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キャリア選びで重要な「向き不向き」の問題

2004/04/08 09:43
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シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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「今の時代、頭がいいとか、優秀なだけではコモディティだなぁ」

シリコンバレーに来てまもなく10年になるが、最近つくづく思うのがこういうことだ。世界は広い。IQが高いという意味で頭のいい人、学校や試験の成績がいいという意味で優秀な人、とにかく掃いて捨てるほどいる。中国とインドからの新規参入。またネットの普及。それらもあいまって、世界中のそういう人達の存在が顕在化して、より見えやすくなった。

そんな環境の中、脱コモディティをはかるにはどうしたらいいか。本欄3月16日「年を取ってから後悔しない人生デザイン」では、「好きなこと」を極めることによって生まれる強さ、というようなことをテーマに、JTPAツアーでのセッションでの議論をご紹介した。今日は、それにもう1つ付け加えるべき視点として、「向き不向き」という問題を、ある題材を通して取り上げてみたい。持って生まれた性格やその人の倫理観や関心・興味のありようみたいなものと、選ぶべき職業との関係についてである。

製品もないのに13億ドルで売れるバイオベンチャー

実は先週、バイオ関係のニュースなのだが、こんな記事が出た。「Biotech deal worth $1.3 billion」である。

「Biotech giant Amgen said Monday it plans to buy Tularik of South San Francisco for $1.3 billion to help it develop treatments for cancer, obesity and other ailments.」

Amgenというバイオ大手が、Tularik(テュラリック)というバイオベンチャー(ベンチャーといってももう公開企業)を13億ドルで買収するというニュースである。テュラリックというのは、以前本欄でもご紹介したことがあるシリコンバレーの金子恭規さんが創業期から関わって立ち上げたバイオベンチャーである。「狩猟民族型ビジネスマンの戦いの日々(下)」にテュラリック創業から公開までの経緯を、金子さんの話を聞いた上で書いたものがある。

「デビッド・ゴッデル。バイオベンチャーの草分け・ジェネンテック創業期からの科学者で、天才の名を恣《ほしいまま》にしていた男。このゴッデルが二人の科学者、スティーブン・マックナイト(現・テキサス大サウスウェスタンメディカルセンター教授バイオケミストリー部門長)、ロバート・ティジャン(現・カリフォルニア大学バークレイ校教授)とチームを組んで、一九九一年に創業したのがテュラリック」

「新薬開発には莫大な資金と長い時間がかかる。だからバイオベンチャーの勝負所は資金調達にある。金子はCFO(最高財務責任者)として、未公開段階ながら好条件で一億五千万ドル以上を調達。さらに「ITブームに沸くナスダックでバイオベンチャーの上場はうまくいかない」という当時の常識に挑戦し、ここが勝負とばかりに九九年十二月に株式を公開(さらに一億一千二百万ドル調達)。公開から約二カ月後のピーク時には株価が九十九ドルまで高騰した。十年前の東京に引き続き、金子はまたもやバブル崩壊直前の大勝負に勝ったのである」

金子さんが大勝負に勝った99年12月の直後にバブルが崩壊し、テュラリック株だってずいぶん下がった。でもその99年12月の公開から約4年半、結局、Amgenが13億ドルで買収するわけで、91年にゼロだったものが2004年には13億ドルになったというわけ。しかし、この記事の中で、

「Tularik, which has no products for sale yet, is developing potential treatments for such things as cancer, obesity, diabetes and immune disorders.」

「テュラリックにはまだ売る製品はない」と書かれている。そう、91年に創業し、99年12月に株式公開し、このたび13億ドルでAmgenに買収されたこのテュラリックという会社には、まだ製品がなく、開発中なのである。この13年という長きにわたり、創業チームの才能や可能性の大きさだけで引っ張って、Billion dollar(千億円)単位の大勝負をする。これがバイオベンチャー世界のルールなのである。

独断と偏見による適正分析

さて、ここまでを読んだ読者の方にテスト。

(A) 「こういう世界は、成功するかどうかもわからないうちに株式を公開したりして、バブルの温床にもなるし、儲けられる人はいいかもしれないけれど、途中で莫大な損を蒙る人が出る可能性も大きいわけで、こういうルールやシステムっていうのは、どうなんだろうなぁ」

(B) 「なるほど、こういうルールでバイオベンチャーの世界というのは動いているのか。へぇ、面白いな。その詳しいルールをもっと知りたいな。そうすれば・・・・」

読者によっていろいろ感想は違うと思うが、(A)的感想が強かったか、(B)的感想が強かったか、ちょっと考えてみてください。

ここからは、僕の独断と偏見でモノを言います。

(A)的感想が強かった人(日本には多い)。ベンチャーを創業するとか、ベンチャーキャピタルをいずれやってみたいという希望を、もしあなたが持っているとすれば、きっと失敗するから、別の道を歩いたほうがいい。たとえば行政の世界、ジャーナリズムの世界、大企業の世界、学者・研究者の世界、あるいはエンジニアやスペシャリストとして専門を極めていく世界。起業するとしても、自己資金でできるスモールビジネスにとどめておいたほうがいい。(A)的感想がまさった人には、そういう道が向いていると思います。

ルールを疑う知性は邪魔

そこに「あるルールのビジネスゲームの場が開いている」のを見たとき、素直にそのルールで動くゲームを受容し、そのルールについて悩まずに面白がり、ルールの細部までを完璧に把握することに喜びを見出し、そのゲームで全力を尽くせるかどうか。ベンチャー創造の世界では、そこがカギを握る。特に、ハイリスク・ハイリターンのベンチャー創造ゲームというのは、これからも、さまざまな矛盾を孕んだルールを持つゲームであり続けるから、ルールを懐疑するタイプの知性は邪魔なのである。そうではなくて、ルールを隅から隅まで理解し、そのルールの中でどう勝つかということに没頭、専心できるタイプの知性が求められる。「優秀である」「頭がいい」ということは必要条件の1つでしかなく、そんな「向き不向き」こそが、最も重要な性格的成功要因なのである。

先ほどの金子さんの例でいえば、彼はもともと慶應義塾大学の医学部を卒業した医者だった。彼は20代半ばで医者を辞め、それからビジネスの世界、それも最もワイルドなベンチャー創造に関わる世界に踏み込んでいくわけだが、転身の最大の動機は自らの性格を見つめた上での、職業についての「向き不向き」の判断だったのである。彼は、「狩猟民族型ビジネスマンの戦いの日々(上)」の中で、医者という職業について、こう述懐している。

「医者には向かなかったですねぇ。患者さんを真剣に思いやる気持ちというのが僕にはなかった。医者の世界はこれから斜陽産業になっていくとあの頃から確信していましたけど、産業だなんて、そんなふうにモノを考える奴が医者になっちゃいけないんですよ。本当に向かなかったですねぇ」

金子さんという人は、僕が知る限り、ベンチャー創造という世界に最も向いた性格を持った日本人であると思う。ご本人もおっしゃるように、さぞかし医者には向いていなかったことであろう。

バブルだって合法なら悩まずのれる性格

さて、話題は変わるが、99年から2000年にかけて、米国ほどのスケールではなかったが、日本にもネットバブルがあった。シリコンバレーから日本を眺め、日本のネットバブルをどう理解すればいいんだろうと悩んだとき、ある尊敬する友人の顔が浮かんだ(彼はいま大きなPrivate Equityファンドの責任者をやっている)。2000年の終わり頃だったろうか。彼に日本の最近のことを教えてほしいと頼んだとき、彼は即座にこう説明してくれた。

「マネックスの松本さん、楽天の三木谷さん。2人とも金融界出身でしょう。金融の世界の人は、あるときに、あるルールでゲームの場が開いているという状況をGivenのものとして受け入れる、そういうモノの考え方をするものです。未公開でも可能性さえ大きければ公開できる、巨額の資金調達ができる、そういうゲームの場がいつまでかわからぬが開いている、ならば乗れ、シンプルです。調達した資金は裏切らないから、その使い道はじっくりと考えてゆっくりやっていけばいいと。一方、頭はいいけれど評論家的なところが抜けない経営者は、利益を少しでも上げてちゃんとした会社にしてから公開するほうがいいはずだ、本来そうあるべきじゃないのか、なんて余計なことを考えて、そのときに開いているゲームのルールを無視したので、勝負のタイミングを逸してしまった。結局、バブルがはじけてみれば、それからじっくりと着実に会社を育てていけているのは、あのときのゲームのルール通りに資金調達できた人達、そのときのゲームのルールで動いた人達なのです。」

なるほど、あるルールが合法的に開いていて何を悩むことがあるか、そう自然に考えられる人がベンチャー創業に関わる仕事には向いているのだな、とつくづく思ったのだった。(A)的性格の人々から、どれほどボコボコに批判されようが、意に介さない強さも、併せて必要だ。金子さんの言葉を借りれば、

「創業者の三人とは本当にケミストリーが合いましたね。生涯のいい友達になりました。こんな出会いは一生に一度でしょうね。僕も含めて四人とも徹底的に強気強気の一点張り。カウボーイというかガキ大将というか、自分たちが信ずることならば、人がやらないことを敢えてやって、周囲を唖然とさせて喜んでいました。才能のある連中と仕事をするのはとにかく気持ちがいい。僕もあの頃は本当にエネルギーがありましたね。でも、こんな奴が隣に座っていたら嫌だったろうなって、当時の自分のことをそんな風に思いますよ。いつもギラギラしていてね(笑)」

こんな性格。ルールを懐疑する心を持っていては、ギリギリの勝負所を踏ん張りきることができないのである。

むろんこれは、「持って生まれた性格やその人の倫理観や関心・興味のありようみたいなものと選ぶべき職業との関係」の、ほんの一例に過ぎない。じつは僕自身、バブル崩壊後にシリコンバレーで実際にベンチャーキャピタルを始め、ベンチャー創造に積極的に関わり始めてから、こうした観点で、起業家たちの性格を、他のプロフェッショナルの性格と比べて観察するようになった。その結果、なるほどこの世界は、性格的な「向き不向き」ということが、優秀さや頭の良さ以上に重要な要素なのだなぁということを、痛感する毎日なのである。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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