最終更新時刻:2009年11月26日(木) 17時05分
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山形浩生氏や勘違い氏の論法に見る、学問扱いされてない経済学

公開日時:
2007/02/18 22:35
著者:
坂本多聞

もし、「光の速度は無限だと思う」とか「永久にエネルギーを生み出せる新理論を発見した」とか書いたら非難ごうごうだろう。理論を理解しているとは限らないが、物理学とかの自然科学では、専門家の意見の方が個々人の実感に基づく俺流理論よりは確からしいという理解が世間にあるからだ。

一方、経済学だと「生産性の話の基礎」とか「「他人の生産性が向上すると自分の給料も増えるのか?」を中学生でもわかるように図解してみました」などで紹介された、過去の学問の蓄積とかはさておいて、独自の理論を展開することが見受けられてしまうようだ。しかし、これではせっかくの先人の努力を無にしていることになる。それでは残念なので、世間的な定説の流れをWikipediaから紹介していこう。

アダムスミス、マルサス、ミルらによる古典派経済学での公準

古典派の第1公準
実質賃金は労働の限界生産物に等しい。労働の限界生産物が実質賃金に等しくなるように雇用量(労働需要量)は決定される。

古典派の第2公準
実質賃金は労働の限界不効用に等しい。労働の限界不効用が実質賃金に等しくなるように労働供給量は決定される。

第1公準については、1人とかの最小単位労働力を増やして得られる利益に見合う金額に実質賃金が決定されるということだ。1人で営業して利益が1時間2,500円というたこ焼き屋さんを例に考えよう、もう1人増やしたら顧客をより多く捕まえて売り上げを増やせるため、、予想利益が3,333円になりそうとかいうケースが考えられる。Economicsmarginalcharta
この場合、時給が理論上833円より下だったら利益が増えるから雇ってもいいなと経営者は考えることになる。(ただしあくまで理論上)

一方、雇われる側は第2公準の限界不効用が問題となる。たこ焼き屋さんの6人目の従事者として時給119円を切る金額で働かないか?と言われてそれを受け入れるか?だ。仕事の選択は賃金だけで決まらずその仕事のやりがいや辛さとかの不効用が関係してくる。街のたこ焼き屋さんで雇われるということだと多分これを飲む人はあまり居ないだろう。しかし学園祭の係りとかだったら報酬ゼロでもうけたりするので、やたら人が居るにぎやかな屋台とかができたりする。

たとえを変えて、低賃金で有名なアニメーター(アニメーション制作者)で考えてみよう。慣れるまでの3ヶ月はどんなにがんばっても月の稼ぎが5万円や10万円とかいう話で、志願してきた若者に200万円くらいは他の仕事で貯金を作ってからでないと苦しいとかアドバイスする人もいるとか聞く。Hotwiredが引用した芸団協の数字を孫引きすると

アニメーターの労働時間は1日平均10.2時間、月間労働時間は推計250時間で、平均年収は100万円未満が26.8%、100万円以上200万円未満が19.6%、200万円以上300万円未満が18.6%である。動画マンは出来高払いが8割で、1枚あたりの報酬は平均186.9円、年収は100万円未満が73.7%である。 この報告書は、芸能花伝舎にある芸団協芸能文化振興部で購入できる。

だそうで、月間250時間、年間3,000時間働く年収100万円のアニメーターの時給は333円ということになる。(別の仕事を持っているか?とかの要因は除く)どうしてそんな安い賃金で長時間働いているかというと、好きなアニメを描けているとか上手くなって向上できているとかいうやりがいが感じられるからだろう。将来の不安から辞めるベテランが多いともいうが限界不効用が低い関係で低賃金が相場となってしまう。

社会が豊かだと、そんな馬鹿らしい仕事をやっていられるかと限界不効用が上がりそうだが、そんな常識から離れている業界では過酷な労働条件がまかり通ったりするものなのだ。テレビ番組制作の孫受け会社とかも、丁稚奉公していつかは...などと大望を抱く人が多く、アニメーターに似た限界不効用の低さからの低賃金という構図が成り立ちそうだ。

では古典派から今はどう考えられているのか、同じくWikipediaの労働経済学を引用しよう

賃金決定の理論

労働サービスの対価である賃金の決まり方を説明する仮説は多い。

  • 限界生産力仮説: 実質賃金は限界生産力に一致するという仮説。
  • 補償賃金仮説: 仕事の特性(厳しさ、魅力など)に応じて賃金は調整されているという仮説。この仮説に基づけば、仕事の特性の差異は賃金で補償されるため、3K(キツイ、キタナイ、キケン)と呼ばれる仕事の賃金は高くなるはずである。
  • 効率賃金仮説: 効率を重視して賃金は決められるため、実質賃金は限界生産力よりも高くなるという仮説。例えば、銀行員の賃金が一般的に高い理由
    について、普通のサラリーマンよりも高い賃金を支払えば失職の機会費用が高くなるので不正を防ぐことができると説明する。このような形にしておけば、監視
    を必要としないため効率が高まっていると見るわけである。

これらは、古典派の2つの公準とあまり変わりが無い。出せる賃金と働こうと思う賃金の折り合いで決まるという構図だ。

しかしこの理論を「賃金水準は、絶対的な生産性で決まるんじゃない。その社会の平均的な生産性で決まるんだ。」とかいう間違ったまとめ方をしてしまうと、限界生産性とかいう一単位増やすときの生産性の問題が平均生産性という全く違うものに置き換えられてしまう。いかに図解で概ね正しいと説いて、それが矛盾無く説明できていたとしても、学問での定説という伽藍を無視して展開したのでは、あまり深い価値を持てないのだ。

集合知が集合愚になりうるという危険性を明らかにした山形氏の主張に我々は学ばねばならない。(2/19削除し、以下に改訂)今回は、山形氏本人は集合知の一つと思ってトリセツを書いていても、その語り口やファンの多さから集合愚を広めていたという痛ましい現象に合うこととなった。頭がいい山形氏の簡単な言葉に頼れば救われるという考え方を完全には否定しない。しかし、複雑なことをズバっと単純化してくれるテレビキャスター、占い師、宗教家そしてエッセイストといった人々の言葉に頼る危険性もわれわれは知るべきだろう。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

前後の記事

このエントリーへのコメント

37

最後になりますが、大坂さんのようなかたに、叱咤、訂正いただけるのはBlogというメディアのメリットであり大変ありがたいと感謝しています。
とは言え、この経済学や経済史に踏み込んでいくのは私の勇み足であったことには変わりなく、これ以上ここで続ける価値を見出せません。あしからずご理解いただけると幸いです。

  多聞 on 2007/03/21

36

一方で、今回の山形さんによる最初の問題提起の「平均」という単純化は本質を外しているという認識は変わりません。
この後の話題にした社会福祉施設での最低賃金違反本題のように「平均」で決まるという基本理解は誤解への間違った単純化だと考えるからです。また、「偉い学者に聞きました」という収束のさせかたも論点のすり替えであると考えています。

最初の投稿がどう誤解へ誘導する問題があったものなのかを置き去りにしているからです。

  多聞 on 2007/03/21

35

謝罪

山形さんの方が私なんかよりはちゃんと経済学を勉強されているのは確かだと思います。また私の経済学の理解は不十分で大学の先生から怒られたりする程度のものだということも認めます。

  多聞 on 2007/03/21

34

大坂さん
私の経済学の理解が不十分ですみません。
でも、対話するお気持ちが感じられないのでコメントは差し控えさせていただきます。以後のここへのコメントは削除します。ごめんなさん。対話として成り立つ自信がありません。

  多聞 on 2007/03/21

33

このエントリを読んであまりのことに頭にきて、自分のブログに書いていたのですが、ブログの間のトラブルにしても仕方ありませんので、こちらにコピーします。

>しかし、これではせっかくの先人過去の学問の蓄積とかはさておいて、独自の理論を展開することが見受けられてしまうようだ。の努力を無にしていることになる。

山形さんにあなた程度の知識でたてつくのはいかがかと。

>アダムスミス、マルサス、ミルらによる古典派経済学での公準

これ、普通ケインズが言ったって、良く知られているんですけど。アダムスミスって限界革命より前の人って知ってる?経済学初めたひとなのよ。(ほかの二人ももちろん限界革命の前の人)多分、初めて、限界原理を導入したのはリカードの地代論で(これ自信ないです。)、ケインズが言った古典派って多分、マーシャルあたり指してんの。君なんにもしらないで、古典派ってWikipediaあたりで調べて書いたでしょ。限界革命って、メンガーさん、ワルラスさん、ジェヴォンスさんのやつね。この名前って高校の教科書でも載ってんじゃないですか。山形さんの一般理論の要約でも読んで勉強してください。あと、付け加えると、私は同僚の経済学史の人にいつもバカに

  大坂洋 on 2007/03/21

32

確かに、『山形浩生の「経済のトリセツ」 Supported by WindowsLiveJournal』 は2/19を最後に後続記事が絶えているので終わっちゃったかもしれませんね。

  多聞 on 2007/03/05

31

終わったな。

  とおりすがりその2 on 2007/03/05

30

谷村さん力作のコメントありがとうございます。

「オレ流」について先のコメントは否定的に書きすぎでしたね。例えば、「天気予報で株を買う」とかいうオレ流株取引新理論があったとして、トータルで儲かったらそれはそれで役立ったわけだし。

一方、私が問題にしたいのは、山形浩生氏がオレ流のかなり画期的なことを最初説いたのに、ポイントをずらして権威に頼って自己を正当化されているとかいう流れです。

偉い人を召還してお墨付きを得た山形氏が勝ちというコメントがはてなでは多いのですけど、このあたり、強弁や詭弁に勝てる論理無しという昔からの知見が思い出されます。「詭弁論理学」とかを読んでいた昔に返ってもう一度読もうと書棚から机に積んだところです。

  多聞 on 2007/02/22

29

一点補足。古典派は「イギリスにとってのオレ流」という意味です。しかし、これがフランスで通じなかったというのは、やはりお国柄でしょうか。

  谷村 正剛 on 2007/02/22

28

>多聞さん
「客観化や抽象化が可能」とおっしゃられても、どこまで可能なのかはきちんと議論しなければならないはずです。経験的に、経済の世界は自然科学に比べて客観化や抽象化が可能な範囲が狭いです。自分で相場をやっていて、そのような場面に当たったことがよくあるので、例を出して説明します。
 
相場は大きく変動する時もあれば、一定の値に収束する時もあります。たいていはどちらかの状態にあり、何かの弾みでもう一方の状態に移ります。過去の相場師や金融学者たちの研究により、相場が動き出すのはいつごろか、上げる、または下げるとしたらどこまでなのかは、それなりに予想する手法が知られています。例えば、直近でもみ合った水準があれば、そこで再度もみ合う可能性があります。これは、その水準で売買をした人が多いからです。これは客観化できる例です。
 
ところが、相場が手詰まりになった時、次に上げるか下げるか。これはいまだに大きな問題です。これを正確に予想できる人はまずいませんし、元トレーダーというような人でも、この問題をうまくごまかして予想を発表することがままあります。私の経験ながら、上げ下げの向きを予想するのは不可能でしょう。というのは、この

  谷村 正剛 on 2007/02/22

27

ドミノ さん。
極端な例で考えると「社会の平均的な生産性」って本質的には関係が無いと分かると思います。

原則自給自足で、今の貨幣経済的尺度でみると最貧国に分類される小さな国があるとします。そこに桁外れのお金持ちのベストセラー作家が移住しとすると、その社会の平均的な生産性はベストセラー作家に引っ張られてけっこう高くなります。また賃金の平均もかなり高くなります。
年収1,000億円が一人いてあと99人年収2,000円だとすると平均年収は約10億円です。この平均年収10億円、平均時給も相当高そうなこの社会を考えていくと、平均の生産性で賃金が決まるなどという仮説は適用範囲が非常に狭く、ものごとの本質から外れていると分かることでしょう。

同質な性質をもつ集団(=クラスター)がとても大きな日本では当てはまることが超格差社会では意味がなかったりするということです。

  多聞 on 2007/02/21

26

谷村さん、コメントありがとうございます。
オレ流の定義が私と違うように思います。先人の研究を尊重もしくは論破しつつ積み重ねていくのが学問で、そんなの気にせず感覚で語るのがオレ流です。元祖と思われる落合現監督は個人の資質に依存するスポーツという世界にオレ流の理論で新境地を開かれた立派な方だと思います。しかし、客観化や抽象化が可能な世界で先人の研究を省みないオレ流は社会の発展に寄与しない思い付きの世間話に過ぎないのではという意見なんです。

相場、不動産、流体。それぞれに学問として蓄積があり、流体からの発展の渋滞学がちょうど今話題だったりします。そういう人の意見を気にする世界とオレ流とは違うというのが私の意見です。

  多聞 on 2007/02/21

25

返答ありがとうございます。
ただ私は「国際間の賃金格差?」の部分も引用しています。
財や労働力が国を越えにくいのはそうでしょうが、それがある国と他のある国との賃金格差が例えば「2倍」であることを説明しません。
ではこの2倍の格差は何処から? それぞれの社会の限界生産性と限界不効用の差だとするにしても、ならばそれは何処から来るのでしょう?
普通に考えれば、双方の「社会の平均的な生産性」の差、となりますが、、、

  ドミノ on 2007/02/21

24

>toshさん&多聞さん
光速の問題と賃金の問題の比較については、もっと本質的な問題が存在します。それは、「自然現象と全く同じアプローチで人間(が主役になる)現象を扱ってよいのか?」です。

賃金ではありませんが、相場の世界(これも広義には経済学の世界です)に、格言「何れを行くも散らぬ間に行け」があるそうです。一時期相場をやっていたので、実際にこれが当たることはよく知っています。順張りか逆張りか、ボックスか新値か。さまざまな資金力を有する多数の人間が集まると、相場は一瞬にして地合いを変えることがあります。未来永劫続くような法則性は稀で、コンテキストに強く引っ張られることの方が多いのです。だからこそ、「相場のことは(教科書ではなく)相場に聞け」といわれるわけです。そのような世界に自然科学のアプローチ、特に高速のような単純なやり口を持ち込んでは、見当違いもいいところです。

もう一つ、もう少し賃金に近い商品として、不動産があります。不動産は、いわゆる「需要供給の法則」が崩れる例としてよく知られています。例えば、首都圏の住宅。単純に考えれば、都心への利便性がよい方が需要が多くなるはずです。ところが、実際には、千葉方面は安いけど

  谷村 正剛 on 2007/02/21

23

ドミノさん、コメントありがとうございます。
> 各国の限界生産性と限界不効用の差異はどこから来るのですか?
> 単に不十分な流動性の問題ですか?
リカードの比較優位理論による国際貿易とかが紹介されているように、財や労働力は簡単には国を超えていかないという前提に立っていると思います。また、サービス産業は輸出が難しい産業という前提で考えられてきました。
2007年現在、フラット化する世界に代表されるように、流動性が高まっていて、コールセンターやプログラム開発、バックオフィス業務などはどんどん地方や外国へと移って、サービス財の輸出が現実味を帯びて状況が変わりつつありますが....。

  多聞 on 2007/02/21

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