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CNET Japan ブログ

本当の意味でのネット世代とは

2004/05/24 09:16
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プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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[ゲスト] 岡田正大 Masahiro Okada
5月24日(月)〜5月28日(金)までの間、梅田望夫さんの代わりに慶應ビジネススクール助教授の岡田正大さんがゲストブロガーとして登板します。岡田さんのプロフィールについてはこちらをご覧ください。

 梅田さんから過分なご紹介をいただき恐縮です。これから5日間、ゲストブロガーとして発信します岡田正大(おかだまさひろ)です。現在慶應ビジネススクール(同大大学院経営管理研究科修士課程)で経営戦略分野を担当しています。

 全くノン・テッキーの私には、「ITトレンド」というテーマにふさわしいクオリティのログをしたためる能力はありませんし、私自身もBlogは読むばかりで自己発信を行なっておりません。「そんな私でもいいのですか?」との問いに梅田さんや山岸編集長から「イエス」と言っていただいたのでお引き受けしました。

 梅田さんとはADLジャパンでお世話になって以来の仲です。その後もほぼ同時期(1994年)に渡米し、私は1999年、先に帰国してしまいましたが、現在に至るまで仕事や知的生産活動、ライフスタイルという面で常に刺激を与えられ続けています。また、少しでも日本の若い世代にも刺激を与えていただこうと思い、梅田さんには超多忙スケジュールの合間を縫って毎年当校のMBA学生を対象にご登壇いただいています。

 さて、このCNET JapanでのBlogは単なるモノローグとは異なるものだと理解していますので、ある程度読者の方を想定しつつ5日間進めてまいります。読者の多くは、情報技術に何らかのかかわりを持っておられるさまざまな世代の方々でしょう。では効率の良い文体に変えます。

ネット世代とPC世代の分水嶺

 最近のログの中で特に私の頭に残るのは、5月19日の「ネット世代とPC世代を分ける『インターネットの隠れた本質』」である。梅田さんは、PC世代とネット世代の分水嶺を「ネットの向こうの不特定膨大多数への信頼の有無」だとおっしゃったが、さらにその背後を考えてみると、実はこの「信頼」は純粋に他者に対するものではなく、自分自身に対する信頼を投影しているものではないかと思う。

 この話を読んだ私の最初のリアクションは、不特定膨大多数の知を掛け値なく無条件に信頼するのは少々ナイーブではないか、ということ。この時点で私はネット世代失格なのかもしれないが、このまま話を続けよう。私が言いたいのは、不特定多数の知のクオリティや信憑性を「自ら判断できる」人間だけが本当の意味で「ネット世代」といえるのではないか、ということだ。自ら物事の価値を見抜く尺度・価値観を持っているからこそ、不特定膨大多数の知を躊躇なく受け入れることが出来る。

 昨年のある時(寒かったので冬だったと思う)、車中で流れるNHKラジオで「インターネット時代の宗教」というテーマの下、どこかの宗派の長が語っていた。思わず興味深く聞き入ったのだが、今も頭に残るストーリーは概ね、「インターネットによって宗教は強力な連帯の手段を獲得し、さらに同じ価値観を共有する組織化、同質化のレベルが高くなっていくだろう、と考える人が多いが、実はこうしたネットによる連結が深まれば深まるほど、際立つのは個々人の存在だ。より強い多様な個の存在が際立ってくる」というものだった。深い同感を覚えたのを記憶している。ここにネットによる不特定膨大多数のありようと、リアル世界の不特定膨大多数のありように違いを感じるのは私だけだろうか。

自信(自分への信頼)がカギ

 少なくともBlogを発信するような人々は、極めて自我の確立した人であるし、自律的な価値判断尺度をしっかりと持っているはず。自分の言動の発信や情報(リンク)の取捨選択に「自信」を持って望んでいるはず。つまり「ネット世代」とは、「自信(自分への信頼)」を持った人々のことであるというのが私の理解だ。とすれば、そうした人々が物理年齢的に「PC世代」の中にもいるのは疑いのないことだし、こうした感覚を持った人々から、「世代論」として語るのはいかがなものか、という反応が出てきたのかな、と思う。

 3月25日の「ITが可能にする個人の自由と組織の効率の両立」にあるように、ネット時代における「『自分がどこで何をやるかについて決める自由』を上司が部下に与える組織」とは、そのような意思決定を高い品質で行なえる個人の存在が前提であろう。こうした個人がネット上で不特定膨大多数を構成していると信じられるとき、初めて「ネットの向こうの不特定膨大多数への信頼」が生まれるのではないか、と思う。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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