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CNET Japan ブログ

若いウチはあまりモノが見えていない方がいい

2004/09/06 09:34
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umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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村山さん、7回のゲストブログありがとうございました。

日本出張中の8月26日に、『日本とシリコンバレーで築くキャリア』と題したセミナーを、大澤弘治、中村孝一郎両氏とともに東京で開催し、CNET Japanでも記事にしていただいた。これはJTPA(Japanese Technology Professionals Association)主催の第1回東京セミナー。このセミナーの準備をしていて考えたこと、セミナーを終えて思ったことを、少し書いてみたいと思う。

若い人のキャリアについて考えてみる

JTPAというNPOをシリコンバレーで作るまで、また20代の読者を主対象とした本連載を始めるまで、若い人のキャリアについて考えるというような機会はほとんどなかったのだが、最近はそういう機会が増えた。

実は、このセミナーの2週間ほど前にも、「グリーンカード(米国永住権)の抽選に当たったので、渡米準備中」という28歳と、メールでやり取りをしていた。彼が、自分の英語力、自分の専門能力から鑑みて、渡米したあとに、特に就職面で、どんなことが自分に待ち受けているのかについて、僕の意見を求めてきたからだ。

アメリカで働く場合には、米国の大学や大学院に留学したり、外資系企業で働いて米国転籍したり、日本企業で米国駐在したりしながら、都度、誰かにスポンサーしてもらってビザを得て、一歩一歩経験を積みながら、機が熟したところでグリーンカードを取得する、というのが普通だ。その間、留学でも就職でも、必ず「誰かに選ばれる」というプロセスが介在してビザをスポンサーされる。だから、「選ばれる」自分の価値を確認しながらの、一歩一歩着実な歩みとなる。「抽選でグリーンカード」というのは、そのプロセスを一気にすっ飛ばすわけである。アメリカで働きたい人にとって、素晴らしい幸運であることは間違いない。しかし、日本の大学を卒業して日本でのみ仕事経験を有する28歳が、抽選でグリーンカードを取得して渡米すれば、ある意味、徒手空拳の就職活動が待っている。グリーンカードは必要条件ではあるが、十分条件ではない。就職時に「グリーンカードを持っている」ことは、ビザをスポンサーしてもらう場合よりは条件がうんといいが、それ以上でも以下でもない。よって、彼が現時点で持っている人のつながりをフル動員して、米国で働くための取っ掛かりを何か見つけて、そこからステップ・バイ・ステップでキャリア・アップできる道を模索することを考えてみたらどうだろう。

つらつらと彼の状況を考えて、僕はこんなことを書いた。

10年前の自分は危なっかしくて見ていられない

でもこんなメールのやり取りをしたあとに、実は、考え込んでしまったのである。僕が渡米したのは10年前。つまり34歳のとき。「44歳の今の僕」が、「34歳だった僕」から相談を受けたら、どんな回答をしただろうかと。ひょっとして、「お前がやろうとしていることは、危なっかしくて見ていられない」と答えたのではあるまいかと。

僕は34歳のとき、社内ベンチャーっぽくスタートしたシリコンバレー事務所の責任者として、勤めていた外資系企業の米国本社へ転籍したのだが、「44歳の今の僕」から見れば、危なっかしいこと甚だしい。米国企業のマネジメントが、短期の業績いかんでクルクルと方針を変えること。大企業内の社内ベンチャーなんて大抵はうまくいかないものであること。上司が変わってウマが合わなければ即座に解雇されること、などなど。「44歳の今の僕」は、いろいろなことを知っているのだ。でも「34歳だった僕」は、渡米したとき、そんなことは知らなかった。いや「知らなかった」わけではないが、「自分のことではなかろう」と考えられるだけの「勢い」があった。一言で言えば、客観的でなかったのである。

そのあと、現実に何が起こったか。僕たちが始めたその社内ベンチャーはあまりうまくいかなかった。勤めていたコンサルティング会社の業績は悪化し、社内ベンチャーに対するマネジメントからの視線は厳しくなった。日本法人の上司も変わったし、米国サイドの上司も変わった。そんなことが渡米して2年以内に起こったのである。「お前がやろうとしていることは、危なっかしくて見ていられない」と答えたかもしれない「44歳の今の僕」からすれば、「ほーら、ご覧」という具合である。

でも環境変化の中でゴチャゴチャと精一杯努力していると何とかなるのも事実なのである。「捨てる神あれば拾う神あり」で、いろいろな新しい発見や予期せぬ出会いがあるからだ。それ以降、独立してコンサルティング会社を作ったり、あるベンチャーに自分のカネを投資したらバブルがはじけて大変なことになったり、ベンチャーキャピタルを始めたり、いくつかの節目があったが、都度何とか凌ぎながら、今日に至っている。

モノが見えていることが良いとは限らない

34歳のとき、もっとモノをよく知っていて、もっと客観的で、それゆえ「もう少し力をつけてからでも遅くない・・・」なんて考えて、冒険しなかったらと思うと、ぞっとする。モノが見えてなくて良かった。今そう、心から思うのだ。

たしかに「44歳の今の僕」は、10年前「34歳だった僕」に比べて、圧倒的にモノが見えている。いろいろな経験を積んだ。たくさんの人を見てきた。でもモノが見えている分だけ、新しいこと、未経験なことについて、ネガティブに判断するようになってはいないだろうか。これを「老い」と言うのではないのか。

CNET Japanの記事で、

「セミナーの冒頭で梅田氏は「当時(30代)の自分としては客観的に考えて判断してきたつもりだったが、44歳の現在になって考えると今までの意思決定がいかに危ないものであったかに気付く」と、自らの過去を振り返った。若さゆえの先入観や未熟さから、かつて描いた緻密な設計図には限界もあったという主旨の発言だ。こうした自身の経験を踏まえて、若い頃から考え過ぎるあまり「リスクを恐れて何もやらない」よりも、試行錯誤を繰り返すことの重要性についても言及した。」

と要約されているが、僕がセミナーの聴衆に伝えたかったのは、そういうことだった。

キャリア・セミナーなんぞを主催していながら可笑しな話なのだが、「何かの参考になれば」と自分たちの経験を語ったことで、それを聴いた人が何かを知って、その何かを知ったことがきっかけで、「何もやらない」方向を選択するきっかけになるとすれば、それは恐ろしいことだ。何の意味もない。セミナーを前に、そんなことを考え込んでしまっていたから、「僕たちがこれからする話は、そういう文脈で聞いてほしいのだ」と、こんな話を冒頭でしたのだった。

放置すれば人は、年を取るにつれてどんどん保守的になっていく。僕も、意識的に「若さ」と「勢い」を取り戻さなければいけないなぁ、と思う。

それにはまずいちばん大切なのは健康だ、というわけで、僕の最近の最重要テーマは「健康」となっている。毎日せっせとスイミングクラブに通って、クラブのアスレチック小屋にある「プリコーのクロストレーナー」を30-40分やったあと、500-600メートル泳ぐのを日課とする毎日である。

さて今週は、日本から戻ってきたばかりである上、第2回JTPAシリコンバレーツアーがあったりするため、夏休みモードの不定期更新とさせていただきます。来週から、毎日更新に戻るつもりです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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