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毎日新聞社内で何が起きているのか(下)

2008/08/11 16:38
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プロフィール

佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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毎日上層部と会って話した

 7月20日に毎日新聞が低俗記事についての検証紙面を掲載したが、その直前に私は同社の上層部の人と話す機会があった。このとき私は、次のように話した。

 ――マスメディアとインターネットの対立は、団塊の世代をはじめとする中高年と、30代のロストジェネレーション世代を中心とした若者層の世代間対立という背景事情を持っている。この対立はブログ論壇がネットの空間の中に現れてきた2004年ごろからくすぶりはじめて、2005年には郵政解散でこの対立が顕在化し、小泉元首相批判を繰り返したマスメディアに対しネット世論は小泉指示に回った。小泉圧勝という結果は「マスメディアよりもネット世論の方が正しかった」という初めての勝利体験をネットの世界にもたらしたが、しかしその後はこうした対立が鮮明になるような状況は生まれてきていなかった。これがある種の焦燥感となって「ブログの世論はリアルに何の影響も与えていないじゃないか」という悲観論の台頭を許す結果となり、「ブログ限界論」という言葉で語られるようになり、〇七年末にブログ圏で大激論を巻き起こすことになった。

 ――毎日新聞は団塊の世代が役員や編集幹部を務めており、団塊の世代やそれよりも上の世代のために作られたマスメディアである。それは若い世代に説得力のある言論空間をまったく生み出していない。インターネットに対して根拠のない批判を繰り返しているのも、若い世代に対する年配の世代のある種の危機感の表れでしかない。

 ――こうしたくすぶり続ける対立状況の中で、毎日という団塊世代を象徴するようなマスメディアが、あり得ないような事件を引き起こした。これは単なる局所的な紛争ではなく、ネットとマスメディア、そして世代と世代の対立の戦争である。毎日の低俗記事問題は、まさにその戦争のトリガーとなったのだ。

 ――ブログにせよ2ちゃんねるにせよ、ネットの言論空間で最も重要視されるのは、可視性と論理性である。つまりものごとのプロセスをきちんと開示すること、そしてその上できちんと無理なくロジックを積み上げていくような議論が求められている。毎日の事件発覚後の対応は、同じマスメディア仲間に対してであれば許されたかもしれないが、しかしネットといういまや巨大化した世界に対する対応としてはあまりにも不十分である。多くの人が苛立っているのは、公式コメントの向こう側で毎日社員たちがいったい何を考えているのか、ネットとどうつきあおうとしているのかというその姿勢がまったくオープンにされていないことだ。

 そのようなことを述べた私に対して、「ネットの世界でわれわれの考えをオープンにするというのは、どのようなことをするということなのか」と聞かれた。私は「方法はいくつもあるだろうが、とにかく肉声で、本音ベースできちんと一連の騒動を語ってほしい」と答えた。だが残念ながら、現段階でそのような表明は、毎日の側からは公式には行われていない。

毎日幹部へのロングインタビュー

 しかし実は私はこの時期、毎日新聞社から内容についての了解を得た上で他媒体に掲載するという約束のもとに、同紙デジタルメディア局幹部に長時間のインタビューを行っている。このインタビューの中で幹部は、実に率直にかつ真摯に、今回の事件の背景や事後対応の内情などについてつぶさに語ってくれた。ただこのインタビュー内容については、残念としか言いようがないのだが、現段階では公表できない。毎日の本当の内情を幹部みずからの言葉で語っており、驚くほどに興味深い内容で、絶対に公表すべき内容だと私は考えているのだが、しかしこのインタビューに関しては、最終的にゴーサインは出なかった。理由は後で述べる。

 ただしこのインタビューを行ったという事実に関しては、外部に公表すると毎日側にも通告してある。なぜ公表を決めたのかと言えば、実のところ私自身の個人的なリスク回避の問題だ。

 こういうことである。実はこの取材を行った数日後から、このインタビューを私が行ったという事実が、外部にあちこちでリークされていることがわかった。それが毎日社内からリークされているのかどうか、またなぜそのような情報が出回っているのかという理由もわからないのだが、「佐々木と毎日が何らかの裏取引をして、インタビュー記事をストップさせることに合意した」というような事実ではない偽の情報が、ひとり歩きしてしまう恐れがある。

 そのリスクを回避するためには、インタビューを行ったことをこの段階でいったん公表する方が良いだろうという結論に、私なりに達した。新聞業界というのはきわめて政治的で、恐ろしいところである。何が起きるのかわからないので、リスク回避をこのようなかたちで行うことについてはお許しいただければと思う。

 さて、なぜゴーサインが出なかったのだろうか。「営業現場へのさらなる波紋を回避したい」というのが毎日の側の理由だが、その背景には、毎日の「情報開示」に対する姿勢の問題がある。この会社の主流派の人たちが、社会に向けての情報開示についてどのような姿勢を持っているのかということを、象徴的に示しているのだ。

なぜ「ネット君臨派」は怒っているのか

 前回のエントリーでも書いたように、毎日社内にはインターネットに批判的な「ネット君臨派」の人たちがいて、彼らはネットに対しては情報を徹底的に絞るべきだと考えている。「情報統制派」という呼び方をしている人もいる。彼らは「検証紙面以外に情報を出す必要はない。余計な情報を出すと燃料投下になる」と言い続けている。だから社が検証紙面で打ち出したおわび以外に、幹部がインタビューで自分自身の言葉を使い、自分自身の気持ちを率直にしゃべるなどということは、絶対にするべきではないと考えている。彼らの戦略はただひとつだ――余計な情報は出すな、ネットの連中は黙殺しろ。

 彼らは前回のエントリーに関しても、「佐々木の記事が新たな燃料投下になった」とカンカンに怒っているらしい。実際、私が前回のエントリーを公開し、その中で「現在は毎日jpへの広告が復活している」という趣旨のことを書いたことで、毎日新聞の広告主に対する電凸が再び行われ、広告は再びストップした。だから彼らは「佐々木は毎日を潰そうとしている」「社内の事情も知らないくせに妄想を書きやがって」と私を激しく非難しており、「誰が情報を佐々木に漏らしているのか」という"犯人"探しも行われているようだ。これらをすべて、私は毎日社内からのメールで知った。

 しかし一方で、ネットに歩み寄るべきだと考え、情報を統制すべきではないと考えている「反統制派」の人たちからは、私に次のようなメールも送られてきている。「会社の幹部たちが、なぜ情報を統制しようとしているのか理解できない。社内の情報をすべて表に出して、謝罪してゼロから出直すべきだと考えています」「そこまでしてネットと対決して何をもたらすのか、先に何が待ち受けているのかわかってない人が多すぎます」。しかしこうした声は残念ながら多数派ではなく−−あるいは社内におけるサイレントマジョリティなのかもしれないが、しかし大声にはなっておらず、「情報統制すべき」という大声にかき消されてしまっている。

 私は毎日新聞の社員でも重要な取引先でもなく(最近は毎日関連の仕事はほとんどしていない)、毎日を援護射撃して盛り上げようとは思わないし、逆に潰そうなどという大それたことも思っていない。ただ新聞というマスメディアとしての責任と、きちんと取るべきスタンスを取ってほしいと求めているだけだ。そうしなければ新聞社というマスメディアとネットの正しい関係は生まれないし、ネットにも良い未来をもたらさないと思っている。しかし毎日社内の多くの人たちには残念ながら、そう理解してもらえていない。

燃料投下とはそもそも何を意味するのか

 もちろん、毎日の統制派の言うように、「情報を出すと2ちゃんねるに対する燃料投下になり、スレッドがまた伸びてしまう」という彼らの考え方は、短期的な視点に立てば、決して間違いではない。マーケティング業界でも、ブログ炎上対策のひとつとして「余計な燃料投下は止めておこう」といったことがよく言われている。だがここで言われている「燃料」というのは、いったい何を指しているのかということを、もう一度考えてみてほしい。

 一般にブログ炎上対策で言われる「燃料投下」は、無駄な反論やコメント削除などのことを指している。きちんとした説明や情報開示は「燃料投下」とは呼ばない。最近は少しずつ定義が拡大し、たとえば船場吉兆のように、あとから「実はこれもやってました」「あれもやってました」と実態が少しずつばれてしまい、、どんどんひどい実情が明らかになっていくことも「燃料投下」と呼ばれるようになってきている。だがここまで定義が拡大しているとしても、「きちんと情報を全面的に公開すること」「当事者が自分の言葉で率直に気持ちを語ること」は、予想もしなかったようなさまざまな波紋を投げかけるかもしれないが、しかし決して「燃料投下」とは呼ばれるようなネガティブな行為ではない。

 インターネットというのは、場である。その場に新たな情報が投げ込まれれば、水面に石を投げ込んだときのように必ず波紋が起きる。ブログのエントリーはアップされ、2ちゃんねるにスレッドはできる。はてなブックマークでブクマがされる。電凸も行われるだろう。

 そうした「波紋」を主導しているのが、掲示板やブログを荒らしを行っているような少数の人間であるのなら、たしかに無視してもかまわないだろう。ブログのコメント欄に粘着質かつ無意味な書き込みをしてくるような人物はいつの時代にも存在するし、そうした人物にいちいち関わっていても、得るものはほとんどない。無視するのは当然である。

ネットユーザーは「荒らし」ではない

 だがネットで言論活動をしている2ちゃんねらーやブロガー、はてブユーザーたちの大半は、そのような「荒らし」ではない。もちろんネットの世界は、決してフラットではない。秀逸なエントリーや作品などのコンテンツを生み出す人や、それらのコンテンツを的確に批評する人などのインフルエンサーがいる。そうしたインフルエンサーを支持し、あるいは批判して、ブックマークしたり、コメントを加えたりする人もいる。さらには他人の意見に流されやすく、付和雷同してしまう人もいる。そうした重層構造によってネットの世界は構成されていて、彼らのインフォコモンズ(情報共有圏)の集合体によってネットの言論空間はここまで育ってきている。

 しかも彼らの多くは(おそらくは)まっとうな生活人であって、そもそもがネット人口がこれだけふくれあがってきている中で、社会の少数派ですらなくなってきている。いまや多数派といっても良いほどの一大勢力となっているのだ。そのような状況の中では、ネットの世論はリアルの世論に限りなく近づきつつあるし、この世界を無視しては世論形成さえおぼつかなくなってきている。おまけにネットの世界はいまや、電凸という良くも悪くもリアル世界に影響を与える武器を手にしてしまっている。ネットからリアルへの戦線の拡大は、今後もますます大きくなっていくだろう。

 しかし新聞社の側は、その事実をまだほとんど認識できていない。認識できないどころか、いまだに「ネット利用者は少数派の気持ち悪い連中」と思い込んでいる。おまけに「燃料投下」などというゴロの良いネット流行語にすっかり踊らされ、誤用した挙げ句に変なネット対応にはまり込んでしまっている。私にはその姿は情けないものにしか見えない。ネットに踊らされた挙げ句に「君臨」されてしまっているのは、彼ら自身だ。

 実際、PJニュースの「インターネット関連のメディアには回答できない=毎日新聞英語版の検索エンジン拒否で」という記事では、取材に対応せず情報を統制することが、逆に見事な「燃料投下」になってしまっているではないか。

なぜ炎上を恐れるのか

 正しいやり方でまっすぐに情報を提供していけば、いったんは燃え上がるかもしれないけれども、それは否定すべき「炎上」ではない。それらはただ燃え上がらせるための「燃料」ではなく、じっくりと問題を考えてもらうための「燃料」なのだから。そもそも炎上を防いでネットの空間を制御しようという考え方自体が誤っているのであって、ネットの空間を制御することなどできない。私が書いているこのエントリーだって、いつ批判の対象になるかは私にもまったく予想できない。ただ正しいことを書いていれば、誰かが賛同してくれるだろうと信じて書いていくしかない。「燃料投下をやめて情報を絞ろう」「情報を統制してネットが燃え上がらないようにしよう」などとコントロールできると思っているのが大間違いなのだ。

 インターネット時代の危機管理とは、徹底的に情報をオープンにし、発生経緯から事後対応の些細なことまですべてまとめて表に出してしまうことである。ネットという冷酷で、しかし信頼の高い世界では、「内輪だから」「偉いマスコミだから」という理由では、誰も許してはくれない。徹底した情報開示こそが、この信頼世界で生きていく術なのだ。

 前回のエントリーを公開してから、私のところに来たある新聞社の中堅幹部は「うちの上層部も、毎日の事件で震え上がってますよ」と言った。震え上がっているのだったら、どう震え上がっているのかを書いてしまえばいいと思うのだが。

「……こいつは怖がっているぞ!」

 『スターシップ・トゥルーパーズ』というSF映画がある。ロバート・A・ハインラインの小説『宇宙の戦士』をポール・バーホーベンが映画化した一九九七年の作品だ。昆虫型異星生物(バグス)が地球に襲来してくるというお話で、兵士たちの奮闘ぶりがストーリーの軸になっている。この映画の最後の方で、バグスの頭脳部分を担っているブレインバグスを地球連邦軍が捕獲するというシーンがある。バグスは凶暴な昆虫で、いったい何を考えているのかがさっぱりわからない。さっぱりわからないが、次々に襲来してきては、地球人を殺戮していく。彼らが何をいったい考えているのかを地球人としては知りたくてしかたない。そこで主人公のひとりで、他者の心を読む超能力を持ったカールが捕獲したブレインバグスに初めて手を触れ、心を読み取る。そして数秒後、まわりで見守っている兵士たちに向かって、カールは嬉しそうな表情で叫ぶ。

「……怖がっている。こいつは怖がっているぞ!」

 いまの日本の新聞社とインターネットの関係は、ブレインバグスと地球人ぐらい遠い。ようやく「怖がっている!」と理解できた程度で、大半のネットユーザーは新聞記者たちが何を考えているのかさっぱりわからないという状況だろう。本来両者はメディアとして補完関係になっていくべきなのだが、まだ道のりははるかに遠い。新聞はインターネットをきちんと認識し、理解するところから最初の一歩を踏み出すべきだ。

朝比奈社長についてのお詫び

 前回のエントリーで、毎日の朝比奈豊社長は「東大農学部の全共闘メンバーだったと言われている」と書いたが、複数のルートから「朝比奈社長は全共闘のメンバーではなかった」というご指摘を受けた。同じ空気を共有していたのは事実だが、全共闘という組織のメンバーではなかったということだ。お詫びして訂正したい。とはいえ、朝比奈社長が学生紛争の世界に身を投じていたのは間違いない。私も本人からそう聞いている。

今週の『ネット未来地図レポート』

 有料メールマガジン『佐々木俊尚のネット未来地図レポート』は今週、「『1対1』と『多対多』が融合するケータイ小説マーケティングの可能性」というタイトルの記事を配信している。

  内容は、ケータイ電話の利用者空間がどのようなデモグラフィックによって構成され、そのデモグラフィックがどのようなビジネスにつながる可能性があるのかを、ケータイ小説のソーシャルメディア的性質から論じたものだ。ケータイ小説を愛読する女の子は、書籍をひとりで四冊購入するといった話を紹介している。今後ケータイ小説がサブコンテンツ展開からどう進化していくのかという可能性についても言及している。

 次週は8月18日、「電子書籍ビジネスが新たなフェーズへと入りつつある」を配信する。

 お申し込みは、『佐々木俊尚公式サイト』まで。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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