か」という問いを胸に、バッテル研究所のプロフェッショナル群像を描いた名著である。僕が20代後半で経営コンサルティング会社に就職したのは、この本を学生時代に読んだときの「ひりひりするような感動」を記憶していたからだった。今北さんはそれ以来20年以上にわたって、ヨーロッパから日本にメッセージを発信し続けていらっしゃる。著書も多数なので、ご存知の方も多いことと思う。最新刊は、将棋の羽生善治氏との対談「定跡からビジョンへ」と、「ミッション」である。

話は3年以上前に遡るのだが、2001年5月のゴールデンウィーク直前のこと。「中央公論」編集長(当時)の河野通和さんと、「90年代後半からのITブームゆえに仕事をしすぎて疲れ果てたので、日本の連休にあわせて休暇をとってパリに行くんです」なんて話をしていたら、「だったら今北純一さんの話をじっくりと聞いてきていただけませんか?」と、仕事の依頼が入った。今北さんとはその数年前から個人的な付き合いが始まっていたのだが、雑誌に掲載することを想定してきちんと彼の話を聞けるというのは、僕にとっては願ってもない機会だったので、二つ返事で引き受けた。

ちょうどその時期は、カルロス・ゴーン氏が日産のトップとして、フィリップ・トルシエ氏が日本サッカーの監督として活躍しはじめていた頃で、フランスの個人が持つ底力の源泉とは何かみたいなことも話のきっかけになるんじゃないかな、というのが河野さんの助言だった。

3年で変わるもの、変わらないもの

結局、その内容は、「中央公論」2001年7月号に「対談 今北純一×梅田望夫 欧州の真の力強さとは何か」という全部で12ページの長い記事になって掲載された。対談となっているが、実際には、僕が「今北さんに話を聞く」という性格が強い記事である。何かの本に転載する可能性を残してネット上には公開しなかったのだが、掲載直後の2001年9月11日をきっかけに世界が激変する中で、あっと言う間に3年以上が過ぎていってしまった。

このたび、河野さん、今北さんと相談の上、「内容をそのままネット上で公開してもいいよ」という許可をお二人からいただいたので、僕の個人サイトのアーカイブに「欧州の真の力強さとは何か」をアップしました。

「トルシエ」やら「IT革命」やら、わずか3年でも過ぎ去っていく言葉があるのだなぁと思ったりもする反面、今北さんの言葉は普遍的で、今日読んでも何も古い感じはしない。テーマは「欧州の懐の深さとは何か」、「欧と米は何が違うのか」、「欧州のプロフェッショナル・ライフとは」、「欧州のエリート選別システム」、「フランスとグローバリゼーション」などなど、多岐にわたっている。そのほんの一部ですが、今北さんの言葉をいくつかここに転載しておきます。「欧州の真の力強さとは何か」本文はけっこう長いですが、興味を持った方にはぜひ読んでいただきたいと思います。

「欧州の真の力強さとは何か」から

「私はエンジニア的思考をする方なので、偶然というのは必然よりも格が下だという思いがもともとはありました。でも、ヨーロッパに来てから、偶然と必然というのは同格なのだと強く思うようになりました。人と人との出会いを偶然だと言う人がいるけれど、御互いに何かを持っているから出会いがあります。個人が皆、何か総合的な信号を出している。そんな皆の信号の何を掴み取るかが、ある個人の選択だということです。一本の筋がどこかで通っていると、そのことは別のところで何か一本通している人には必ずわかるものです。」

「(アーリー・リタイアメントという概念について) 燃焼してから何かやろうなんていう考え方はないですね。いったん燃焼してしまったら、やりたいことも燃焼してしまうんだ、ということです。肯定的な意味での刹那主義です。いまという時間は二度と来ないのだからという積極的な意味で、ヨーロッパ人は今を楽しむことの天才なのですね。(略) 「五十までがむしゃらに働いて地位や富を得てからリタイア」という図式は、裏を返せば「それまでは仕事以外のプライベート・ライフは犠牲にする」ということです。このアプローチはヨーロッパ人たちにはフィットしません。なぜかと言えば、彼らはふだんの生活において、プロフェッショナル・ライフとプライベート・ライフのバランスを巧みに取っているからです。」

「「健康なエリートシステム」を構築しないと日本は危ういと私は思っていますが、その規範となるシステムがヨーロッパにはあると思います。日本ではエリートという言葉が出たとたんにジェラシーで足を引っ張ることになってしまうのが問題です。日本人は、身の回りのエリートに対してジェラシーが先行する奇妙なシステムのなかに封じ込められてしまっています。それを何とかしなければなりません。」

「一方でエリートの側も、「私は選ばれた人だから偉いのだ」ということは全くなく、「達成すべき義務」を果たす存在でなければならない。ちょっと有名になると偉そうにするのは「えせエリート」以外の何者でもありません。もちろんフランスにもダメな人はたくさんいますが、わかっている人はちゃんと自然体で行くのです。突き詰めれば人生観の問題です。自分がある能力を持って生れ落ちたということは神の意志、その自分に与えられたミッションをきちんと達成するのが使命だという義務感でしょう。」

「ヨーロッパ人というのは知的好奇心の塊なので、自分が逆立ちしても手に入らないような知的な部分を持っている人に対しては、その才能がどういうものかはわからなくても、動物的直感で受け入れていく。その直感がすごく鋭いです。フランス人の「懐の深さ」の根底には「強い知的パワーを持った人間に対しては全面的にウェルカム」という思想があると思います。」

「「豊かであり続けたいと思っている」ということが大切でしょう。第一に、家族があってはじめてパワーが出るということを、皆本当によくわかっています。これが日本では全く理解されませんね。「自分がやりたいことを優先する。家族がその最小単位として機能することが仕事でのパワー発揮の前提である。今やっておきたいことと何十年か先にやりうることは置換できない」という「個としての自分を優先する原則」が、ヨーロッパ人に共通しているということです。」

「チームで仕事をするとき、ある人が「バカンスだから」と言ったら、もう誰も何も言いません。「バカンスのスケジュールを変えてくれ」なんていうことはあり得ない。そのくらい聖域なのです。」

「効率ということで押し切るのであれば、アメリカ流合理性は素晴らしいでしょう。でも人間というのは効率とか収益とかそれだけで生きているのですか、ということです。」

「個人が底力をもう一回見直さない限りダメでしょう。結局は個人の勝負になっていくと思うからです。あらゆる階層の人々が、個人としてモティベーション高く仕事をしていけば必ず底力が出てくるはずでしょう。そして、あらゆるベクトルを持っているのが個人ですね。そういう多様な個の層を分厚くしていくことです。皆のベクトルが同じならば、人数が多くても層が厚いとは言えません。」

「私は、日本はヨーロッパ的な人の見方をかつてはしていたと思うのです。計量化できない人間の器量を判断するという習慣が昔はあったはずなのに、今はそれを忘れてしまったのではないかと思う。日本の場合、才能のある人を見分けて登用する立場にある人達の器量がどんどん小さくなっていることにも問題があるでしょう。トップの器量が大きければ、どんどんやればいいだけなのですからね。これが日本の閉塞状況の原因の一つです。」

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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