■グローバルスナップショット 1億枚から選ばれた1千枚
先週「fotolog.book」という洋書をアマゾンで購入した。344ページに1001点の写真が収録された大著だ。fotologは、正確にはhttp://www.fotolog.com/。現時点で360万名のユーザーによって使われ、1億1千900万枚の写真が保存され、1日に数万枚の写真がアップロードされているフォトブログだ。実は書店で最初に発見したとき、この本への期待はほとんどなかった。なぜなら、アマチュア写真を集大成することでできあがる写真集に期待する理由が余りなかったからだ。でも、パラパラめくってみてすぐにこれは凄いと思った。
まず、この写真集はストレートにアート写真集として編集されている。そして、そのクォリティは非常に高い。サブタイトルは「a global snapshot for the digital age」なのだが、これら選りすぐりのスナップショットは100年以上の写真史を一気に加速させるだけのパワーを持って迫ってくる。
「量は質を転化させる」ということなのだろうか?ここに充溢している「視覚を巡る冒険」の数々は、写真というものの表現がまだまだ開拓され尽くしてはおらず、それどころかいまだに未開の沃野であることを思い知らせてくれる。
■今そこにある新しい視覚体験
最初に感じたことは、本来写真家の個人名のもと、何らかのテーマ設定と緊迫感によって成立している写真集と対比をしてもこの写真集の力は色褪せはしないということ。むしろ写真家の記名性がないことによって、先入観なく観ることができる(直接その画像と対話できる)というメリットもある。
そしてその次に感じたのは、「テイクとメイク」とか「ストレートとコンストラクテッド」のような表現の対立軸、手法や意図、意思の違いによるコンフリクトのようなものが感じられないこと。これはつまり巨大な持ち寄り型の画像データベース=フォトログの特性として、何かしら「党派性」のようなものが成立しづらいという傾向が背景にあるのかもしれない。
さらに言うと、この本の成功は、ただ一人でこの本を編集した編集者(アンドリューロング、ブルックリン在住の写真評論家。彼一人の手によるとはにわかに信じがたい!)の確信と編集力によるところが大きい。
まず、fotologにストックされている驚異的な量の写真の中に優れたアートがあることを確信したこと。そしてそれを独自の切り口で編集し直すことによってデジタル視覚表現の新たな兆しを抽出できると考えたこと。そして、実際にそれを行ったこと。これはまさしく偉業と言っていい仕事だと思う。
まずもってあの画像の大海から一定の審美眼で写真をチョイスして、それを破綻なく、ただの無茶苦茶ではなく、発見と驚きの感覚を失うことなく(この鮮度とワクワク感はぜひ味わっていただきたい)、本にまとめあげるプロセスは遠大で、想像するだけでゾッとする。
■ツールのコモディティ化は新しい才能を生み出すのかもしれない
でも、その一方で「デジカメは性能向上と価格低下を繰り返し」「画像編集ツールの能力とそのノウハウは年々アップし」「それまで一部のプロフェッショナルとマニアに閉ざされていた写真の技法と感覚の両面に於けるシェィプアップはどんどん民主化している」のだから、この本の出現は当然の出来事だといえるのかもしれない。
これはごくごく普通の日常風景として、恐らく普通の主婦が家事の合間に子供を撮る・・なんていう普通の行為が、そこでちょっと照明の工夫をしてみたり、あるいは意識的にブレやボケを使った撮影をしてみたり、仕上げの段階でちょっとだけフォトショップを使って手を加えてみる。などすることで、かなりの確率でただのスナップがその域を軽くワープてしまうようなケースが増えているんだと思う。
これは自分も経験したことなのだけど、なにしろデジカメはフィルムなど消耗品についての心配が一切要らないので、明らかなミスショットも含めて幾らでも試行錯誤ができる。で、不思議なもので工夫をしながら撮りまくっているとイヤでも写真の腕は上達する。
その気になれば、1日千枚撮るなんてそう大変なことでも無いから、毎週日曜日に千枚撮っているだけでも、半年もすれば3万枚ほど撮影できる。3万枚も撮っていれば必ず何か発見があるし、それなりに自分の視点とか意図の活かし方といったものが生まれてくるものだ。それはきっと「視覚」が研ぎ澄まされて、「日々見慣れているものが新たに蘇ってくる」ような感覚だと思う。だから、本質的には機材や編集環境の熟成も当然ながら、対象を見る眼の集中、鋭敏化のほうが写真表現の底力をエンパワーしているように思う。
しかも、fotologやFlickrなどのフォトブログは、その新しい視覚体験をネット上で距離や時間を越えて共有できるから、「ただ撮影して終わり」ではなく、「その画像について相互に語り合える」ため、それ自体が「共感と批評のネットワーク」として機能することによって視覚体験をさらに意識化したり、より研ぎ澄ましていくための契機になったりする。
■ウェブのダイナミズム(生々流転)を本がフリーズドライする
そして、その新しい視覚体験について、上のような状況がすんなり理解できるというのも、この「fotolog.book」のもたらしてくれた価値だ。本というものの美点として、(1)編集意図を明確にフリーズできる(書き換えができない、外部リンクが無い)という点と、(2)パブリッシャーが「出版する」というゲートウェイを用いることで一定の価値の担保がされている(と、看做される)という点があると思うのだけど、本のカタチにならなければ、ここまで豊かな視覚体験のストックがあることに気づく機会はしばらくなかったかも知れない(※選択された写真の純度が高いため、ハズレがとても少ないことが奏功している)。
自分自身、仕事の関係でフォトブログに触る機会やレビューするチャンスもかなり早い段階からあったにも関わらず、その当時(Flickrのサービス開始当時)はまだコミュニケーション性やコミュニティ性といった、よりネット的なアクティビティに関心を覚えたため、「fotolog.book」に観られるようなアート性については特に感じる部分はなかった。
また、「fotolog.book」にあるような編集・出版のスタイルにも学ぶべき点は多く、アナロジーとしては「iTunesで編集してiPodで聴く」ようなスタイルに近いものを感じた。
つまり膨大な画像ストックは日々流動して、そこから生まれる相互コミュニケーションを通じてお互いの創意工夫は活性化される。そして、そのプロセスをどこかの時点で、ある視点によって切り取り焼き付ける=それが編集・出版である。といったようなタスクの分割が考えられるのではないか?
■新しいギャラリーシステム誕生の予感
さらに言うと、こういった編集・出版スタイルの先には当然アーティストの発見とそのキューレーションという新しいタイプのインキュベーション=ギャラリーシステムが考えられるのではないだろうか?既に、「fotolog.book」を観ていても「こいつは凄い!」とか「こいつは新しい!」とかいろんなタイプの才能の萌芽を感じる。それをどのように引き出し、どのように市場化していくのか?恐らくそのステップはもう目前なんだろうと思う。
ちなみに、「fotolog.book」には日本人の作品も多く取り上げられているし、中には非常に優れた視点のものもある(執筆者は東京在住)。それを観ていると写真機材中心のカメラ雑誌や、ほとんどビジネスとしては成立して無いと思われるアートフォトの市場など、閉塞的と思われる日本のフォトカルチャーも、気が付けばこういった国境の無い表現空間の機能的優位によって軽々乗り越えられるのかもしれない。
技術的にも意識的にも旧来のカメラ文化の尻尾を引きずっていない分撮影者の視覚はとても自由だし、最初から世界市場が相手だから、ドメスティックな問題に関わるマイナス部分を意識する必要も無い。
ただ、今日のコンテンポラリーアート市場は現時点では、「fotolog.book」に観られるようなアクティビティーとは全く無縁であり、フォトブログで評価されることとアートの世界市場で評価されることの間には一切連続性はない。
だが、その分断も今目の前の現実がそうだというだけの話でしかないし、表現の民主化がもたらす新しい視覚表現はそういった分断状況を塗り替えるだけのパワーを十分に持ちえていると考える。明日のウォーホルは東京在住の名も無い主婦なのかもしれない。
フォトブログから続々生まれる新しい視覚表現がアート市場に対してどのようにアクセスしていくのか?楽しみに見守りたいと思う。
参考リンク:
fotolog.book: A Global Snapshot for the Digital Age
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0500512515/250-2727336-3153007
「fotolog.book」から考えるデジタルパブリッシャー コミュニケーションのローコスト化が生み出す新しい本
http://rblog-biz.japan.cnet.com/takahito/2006/06/foto_2739.html
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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