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アマチュア革命がもたらす世界

2004/09/28 09:00
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シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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今日はFast Company誌の「Amateur Revolution」を取り上げよう。アマチュア革命。

「From astronomy to computing, networks of amateurs are displacing the pros and spawning some of the greatest innovations.」

天文学からコンピューティングまで、アマチュアのネットワークがプロに取って代わり、偉大なイノベーションを生んでいる、というのがこの記事のテーマ。プロアマ(Pro-Ams)という言葉が、

「committed, networked amateurs working to professional standards」

という定義のもとで使われる。プロのスタンダードで働く、コミットしネットワーク化されたアマチュア。

「Pro-Am workers, their networks and movements, will help reshape society in the next two decades.」

そしてプロアマ・ワーカーのネットワークと展開こそが、次の20年の社会変化の担い手になるだろうと書く。

プロの「お墨付き」が権威を失う

「The 20th century was marked by the rise of professionals in medicine, science, education, and politics. In one field after another, amateurs and their ramshackle organizations were driven out by people who knew what they were doing and had certificates to prove it. Now that historic shift seems to be reversing. Even as large corporations extend their reach, we're witnessing the flowering of Pro-Am, bottom-up self-organization.」

20世紀はプロが登場した時代だったが、今起きているのは、その逆の流れであるとこの記事は指摘するわけだが、引用したこの文章の中でいちばん大切なのは、20世紀のプロを形容する「(who) had certificates to prove it」という部分である。

つまり、20世紀にプロが台頭してアマチュアを蹴散らしていった根拠は、何がしかの権威によるお墨付き(certificates)であったが、これからはそうではない時代に入る、ということが事の本質なのだと思う。

certificatesという言葉は、「証明書、修了証書、卒業証書、免許証、免許状、認可証」といったものに使われるわけだが、すべてに共通するのは「ある個人のある能力を、誰か(権威)が認めた結果として発行される証拠としての証書」という性質である。大学を出る。資格を取る。認可を得る。などなど。でも、これからはそういうcertificatesがものを言う時代ではない。そういう権威によるお墨付きとは関係なく、やれる奴がネットワーク化して、どんどんやっちまう時代なのである。

続いて、わかりやすい実例として示されるのは、RapとLinuxとSimsである。その部分は原文をどうぞ。言うまでもないが、インターネットとITの価格性能比向上(Cheap Revolutionと言い換えてもいい)が、このトレンドを牽引している。

天文学分野のアマチュア革命

面白いのは天文学の世界についての考察である。

「The transformation of astronomy captures the dynamics that will change other fields. Amateurs laid the foundations for modern astronomy; Copernicus, who moved the sun to the center of the universe, was only a sometime astronomer. By the 20th century, though, the pendulum had swung decisively in favor of professionals for one simple reason: They had access to much bigger telescopes.」

コペルニクス以来、現代天文学の基礎を作った人々は皆アマチュアであったが、20世紀にはそれがプロの時代に変化した。ただそれは、プロだけが巨大な望遠鏡にアクセスできたという事実ゆえだったのである。ここで言うプロとは、たとえば東大を出て天文学の学位を取ったとか、そういうcertificates(権威のお墨付き)を持った人々だけが、巨大な望遠鏡にアクセスでき、その人たちにしかチャンス(それに伴う収入や評価)が与えられない時代が続いたという意味である。

「But in the past two decades, as science writer Timothy Ferris points out, three linked innovations have turned astronomy into an open-source, Pro-Am activity. 」

しかし過去20年間に起こった3つのイノベーションによって、天文学がオープンソース的、プロアマ的世界へと変貌したという。

第1のイノベーションとは、

「First, there was the disruptive innovation. John Dobson, a onetime monk and full-time stargazer, built a crude but powerful telescope using inexpensive materials. Observers armed with their own Dobsonians can now invade deep space, previously the preserve of the professionals.」

安価な材料を使って高性能の望遠鏡が作れるようになったことだ。発明者John Dobsonにちなんで、Dobsonians(ドブソニアン式望遠鏡)と呼ぶらしい。

第2のイノベーションとはCCDで、

「Then came the CCD, a highly light-sensitive chip that could record very faint starlight more accurately than a photograph. With Dobsonian telescopes and CCD sensors, the Earth acquired hundreds of thousands of new eyes, probing space and recording events that would have gone unnoticed by the few thousand professionals.」

第3のイノベーションがインターネット。

「The Internet multiplied the power of this distributed capacity for exploration: An amateur who has found something interesting can email the image to friends, colleagues, and professionals within minutes.」

つまり、一極集中の巨大望遠鏡の時代から、インターネットでつながった膨大な量の分散された望遠鏡群の時代に移行し、プロとプロアマの差がなくなってしまったということなのである。こういう天文学の世界で起きている現象は、他の分野でもどんどん起こってくるだろう。

プロアマ増殖の問題

そこでこの記事の結論部分に移るわけであるが、この事象は手放しで喜ぶべき単純な問題とはいえない。まずcertificatesという既得権を持って独占に守られていたプロは心穏やかではない。なぜなら、プロアマの数は増殖する一途だからである。

「Pro-Am activity will continue to expand. Longer healthy life spans will allow people in their forties and fifties to start taking up Pro-Am activities as second careers. Rising participation in education will give people skills to pursue those activities. New media and technology enable Pro-Ams to organize.」

世界中の若い人たちだけでなく、40代、50代の知的レベルの高い人たちが、セカンド・キャリアとして、自分が子供の頃から本当はやりたくて仕方なかったことを始めるなんてケースは、どんどん増えるだろう。そしてそんなふうに増殖したプロアマをインターネットをはじめとする技術が結び付けていくわけだ。

「After a century in decline, amateurs will rise again. And they will change the world.」

で締めくくられるこの記事を読んでの僕の感想は次の通り。

プロとして食っていくのが難しい時代

プロアマの供給過剰は、おそらくさまざまな分野でのイノベーションを促進することになるだろう。しかし「専門性を持ち、それを拠り所に飯を食っていく」という生き方は、今以上に難しくなると言えるのかもしれない。これまでだと、「ある若い一時期に徹底的に競争して、ある種のCertificates、つまりは既得権を獲得してプロになる」という生き方があり得た。むろんこれからもないわけではないが、それが、20世紀ほど明確な「生涯の競争優位」にはならないことは間違いなかろう。

むろん、プロ、プロアマを問わず膨大な数の専門家の中で、常に実力で皆に認められ続けることで尊敬を勝ち得て、しかもそれに報酬もついてくるならば、言うことなしだ。ただ、それは図抜けた才能を持つほんの一握りの人にしかできない。大半の無名の才能は「イノベーションへの貢献」のために消費されていく。また仮に図抜けた才能があっても、選んだ分野が、「報酬を得る」ということと無縁の知的活動分野なのであれば(これがひょっとして増えていくのではないかという予感もある)、そもそもはじめから、その知的活動が無償の行為であることを覚悟して生きなければならない。

この「アマチュア革命」という現象の意味を突き詰めていくと、「知的で面白いことをできる限り一生やり続けて、しかもちゃんと飯を食っていく」というプロフェッショナル的人生の新しいあり方を、意識的に模索しなければならない時代がやってきた、ということではないかと思う。

まだ僕にも、この難問に対する答えはない。

「稼ぐこと」と「面白いこと」を分離する

凡庸なサバイバル戦略ならば誰にも考えつく。「稼ぐ」ことと「知的で面白いことをする」ことの分離だ。「分離」をどういう時間軸で考えるかで、さまざまな選択肢があろう。
若いときに徹底的に稼いで、その金を運用しながらセカンド・キャリアで「知的で面白いことをする」を徹底的に志向するというのもあり得る新しい考え方かとも思う。そういう生き方を可能足らしめるには、「短期で大きく稼ぐ可能性を追求する」という「稼ぐ」ことについての選択肢を、ハイリスクでも取っていかなければならない。そういう方法のひとつとして、「若いときにベンチャーやスモールビジネスを起業する」という生き方を位置づけるのも一考だろう。たとえ金儲け自身がそれほど性にあっていなくてもね。これは「若いとき」と「ある程度年齢がいってから」を時間軸上で区別した上での「分離」だ。

「分離」をもっと短期で考えるとすれば、「稼ぐ」ことと「知的で面白いことをする」ことを、同時に志向する生き方だ。その仕事がどういう仕事であれ「稼ぐ」ためと割り切り、それ以外の時間で「知的で面白いことをする」。そういう分離だ。これならば、できるだけ「時間単価の高い仕事」「拘束時間が短くて自由度の高い仕事」で「稼ぐ」ことが望ましい。

ただこうした凡庸なサバイバル戦略を多くの人が取るようになれば、ますますプロアマの供給過剰を生み、そのプロアマは専門家の世界における「報酬を求めない新規参入者」という厄介な存在となる。

ただまぁいずれにせよ、「知的で面白いことをできる限り一生やり続けて、しかもちゃんと飯を食っていく」というプロフェッショナル的人生を志向する人は、カネについて若いときから真剣な戦略を描くことが、昔以上に重要になってきたということである。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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