■ようやく届いたヘレン・ファン・ミーネの新作集
待ちに待ったHellen van Meeneの新作、その名も『New Work』がようやくアマゾンから届いた。
この作家は、本当に作品主義的な意味づけをしない人のようで、処女作品集のタイトルは『PORTRAITS』だったし個々の作品タイトルも無い(単に“untitled”というタイトルと制作年度が記されているだけ)。今回も撮影した国名、都市名、制作年度が記されているだけだ。
今回の新作集には、彼女が、Riga(ラトビア)、Hellio(オランダ)、London、St. Peterburg(ロシア)、東京、日光、熱海など、前回よりも広範囲のエリアで、しかもティーンエイジマザーや黒人の少女、そして日本人(前回も日本人を撮影したポートレートは収録されていたが、今回はその数が大幅に増えている)など、撮影対象も拡がっている。
撮影は、全て同じ撮影機材によって行っているのではないかと推測するのだが、被写体の配置、人物構成、構図の切り取り方、光の捉え方、色彩の定着、ポーズ、目線の置き方などに統一した形式が無いのが面白い。
これは、彼女が作家としてまだまだ試行錯誤を繰り返していて、そのスタイルを確立する状態には至っていないということを如実に示している。とはいっても肖像画としての写真をしっかりと印画紙に定着し続ける基本的な姿勢は前作から変わってはいない。
■形式と自由の狭間で
もちろん、ベッヒャースクールのようにある形式を発見して敷衍することそのものが写真というメディアのイノベーションになるという潮流が確固として存在する一方で、彼女のような自由さとスタイルとがせめぎあっている表現には、独特の緊張感を感じる(ただ、だからといってベッヒャースクールが凡庸で退屈だというわけではないのです)。
また、中性的な少年を、敢えて性別(性徴やジェンダーを示す小道具)をぼかして撮影している作品も少ないながら含まれていて、これらの作品に潜んだ次の作品に向けての兆候を読み取る楽しみもある。
さらに言うと、本来コミッションワークとしては始まった、東京の少女を撮影するシリーズ。これがとても面白いので、今後ますます進んでいくことを期待をしたいと思う。日本人の僕たちから見ても彼女のポートレートは意外な驚きを感じさせるものだ。
■中庸の美 軽さと深さ 安定と不安定
とにかく、彼女の作品の底流として流れている独特の清溢。精神的な軽味と深味の交じり合った、微妙な揺らぎ、不安感と安定感が共に同じ画面を漂っているような浮遊的安心感は写真表現というものの醍醐味を実に豊かに伝えている。
それは、作品と向かい合った側がどうとでも観取し、解釈し、解説できるようなニュアンスのあるフラット性。アウラを帯びたニュートラル性とでも言うべき微妙な感触を持っている。
写真の客観的表現の強度にも突き抜けず、写真の主観的表現の深度にも凝縮しない、その中庸的バランス感覚に、ネーデルランド絵画が日常を描きながらも、同時に精神の深遠を暗示するような方法を得意とする歴史を読むのは早計だろうか?
ただ、写真を読み解く側の文脈,ロジックを特に固定しない。理論的にも感情的にも多様な解釈性を許容する、彼女の作品の寛容さのような部分には相変わらず強く惹かれる。
■カタログ(作品見本)としての写真集
ところで、この新作集を手にとって眺めて気が付いたことをひとつ。実は処女作品集の『PORTRAITS』は造本的には少しプアなところがあって、特に紙のチョイスと裁断の杜撰さには少しがっかりした。
ただプリントはとてもよくチューニングしてあり、作家の意図する陰影、濃淡、落ち着いた色調がとても丁寧に、ナイーブ過ぎるほどに再現されていた。
特に彼女が制作している作品の場合は、その作品が持つグラデーションやトーンの与える心理的影響こそがその妙味になっているので、プリントの出来不出来はそのまま直接作品の出来不出来に直結していると言っていい。
それが、今回の『New Work』では、激しく失敗をしているように思う。なぜ、そう感じるのかというとSTUDIO VOICE 5月号で特集された企画記事のなかでは新作の個々が非常に豊かな諧調とコントロールされた色味によって再現されていたからだ。
それはちょうど同時期に銀座のギャラリー小柳で開催されていた彼女の個展で同じ作品を見比べたからで、STUDIO VOICE担当者のしっかりした仕事に感銘を受けた記憶がある。
■アート産業構造の違いが透けて見える?新作集
それに比べると、今回のプリンティングは、諧調の深みや色彩の微妙なベクトルなど本来であれば最も注意すべき部分がかなりおざなりになっていて(だからといって作品の精神性が喪失しているわけではないのだが)、これはつまりオリジナルプリントを買おう!と、いうことなのか?とつい勘ぐってしまう(笑)。実際、裁断用のセンタートンボの一部が誌面に残っていたのは軽い衝撃だった。
まぁ、本当に気に入った場合は、作品集はカタログと割り切って、その作品を購入するというチョイスがちゃんと用意されているわけだから、それはそれで検討してみてもいいと思う。ただ、購買価格は写真集の値段の約10倍程度はします。
ちなみに、新作集は全作に比べても、さらに、用紙選択、裁断、装丁等の質が明らかに落ちているので、そういった意味では、刊行サイドとしてもポートフォリオとしての位置づけでしか捉えていないのかも知れない。
日本の場合は写真作品をトレードするという流通環境が無く、むしろ出版物としての写真集の位置づけが相対的に高くなっているので、そういった部分でのギャップがあるような気もする。
そういう産業構造的な差異も若干感じられるのがこの新作集なのですが、写真作品としてのスリリングな知的刺激については、僕は十分すぎるほどに楽しむことができました。
きっと、何回も何回も飽きることなく眺め続けることだろうと思います。それだけは確実なことです。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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