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事業アイディアを探すための「Search Fund」という手法

2004/02/06 09:47
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プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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[ゲスト] 村山尚武 Naotake Murayama
2月2日(月)〜2月10日(火)までの間、梅田望夫さんの代わりに村山尚武さんがゲストブロガーとして登板します。村山さんはシリコンバレーのあるベンチャー企業でBusiness DevelopmentのDirectorを務められており、ご自身でも「Sotto Voce」というBlogを運営されています。村山さんの経歴についてはこちらをご覧下さい。

気がつけばゲストとしての登場も残すところあと3回。折り返し点を過ぎてしまった。今日は金曜日ということで、少々毛色の変わった話題を取り上げたい。ブログというよりは、ちょっとエッセイみたいなものになってしまいそうだが…。

つい先日、昨年起業を目指してシリコンバレーの某大手IT企業を退職したビジネススクールの時の友人と、昼食を共にした。

こう書きだすと「何を珍しくもない話を」と思われるかもしれないが、この友人の話、大変ユニークなものであり、「アメリカの起業家、起業文化」というものの裾野の広さを示すものであると思うので、共有したいと思った次第である。

なお、この話を書く事については、本人の許諾を得ているが、具体的な人名や事業内容については伏せておいた方が良い、と判断したので、紹介する英文は原文を可能な限り残しつつも手を加えたものであることをお断りしておきたい。

前置きはこのぐらいにして、いよいよ本編へ。

友人から送られてきた「起業便り」

ことの起こりは、昨年春に送られてきた「View from the Entrepreneurial Frontlines #1」と題された、彼の「起業便り」Eメールの第1号であった。その冒頭の一節。

「We are getting ready to jump ship from the seemingly secure yet increasingly compromising corporate environment to doing something entrepreneurial. It was with mixture of trepidation and freedom that I'm leaving. There was trepidation because there is the possibility of failure, which from this vantage point seems very real. There is freedom because I will no longer be a part of an organization that I feel compromises on the things I value.」

いきなり、「一見安定はしているが、いればいるほど自分の価値観を妥協することを強いる大企業を去り、起業家としての途を踏み出すことにした」という決意表明である。その後に書かれた「失敗の可能性が非常に現実的なものである、という恐怖感と、自分が大事に思っている事と相容れない組織を去る事による開放感が混じった状態で退職する」というのはとても正直な感情である。

先日昼食を共にした時に、「失敗の可能性って、どんなことを考えた?」と聞いたら、「起業して失敗する以前に、そもそも誰も出資してくれず、結局再就職もできずにスーパーのレジ打ちで一生を終えるかもしれないと思った」という答えが真顔で返ってきた。冗談でなく、本気でそう思っていたそうである。

話を戻そう。

この同級生、ビジネススクールに来る前は国際的なボランティア団体の一員として南米で英語を教えたりもしていた人で、在学中も同級生の大半を占めていた元コンサルタント、元インベストメントバンカー、といった人たちとは異なる独特の雰囲気を漂わせていた。そんなわけで、卒業後に大企業に就職した時は少し驚いたのだが、その就職先は「人を大事にする」という点で定評のある、非常に強い企業文化を標榜したところであったので、「あそこなら」と何となく納得していた。

その就職先が不況の下、せちがらい雰囲気になっているらしいことは外部の人間にも伝わっていたので、辞める事自体にはおどろかなかったが、「起業する」というのはいささか意表をつかれた。覚えがある。しかも、「Search Fund」という手段を採る事にしたというではないか。

起業のアイディアを探すための資金調達

Search Fundとは、事業のアイディアそのものは持たないが、能力のある起業志望者(特に卒業したてのMBAホルダーであることが多い)が起業をするための手段である。この仕組みの考案者とされるのは、スタンフォード大学のビジネススクール、特に起業分野の研究者として高名なIrving Grousebeck教授(1960年代にケーブルTV会社を興し成功した元起業家、息子も起業家で、親子でNBAのBoston Celticsのオーナーをつとめている)である。

Search Fundの仕組みについては、スタンフォードビジネススクールのサイトにあるこちらのページに、さまざまな資料があるので興味のある方はそちらを参照することをおすすめするが、かいつまんで説明すれば、以下の通りである。

Search Fundによる起業志願者はまず「投資対象を捜す (「サーチ」という名称はここから来ている)ための資金」を調達する。金額は半年から1年相当の生活費と経費がまかなえるぐらい。

起業志願者は、その資金を使い、自分が経営権を獲得する事により価値を高める事のできる見込みのある既存事業(未公開企業やオーナー経営の小企業など)を捜す。

有望な既存事業が見つかれば、投資家より今度は経営権買収に必要な資金の出資をあおぎ、買収に成功した後は経営者となる、という仕組みである。

我々が在学していた時はGrousbeckはちょうどサバティカルで教えてえていなかったのでこの友人にとっても私にとってもSearch Fundというアイディアはなじみがなかったが、卒業後にビジネススクールでだいぶもてはやされている、という話は聞いていた。

Search Fundを用いた起業は成功率も高く、高い投資利益率を実現するとされていることは聞き及んでいたが、同時に、「実務経験もろくにない頭でっかちのMBAへの投資」だという批判も聞こえてきた。特に、バブル崩壊後のシリコンバレーでは「就職先の無いスタンフォードMBAの逃げ道」という意地の悪い見方をする人ももあった。実際、最低の就職率であった2002年の卒業生には、当時Grousbeckが授業でしきりにSearch Fundを強調していたこともあり、この仕組みを使った起業志願が多かったそうである。

従って、「うまくいくのかな?」という疑問を抱いたのも事実である。ただ、友人の決意表明が非常に真摯なものに感じられたので、激励のメールを送ったのを覚えている。

「Entrepreneurship」の本質

ただし、今となってみると、自分がこのメールに返事を書いたのは、友人の書いていた事が、自分が魅了された「Entrepreneurship」の本質に触れていたからなのだろう、と思う。

ゲストブロガーとしての第1回目の冒頭にも書いたが、私は「Entrepreneurship」という言葉の意味は、ここでは便宜上「起業」「起業家」という言葉を使うが、「起業家精神」といういささか限定的な概念でなく、「事業を通じた自己実現欲」というもっと大きなものだと思っている。企業内で新たな事業、もっといえば新たな製品・サービスを立ち上げるのも、それが「自分で自分のボスとなる(Being your own boss)」という精神、すなわち「自分の意思で、自身の行動を律する」という姿勢でなされていれば、立派なEntrepreneurshipなのではないだろうか。

いわゆる「シリコンバレーの起業家」のモデル、すなわちITやバイオといった分野で革命的な技術やビジネスモデルのアイディアを元にベンチャーキャピタルから出資を受けるという形はシリコンバレーではシステムとして完成はされているけど、それは特殊形態であって、「起業家=ベンチャー起業」では決して無い。起業というのはもっと裾野の広い世界である。

その広い世界の中で、具体的なビジネスアイディアを持ってそれを実現しようとするのではなく、「自分の思い通りの事業を立ち上げ、自分の信条に基づいて経営したい」という思いに駆られる人たちをサポートするSearch Fundという仕組みがある程度フォーマルな形で存在するということは(インフォーマルな形であれば日本にだってSearch Fundのような形で起業した人はいると思うので)、アメリカの起業家社会の多様性というか懐の広さを現しているのだと思う。

友人にメールを送ることで自分をマネジメントする

この第1回目を皮切りに、1月半に1回の割合で、トータルで5回この友人からのメールを受け取った。

毎回のメールのパターンは、まず自分が起業に向けてどんな作業をしており、その結果どんなことを学んだかについての報告、そしてその過程で感じた達成感やフラストレーション、挫折感と、それに対し友人知人から得たアドバイスや励ましを紹介し、最後に今後どんな作業を、いつまでに成し遂げるかという目標を提示して終わる、というものであった。

「今後の作業」について言えば、かなりの具体性を持ったものが書かれていた。

「Interview 9 more folks who have raised Search Funds with different levels of experience by June 20, 2003」( Search Fundの経験者に話を聞き、多様な経験から学ぶ)

「Perfect 60 second elevator pitch by July 18, 2003.」(自分の目指す事を1分で語れるような、それこそエレベーターで一緒になった短い時間の間に説明できるような「口上」を固める)

どれも、「いつまでに行う」ということを明記している。これらのメール、最初は単なる近況報告や協力依頼かな、と思いながら読み流していたのだが、だんだんと、ひょっとしてこれは毎回「いつまでに何をする」という目標を公約し、それを守れたか否かを次のメールで報告する、という形で、誰も縛るものの無い状況で自らの行動を律するセルフマネジメントの手段として書いているのではないか、と思うようになった。

これも、先日「意識的にアナウンスしていたの?」と訊いたところ、

「I felt I needed to be held responsible, and the best way to do it was by announcing that I’m committing to do something」(これを行う、と公にコミットして、責任を自分に課すのが最も良い手段だと思った)

という返事が(一言一句この通りではなかったが)返ってきた。

また、こういうメールを定期的に出そうと思った理由として、起業には周囲の精神的サポートが必要だという忠告を受けたからだとも言っていた。メールにも、以下のような一節があった。

「We will go through many emotional lows, be humbled many times, and experience highs in between. For every HIGH we experience, there will probably have five to ten LOWS. It is critical that we each have emotional support to stay focused.」

高揚感を1回味わうごとに失墜感は5回から10回味わう、といった状況の中で、目標に向けて努力し続けるには精神的なサポートが必要である、ということである。しかも、親兄妹や家族といった「近い」人たちでなく(この友人、独身である)、ある程度客観的に自分の行動をモニターし、フィードバックや助言をくれる人たちからのサポートが重要だ、とも言っていた。

そういう考えに基づき、この友人、起業の決意から実現にいたるまで、定期的に周囲の 人々に対し近況報告と行動のコミットメントをすることを通じて、実務面・精神面でのサポートネットワークを積極的に作り上げたのである。

これについては、「どうせならブログでやればよかったのに。機密保持の都合とか、一部の人に絞り込んで語りかけたかったの?」という(ブログオタクの)私の問いに対し、「ブログって何?」という返事が返ってきた。シリコンバレーでも、ブログの人口膾炙率はさほど高くない、ということを改めて認識した瞬間であった。

結局ブログに興味を持ってくれたので、TypePadやBloggerを紹介しておいたが。

Search Fundの結末は・・・

最後に、友人の起業プロセスがどうなったかを書いて、今日は終わりとしたい。

結局、この友人、Search Fundのモデルは放棄した。それはSearch Fundの資金調達が上手く行かなかった、といった仕組みの問題ではなく、Search Fundを追求する過程で、より良い機会に巡り会ったからである。

定期的に送られてきたメールの中のアクションアイテム(これもコミットメントの対象であったが)の1つに、「Inc. 500の起業者に飛び込みで会ってもらい、自分のアイディアを話すと共にアドバイスを貰う」というものがあった。Inc.というのは起業志向の人を対象とした雑誌で、Inc. 500というのは、同誌が毎年選ぶ、最も高成長を遂げた未公開企業500社のリストである。彼は「この500人の中から100人に会う」という目標を立て、電話、Eメール、手紙とあらゆる手段を駆使して同リスト経営者との面談を実現していたのだが(この実行力には本当に頭が下がる)、その過程で、「じゃあ一緒にビジネスをしないか」という相手に出会ったのである。

機密保持の問題があるので詳しい事は書けないが、この経営者、美容関係製品の製造に関し暖めていたアイディアを一緒に実現する相手を捜していたらしい。友人もすっかりそのアイディアと、この経営者の人となりに魅了され、共同経営者になることを決意し、今年に入ってからパロアルトを拠点に事業開始に向けて準備を始めている。

この話を聞いて、友人のこれまでの努力とその帰結を嬉しく思ったのも事実であるが、飛び込みで「教えを請いにくる」起業志願者に対し、会って、真剣に相手をし、波長が合えばメンターになろうと申し出たり、あげくは共同経営の話を持ちかけるような人が何人もいた、ということもまた、ちょっとした感動ものであった。

こういうことが実現する起業家の世界、人を蹴落とすだけでなく、(使い古された表現ではあるが)互いに切磋琢磨することを尊ぶ、良い意味での「競争社会」なのだと思う。

こういう話を読んで、読者の方々はどう感じただろうか?

それでは皆様、良い週末をお過ごしください。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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