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機械かどうかの問題ではない
グーグルはストリートビュー(以下、ストビューと略す)を機械的な自動システムとして構築している。カメラを搭載した自動車を運転しているのはもちろん人間だが、リリースされたストビューに人間のにおいはほとんど残っていない。「ロボットが高速に道路を移動しながら撮影したものだ」と言われても、信じてしまいそうだ。
しかし私はここで、「機械が撮影したものはけしからん」というようなラッダイト(機械打ち壊し)的な議論を展開しようとしているわけではない。なぜなら、機械かどうかというのは、実のところ重要な問題ではないからだ。
たとえばグーグルはインターネットにGooglebotという自動プログラムを放ち、ウェブページの情報を自動収集し、検索エンジンのインデックスを作り上げている。だがこの事実をもって、「検索エンジンは気持ち悪い」と感じる人は多くはないだろう。
一方で、人間が撮影した写真がすべて許されるわけではない。essaさんがブログ『アンカテ』で紹介した「ストリートビュー批判の『Google の中の人への手紙』の海外での反響」では、樋口理さんの「日本の都市部の生活道路は生活空間の一部で、他人の生活空間を撮影するのは無礼です」という論考に対して、こういう批判が出ている。
日本人が生活空間で写真を取ることを気にするって、それはいったいいつの話をしてるんだい?
僕は、ドイツのハイデルベルクの近くに住んでいる。ハイデルベルクは美しい都市で観光客も多い。どういうわけだか、日本人のツアーの集団がよく僕の住む通りにやってくる。そしてどういうわけだか、日用品の買い物をしている僕をしばしば写真に取る。僕は、「買い物に行く典型的なドイツ人」といったタイトルでたくさんの日本人のアルバムに自分が収まっていることを愉快だと思う。僕はアメリカ人でドイツ人じゃないから、特に愉快だと思う。
ともかく、典型的な日本人は、自分たちの生活空間はプライベートにしておきたがるけど、他人のはパブリックにしたがるものだという理解でいいのかな?
このアメリカ人は自分が観光客に撮影されることを「愉快(amusing)」と表現しているけれども、中にはそうした不躾な目線で撮影されることを不愉快に思う人もいるだろう。
よそ者の不躾な目線
「生活空間を大事にしている」はずの日本人観光客は、ではなぜ海外では不躾な目線で他者の撮影を行えるのだろうか。その理由はただひとつ――日本人観光客にとって、ドイツに住んでいるドイツ人は見知らぬよそ者であり、そうしたドイツ人の存在は単なる通りすがりの風景のひとこまに過ぎないからだ。自分の住んでいる日本の地元の街は世間というコミュニティの内側、つまり「身内」だが、ドイツの街角は世間の外の「よそ者」であり、そこは日本人にとっては同じ人間の住む街としては認められていない。
樋口さんのエントリーを私なりに補強するとすれば、こういうことだ――日本の街の生活空間は、世間の内側である。世間の内側であるから、身内(ご近所さん)同士では、覗き覗かれても許される。しかしそこにグーグルというよそ者が闖入してくることはどうにも我慢できない。
つまりそこではプライベートとパブリックという関係が、個人(とその家族)vs社会の対立ではなく、身内vsよそ者という対立に転化されてしまっているのである。
一方で、世間という親密な空間の中で、お互いによく顔を見知っている者同士が、写真を撮影しあうことは当たり前のように許されている。そしてこうした許可のされ方は、実のところこれまでグーグルという企業がインターネットの世界の中で占めてきた位置関係と、かなり近いようにも思えるのだ。
グーグルは永らく「身内」だった
グーグルは1990年代末に設立されて以来、「技術者中心の会社である」「西海岸のTシャツ族」「ネットユーザーと同じ立ち位置」といった印象を普及させることに成功してきた。それはかなりの部分幻想だったかもしれないが、しかしその幻想の中で、多くのユーザーは自分とグーグルが対等な立場にあるような雰囲気、つまりグーグルに対してある種の「身内」的な感覚を持つようになった。「グーグルは何でも理解している」という感覚だ。
そしてこの身内感覚を、以下のようなネット独特の構造が補強していた。ネットという空間は、(1)個人データの可視化が承諾済みの世界であること、(2)個人データが可視化されるかどうかをユーザーの側が選択できること、そして(3)外のリアル世界から隔絶されていること、という3つの特徴を持っている。
インターネットという空間は共同体は、承諾済みの世界である。グーグルはグーグルボットを使って不躾にウェブをクロールし、フレンドコネクトを使ってSNSの人間関係を可視化していくが、しかしそこではデータの可視化はすでに承諾され、約束されたことがらである。
われわれはインターネットはしょせんは「自分という多面体的な人間性のごく一部を表現したもの」にしか過ぎないと思っている。
だからそこでデータが可視化され、多くの人々によって共有されていくことについては、さほどの抵抗感はない。
さらにインターネットという世界は、自分が可視化されることを拒否することもできる。検索エンジンに捕捉されたくなければ、ウェブページに「User-agent: Googlebot Disallow: /」と記述すればよい。グーグルの自動プログラムの訪問を遮断することができる。
そこでは人間でさえもがマイクロコンテンツであり、ひとつのオブジェクトだ。オブジェクトであるということは、つまりはインターネットという構造化された世界の中で、自分の居場所をどこに定めて、どのようなかたちでネット空間と向き合わせるのかということを、ある程度は定義できるということだ。
リアルでネットの構造は承諾されていない
これまでこのインターネットという承諾済みの空間は、リアル世界とは距離を保って進化してきた。
しかしこの限定的なネット空間から一歩足を踏み出すと、そこには地平線まで続く野原が広がっている。そこで出会う人間は生身の肉体を持っており、誰とどこでぶつかり、どういう行いをするのかということは、きわめて曖昧に起こり、なんの規則性もない。自分の居場所を構造の中に固定できるようなシステムが存在しないのだ。
そういう世界では、自分のデータが可視化されるということは、すなわち生身の自分が社会にさらけ出されてしまうような感覚になる。自分のデータを可視化されると、生身の肉体にずかずかと足を踏み込まれるような感覚を呼び起こしてしまう。つまりはプライバシーを侵害されているという不安だ。
しかしいまやインターネットのサービスは、ネットというバーチャルな空間から外にこぼれ出し、リアル世界へと侵略を始めている。ストビューはその先兵的な存在として、リアルの世界に出てきた。リアルの世界におけるグーグルは、もはや身内ではない。生身の肉体を物理空間にさらけ出して生きているリアルの人間たちにとっては、グーグルはよそ者なのだ。
マトリクス化してみた。こんな感じになる。
| 機械 | 人間 | |
|---|---|---|
| 身内 | ウェブ検索 | 友達の写真 |
| よそ者 | ストリートビュー | 観光地のカメラ |
どのようにしてストビューに選択権を取り戻すのか
いずれにせよ、リアルという広大な世界の中で、二度とグーグルはネットの親密空間のような「身内」感覚を取り戻すことはできないだろう。
もしそうだとするならば、ではグーグルはストビューのようなサービスを展開し続ける限り、永久に非難され続けることになるのだろうか。しかしそれは、現実的ではない。ストビューはリアル侵略の先兵であるけれども、しかし唯一ではないからだ。
たとえばストビューの後には、ウィルコムが全国16万か所の基地局にカメラを設置するというプロジェクトが動き始めているし、ケータイを使ったライフログビジネスの台頭もある。AR(オーギュメンテッド・リアリティ、拡張現実)テクノロジも進捗著しい。アメリカや日本、さまざまな国、さまざまな企業、さまざまな分野で、いっせいにリアル空間をウェブと結びつけるビジネスがいっせいにスタートしようとしている。
もしそうしたテクノロジやサービスの侵略が防げないものであると仮定するのであれば、残る策は実のところひとつしかないようにも思える。
それは、リアルの世界を構造化し、生身の人間をオブジェクト化し、リアルの世界における自己情報コントロール権を確立していくことだ。その新たな世界においては、自らをクロールされるかどうかを、事前選択できるようになる。
ストビューに関して、ブログ『小鳥ピヨピヨ』のいちるさんが面白いエントリーを書いていた。『Googleストリートビューから自分を守る方法』。これは笑えるジョークだけれども、未来永劫にジョークのままではないかもしれない。将来、すべての建物や道路、街路樹、さらには人間までもがAR空間の中でオブジェクト化されて、タグをつけられるようになれば、そのタグに「rel="nofollow"」や「User-agent: GoogleStreetView Disallow: /」と記述しておけば、ストビューから可視化されないですむようになるかもしれないからだ。
今週の『ネット未来地図レポート』
有料メールマガジン『佐々木俊尚のネット未来地図レポート』は今週、今回のエントリーで言及したストビューに関連し、ストビューのようなサービスが進化していった先にどのような世界が待ち受けているのかを、具体的なプロジェクトや研究などをもとにして描いています。検討している進化の方向性は、次の4点。
(1)リアルタイムビュー
(2)メタバース(3D空間サービス)との連動
(3)自分の実際の居場所との連動
(4)建物や道路、街路樹などの検索可能化
なお9月は全5回の配信を予定。現在のスケジュールは以下の通りです。
9月1日 データポータビリティ〜個人のデータは誰が所有しているのか?
9月8日 ブランドストリームという新しい潮流
9月15日 テレビのセットトップボックスプラットフォームは誰が握るのか
9月22日 ノマドという新しい時代の働き方がやってきた
9月29日 ネット・オークションというビジネスモデルの終焉
お申し込みは、『佐々木俊尚公式サイト』まで。月額1000円、法人割引もあります。
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