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CNET Japan ブログ

マイクロソフトのiPod論争に見るBlogと企業の関係

2004/02/02 07:03
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プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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[ゲスト] 村山尚武 Naotake Murayama
2月2日(月)〜2月10日(火)までの間、梅田望夫さんの代わりに村山尚武さんがゲストブロガーとして登板します。村山さんはシリコンバレーのあるベンチャー企業でBusiness DevelopmentのDirectorを務められており、ご自身でも「Sotto Voce」というBlogを運営されています。村山さんの経歴についてはこちらをご覧下さい。

まずはご挨拶から。

今週と来週の前半、こちらでゲストブロガーをつとめさせていただきます村山です。普段自分のBlogで関心の赴くまま、それこそランダムなトピックについて書き散らしていますが、ここではそんな雑多な関心のレーダーにひっかかったものの中から、梅田さんの読者の方にも興味を持っていただけるようなことについて、書かせていただきます。

といったところで、文体もいつもの調子に戻し、本題と参りたい。

梅田さんが以前お書きになられた通り、私は「文系」である。

ただ、テクノロジーとそれが世の中、特にビジネスや個人の生活に与える影響について考えるのが好きであり、ビジネススクール留学でスタンフォードを選んだのも、現在にいたるまでシリコンバレーでジタバタしているのも、その延長で、IT業界の動きを見ることのできる「vantage point」にいたい、という思いの結果だ。また、ビジネススクールで出会った、「Entrepreneurship」という世界(余談ではあるが、私はこの言葉、「起業家精神」といういささか限定的な意味でなく、「事業を通じた自己実現欲」だと思っている)にも魅力を感じたことも大きな要因だろう。これまで仕事としてテクノロジーともEntrepreneurshipとも全く関係ないことにも携わってきたが、どんな時でも、追いかけるように心がけてきた。

前置きが長くなったが、今日はそんな私の関心事項から、Blogというメディアを介して企業組織がどう変わるかについて、MicrosoftのRobert ScobleのBlogから、AppleのiPodに関する議論を紹介しつつ書いてみたい。

MS社員によるAppleのDRMに関するコメント

ことの発端は、先週月曜日のScobleのエントリーの後半に書かれた、iPod、そしてiTunes Music Storeの用いるAAC規格とMicrosoftのWMA規格を比較したコメント。

「It's sort of like picking a football team -- if you're gonna be locked into a team for a few years, wouldn't you rather pick a Superbowl winner than someone who'll go 1-18?」

「So, when you buy music off of Napster or Apple's iTunes, you're locked into the DRM systems that those applications decided on. Really you are choosing between two competing lockin schemes.

But, not all lockin schemes are alike, I learned on Friday. First, there are two major systems. The first is Apple's AAC/Fairtunes based DRM. The second is Microsoft's WMA.」

上のコメントの主張は、「DRM(電子著作権管理機能)がある以上、ある規格を選ぶということはその規格に縛られるということである。Appleの音楽ファイル規格はApple製品か、HPでしか使用できない。それに対し、MicrosoftはWMAの利用につき、さまざまな機器メーカーにライセンスを与えている。同じ縛られるのであれば、使用範囲の多い方を選ぶべきではないか?」ということである。そしてScobleは、いくつかの具体例を引き、上の主張を論理的に補強している。

巻き起こる批判

そしてこれがBlogのすごいところであるが、このエントリが掲載された直後から、あちこちのBlogにScobleのこの主張に対する反論が書かれることとなった。中でも、Boing Boingに掲載されたCory Doctrowのこのエントリが最も痛烈であった。

「Scoble works for Microsoft, as do a number of good, sharp, ethical people that I know, and I know him in passing, and he seems to be a good guy. With that disclaimer out of the way, let me say that I think that this blog entry of his epitomizes the sloppiest, worst thinking about digital-media in the field today. 」

「いいやつだが、デジタルメディアに関する論考としては最悪の考え方を体現している」といったところ(内容は痛烈でも、書き方としては丁寧である。こちらではScobleのことをmoron(バカ)よばわりしている)。

Doctrowはこう最後に書いている。

「Without a doubt, the best way to protect that investment is to only buy music that isn't in a lock-in format, and to break the locks on any music you do own, while you can.」

「Next to that, Microsoft's fraidy-cat technology is suicidally stupid, and so are you if you invest in it. Protect your investment. Vote with your wallet. Buy open. 」

正しいあり方は、「縛りのない」規格で保存された音楽だけを買うことであり、そういう規格を購入することにより、市場原理を働かせよ、という主張である。

こうした他のBlogに書かれた批判を、私はScobleが自身のblogに掲載したリンクで知った。それらの批判に対するScobleの反応はこちらのエントリに集約されているが(長くなるので引用は避けるが)、多少挑発的ではありながらも、ただケンカを売り買いしているだけでなく、自分が引き起こした議論により多くの人を巻き込み、批判意見との対比をしやすい環境を整え、さまざまな意見を引き出そうという意図が感じられる。

面白かったのは、Microsoft内のiPodユーザーからの批判を紹介していること。MicrosoftはScobleのblogに会社としてお墨付きを与えているようだが、こうした意見が堂々と出るところ、そこで取り上げられた社員に対しても「免罪符」が与えられているのだろうか?

評論家ではなく利害関係者として議論をまとめる

そして水曜日、さすがに対応に疲れたか、意見が出尽くしたと判断したらしく、このエントリでこの議論を打ち切っている。

「Do we have a clearer example of Doc Searls' "markets are conversations?"

One thing you'll notice. The product teams aren't getting involved in the comment threads here but they are reading (and I'd bet that there's more than one Apple employee reading along too). Will that translate into better products and services, no matter which side of the fence you're on? I'll bet it does.」

自分の書いたことに反応して出現した、Blog界の著名人も数多く参加したこの議論は、この本に書かれた「インターネット上の対話こそが市場である」ことの証拠であり、この対話から得られたことが、Microsoftにとっても、Appleにとっても、より良い製品を作り出すための糧となる、と言い切っている。

これを読んで、「この人、すごい」と思ってしまった。

評論家めいたブロガーで同じように議論を引き起こし、意見をまとめることをしている人はいるが、そこで展開される議論は多くの場合「ためにする」議論であって、世の中を動かすことにつながることはなかなかないように思う。それに対し、Scobleはあくまでも会社の代弁者としての立場を崩さないまま、これだけ多くの人を巻き込んだ議論を生み出し、自社だけでなく競合他社、そして製品の利用者も恩恵を被ることのできるような情報という価値ある「公共財」を作り出したのである。

また、こうしたブロガーが活躍することの背景には、会社の枠を超えた、個人の繋がりに基づいた世界が存在し、それが段々と拡大しているということがあるのではないだろうか。そんな中で、会社組織という「器」の存在のあり方もより多様性を持った形で展開するのではないだろうか。これから起業などしようという人も、こうした世界の中で、「どんな会社にするか」という選択肢が増え、可能性と共に悩みも増すのではないだろうか。

こういった話は、自分の思考を刺激してくれる。

面白いのは、こんな大きな話の張本人のScoble自身、自分のブロガーとしてのあり方に疑問も感じているようだということだ。

「I have too many audiences. I know execs are reading. Coworkers. Family members. Competitors. Influentials.

Customers. Press. It's hard to write well for any one audience when you're trying to please them all. In the old days I didn't have disparate audiences, I just was talking to my blogger friends.」

こんなところで書くのもなんだが、なんだか身につまされる話である。

それでは第1回目はこんなところで。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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