■視覚の総和とは?
世界中の視覚情報の総和=人類がその時点その目で見ているモノのトータルなのかというと必ずしもそうではない。なぜなら、人が何かを見るということは過去の視覚記憶との照応関係、つまり膨大な脳内データベースへのリファレンスが欠かせないからだ。
なぜそのようなことを考えるのかというと、メモリー容量の許す限りひたすら連写のできるデジカメの場合、人のリアルタイムな視線移動、つまりその瞬間瞬間の意識の推移をかなり忠実にスキャン+トレースすることができてしまう。だから、その延長線には、そういったイメージの個人史をトータルに記録・再生できるという遠大な可能性が拓けているように思える。ただ、現実には、そういった時系列的にスキャンされたイメージの連なりは思いのほか人の記憶バンクにフックしないのではないか。
実際、過去の嬉しかったこととか楽しかったことなど思い起こしたいと思っている情景は、克明に写し撮られた連続フレームよりも、非常に特徴的・印象的な特定のカットによってより強く喚起され、記憶再生のトリガーとしても強く作用するように思える。
たとえば人物写真にしろ風景写真にしろ、どこか心に残る写真があって、そういった写真表現がどうして強く心に響いてくるのか?
傑作写真の与える印象にはなにか人の記憶に汎用的に響いていく共通項があるのだろうか?そこに写し撮られている写真が自分および自分の知っている関係者とはまるで繋がりがない。つまり、自分自身の視覚記憶のリファレンスには本来含まれていないイメージであるにもかかわらず、なぜそれが心に引っかかってくるのはなぜだろうか。自己の視覚記憶データベースと直接対応していないはずのイメージ(=写真作品)が、それこそ強く心を揺さぶり得る。そのメカニズムはいったいどうなっているのだろうか?
■不自由の価値
以前、デジタルカメラとフィルムカメラとの間には撮影者の被写体への向き合い方に於いて明らかなモードの差異があるということを書いたのだけど、デジカメのひたすらスキャンし続けるスタンスに比べるとき、ある一瞬に賭けるフィルムカメラのアプローチの方がより深い瞬間を捉え得るように感じる。
これは、撮影時のシャッターチャンスに対してとにかく集中するほかない(例えばブローニーだと1ロール12枚しか撮影できない)フィルムカメラと、とにかく膨大なカットを押さえてからその事後になって必要なカットを取捨選択できるデジタルカメラとの、撮影姿勢の違いに起因しているように思う。
よく「空気を撮る」とか「空間を撮る」とかそういった言い方をするのだけど、そういった、気配とか心の震えのようなモノまでを押さえようとするフィルムカメラ(※単焦点レンズを装着したフルマニュアル仕様が望ましい)の撮影姿勢は、その不自由さや手順の面倒さ等との引き替えとして、人の心にアクセスするうえでのイメージ探索(シャッターを押す瞬間にその探索能力がフル稼働する)に於ける鋭敏さ、敏捷性、絶えざる追求意欲をもたらす。
■最高の写真は最初の写真なのかも知れない
だから、ことカメラの進歩に於いては、便利になることや効率が改善されることは必ずしもその表現力や描写力の進歩を意味しない。
それこそ、フィルムカメラが普及する以前のダゲレオタイプ写真などは、現代の目から見ても息をのむほどに美しいのだ。もちろん露光時間が長く機材も巨大で、運用コストや複製コストなどが桁違いに高価だった写真術は数え切れない改善改良を経て飛躍的に進化を遂げた。
だが、そこに描き出されるイメージの品質に話を限れば、むしろ時代と共に後退してきたと言えなくもない。
また、その操作性や運用性が改善され、より容易に美しい画像を獲得できることが当たり前になることにより、被写体と向かい合う=視覚を通じて世界と対話をする姿勢そのものは無意識的に退行しているのではないだろうか?
だからこそ、デジタルフォトグラフィーの将来的可能性を見極めるためには、現状の自動化、高速化、高細密化を追求していこうとするリニアな方向性だけでは限界があると感じる。21世紀になって初めて触れた銀塩カメラを通じて、そのようなことを考える。
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