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暗黙共同体へ−秋葉原事件で考える

2008/06/20 16:44
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プロフィール

佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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ジモティの若者と会った

 ある晴れた五月の午後、地方に住んでいる二十代後半の若者に会った。ここではA君と呼ぼう。A君は、小さな工場で働いている。おそらく収入が三百万円に満たないが、でも恋人もいて、人生には充足しているように見えた。笑顔が素敵で、いつも朗らかな表情をしている。思春期は不良だったというが、いまはその片鱗もない。

 A君は生まれ育った土地にずっといて、中学や高校のころからの仲間たちが、周囲にはたくさんいる。その仲間の数は、おおよそ四十人。最初は数人の小さなグループからスタートしたが、数年のうちにここまで大きくなった。暴走族や暴力団のような反社会的要素はなく、ただひたすら集まって騒ぐだけの集まりだ。

 「集まったときに何を話すの?」と聞いてみると、A君は言った。「音楽の話とか、ゲームの話とか」「みんなでゲーム機を持ち寄って、一緒に対戦したりとかさ」。仲間が溜まり場にしているカフェが地元にはあって、仲間の中でもリーダー的存在の兄貴が経営している。A君はとくだんの用がなくても頻繁に店に立ち寄るという。「ここに来れば誰かいるし、常につるんでいたいっていう気持ちがあるんだよね」。

 こうも言う。「引っ越しの時は、誰かがトラックを調達して手伝いに来てくれる。親が病気で倒れたら、すぐに看病に駆けつけてくれる。失恋したら心配するのを通り越して、『おまえが悪いんじゃないのか』って思い切り説教されたり(笑)。ありのままの自分でも、すべて受け入れてくれる仲間がそこにいるって感じかな。話したいって言えば、一晩中オールでつきあってくれる。そういう仲だ」

 「東京に出て行こうとか、そういう気持ちは?」と聞くと、A君は「とんでもない」という顔をして首を横に振った。「東京に出て行ったら店とかたくさんあるかもしれないけど、カネがかかるよね? おまけに仲間は誰もいない。地元にいれば仲間はいるし、別に生活には困らないし、それで十分。別に将来何かになりたいとか思ってないし、いまの状態が永遠に続けばそれでいい」
 ――いまの状態が幸せってこと?
 「うん、そうなんじゃないかな……家族がいて、恋人がいて、仲間がいて、そういうのが自分の価値だし」
 彼は東京の優秀な大学に進学して出て行った、上昇志向の若者たちに対しては、敵意を感じるわけでなく、かといって仲間意識を持っているわけでもない。ただ「別の世界の人間」と思っているようだった。

アス・アンド・ゼムの人生観

 イギリスには、「アス・アンド・ゼム」という言葉がある。「俺たちと奴ら」。俺たちは労働者階級、奴らは中流・上流階級だ。この言葉は労働問題の用語としては、「奴らは信用できないが、俺たちは団結して戦うんだ」という労働組合の階級基盤を説明する用語として使われてきたし、あるいは労働者階級の人生観を説明する用語にもなってきた。「あいつらはカネもあっていい生活をしているかもしれないが、毎日追われて大変そうだな。俺たちはカネはないが、仲間がいて毎日楽しいぜ」というわけだ。

 先のA君の話を聞いてると、彼のような若者の間では、ついにイギリス的な「アス・アンド・ゼム」の人生観が確立しつつあるのではないかと思われる。三浦展氏がベストセラー『下流社会』で指摘していた「ジモティ」的な若者たちの、新たな人生哲学である。

 しかし一方で、地方出身の若者の全員が、A君のようにジモティとして楽しく暮らせるというわけではない。

 「闇金ウシジマくん」(ビッグコミックス)という衝撃的なまでにリアルに多重債務者の世界を描いたマンガがある。フリーター青年や見栄っ張りのOL、まじめな会社員、うっかり株の信用取引に手を出してしまった高齢者など、さまざまな人たちが闇金に飲み込まれ、身を持ち崩して破滅していく姿を、眺めているだけで嫌な気分になる生々しい筆で描き出しているのだが、その中でイベサー(イベントサークル)を運営する「ギャル汚くん男」の登場する回がある。

 おそらく「スーフリ」のワダさんをモデルにしたと思われるギャル汚くんは、2000人を集めたイベントを成功させることで、自分の存在感を発揮しようと必死になっている。ところが会場費の調達に苦しみ、おまけにチケットの売り上げ50万円を持ってくるはずの尚也は、女のトラブルが原因で凶暴な男に監禁されて暴行される始末。ギャル汚くんは男から「テメェー、イベサー、バンプスの代表なんだろ? 慰謝料100万円用意しろ!」と脅されてしまう。

 ギャル汚くんは仲間に協力をもとめるが、貧乏で年上のギャル汚くんを「お父さん」と呼んで小馬鹿にしている仲間たちは、「ってか、尚也の自業自得でしょ?」と取り合ってくれない。しかたなく彼は、「豚塚」とこっそり呼んでいる学校時代の先輩、石塚に救援を求める。豚塚は地元八王子に残って、地元で強者として意気揚々と暮らしている。

 しかしギャル汚くんの頼みに、豚塚は「今夜はダメだ! ヤクザの先輩と会う約束があるんだわ!」とけんもほろろだった。「そんなぁ! こーゆー困った時のために……イベサーケツモチ料毎月3万円も払ってるじゃないですか!?」とギャル汚くんが訴えると、豚塚は「なんだと、テメェイ!」と激高し、逆に「テメエ土曜にでっけェイベントやんだって? なンでオレに黙ってた訳? 売り上げの半分よこさねーと、またイジメちゃうよ?」と逆に脅しにかかってきたのだった。

ホーボーの誕生

 渋谷の街のすさんだ風景を見上げながら、ギャル汚くんは独白する。「豚塚みたく力のある不良は地元に残る。自分が優位に立てる場所を築いてふんぞり返っていられっからな!」「俺みてーな低学歴で力のねェ弱者が身を守るには、都心の人込みに身を隠すか、地元の実家に引きこもるしかねェ」「金も学歴も力もねェ弱者が優位な『何者か』になるのは大変だ。ほとんどの奴が不本意な単純作業が日常。だが、チャンスはある。人脈を利用して、上へ昇るチャンスが……」

 ギャル汚くんがどのような思春期を送ったのかは、この漫画では描かれていない。だが私が会ったA君は、こんなことを言っていた。「中学校、高校でいじめられて、そのまま地元に残れなくなって消えてしまう奴はたくさんいた。いじめられ続けて、人付き合いのしかたを教わる経験がなかったから、ますます孤立しちゃうんだ。秋葉原の事件の犯人も、そういう奴でしょう?」

 地元に残れず、地元の外に押し出された若者たちは、ホーボー化する。ホーボーというのは、20世紀初頭の不況のアメリカに現れた放浪労働者のことで、彼らは当時インフラ整備されつつあった鉄道網を使って無賃乗車で全米を旅し、日雇いの仕事をしながら移動し続けた。彼らのいる光景はアメリカの広大無辺の大地と接続されて、ある種のロマンを生み出したから、「ホーボー」には文学的な意味が付与されるようになり、ジャック・ケルアックやボブ・ディラン、「イージーライダー」のようなロードノベル、ロードミュージック、ロードムービーをアメリカ文化の中に生み出した。

 日本社会も同じように、多数のホーボーを生産し始めている。しかし日本の即物的な風景の中では、地元から疎外されてホーボー化した若者たちには、悲しいほどに何のロマンもない。ただひたすら即物的に、無機質な光景の中を工場から工場へと移動し続けているだけだ。この中から、いずれディランやケルアックのような文化が生み出される日はやってくるのだろうか? あるいはそれはロマンではなく、秋葉原の事件に体現されているようなダークで狂気の文化を生み出していくのだろうか?

 とはいえ、彼らの社会との接触は、決して断たれている訳ではない。

派遣労働者の生き方

 私は6月中旬、都内の空気の悪い喫茶店で、ある男性と会った。Bさんとしよう。ブルーカラーの派遣労働者。「いまだに童貞で、恋人ができたことはない」といきなり話し出す。コミュニケーション能力には若干難点があるように見える。自分の考えていることをロジカルにしゃべるのは得意だが、話す相手とのキャッチボールがうまくできていないように感じる。Bさんは「中学高校は、運動神経ゼロで友達もいなかったし、何ひとつ楽しいことはなかった」と述懐した。そうして高校を出てから非正規労働の世界に入り、以降十数年にわたって工場から工場へと渡りあるく生活を続けている。Bさんもホーボーだ。

 しかしBさんは高校を卒業してから、自分の趣味の世界を追求し続け、独学で勉強もした。その勉強は社会的成功は決してもたらさなかたけれども、趣味の世界で多くの人とつながることを可能にした。インターネットを介して、掲示板などを使って同じような趣味の仲間と出会った。テキストのみのネットの空間では、彼のロジカルな伝達能力がうまく作用し、他人とのコミュニケーションを円滑に行えたということも大きかったようだ。

 そうして彼は、その世界ではそれなりに知られる人物となり、その結果、ネットの空間から出てオフ会などに参加しても敬意を払われるようになり、自分の居場所をそこで見つけたのだった。ホーボーとして浮遊しているからリアルの物理空間で社会とつながるのは難しい。しかし彼はその代替物として、物理空間と切り離されたネット空間を社会との接続装置として利用できたのである。

 このエントリーで並べ立てて来たような人間層を列挙してみると、こうなる。

(1)都会に出て成功する上流層
(2)地元に残る下流強者。
(3)地元から排除された下流弱者その1。しかしネット経由で社会と接続した人たち。
(4)地元から排除された下流弱者その2。ネットでも社会に接続できず、絶望的な孤独に陥っている人たち。

 秋葉原事件の容疑者は、この(4)のセグメントに属するのだろう。彼のような存在が、社会と接続できる方法はなかったのだろうか。

暗黙の共同体

 ブログ「アンカテ」のessa氏は、深い絶望を検知するそのソフトは赤木論文に反応するだろうか?というエントリーで、犯罪予告の検知ではなく、人の絶望を検知するソフトの開発を期待している。私の考えていることは、この方向にかなり近い。私の考えているのは、秋葉原事件の容疑者のようなセグメントの人たちが、暗黙的に接続されるようなインターネットの中間共同体は生み出されないだろうか?というものだ。

 私はここ数ヶ月、「情報共有圏」という言葉を考えている。

 しばらく前、硫化水素で自殺者が相次いだとき、アマゾンで興味深い現象が起きた。トイレ用の洗剤として良く知られている商品を調べると、「この商品を買っている人はこんな商品を買っています」というレコメンドに、自殺に関する書籍が多数表示されるようになったのだ。ついでに書籍と並んで、「薬用入浴剤」「天然湯の花」「特大ポリ袋」「結束ロック」「タイマーコンセント」などの商品もお勧めされていた。

 もちろんこれは、単なるショッピングサイトの、単なるレコメンデーションシステムという即物的な関係に過ぎない。硫化水素の原料や自殺本をアマゾンでまとめて買い込んだ人たちも、お互いの存在を直接的に認知できない。しかしアマゾンで硫化水素の原料を買った人たちは、「この商品を買った人は自殺本も買っています」というアマゾンの表示によって、自分と同じように人生に悩み、絶望し、自殺というオプションを現実的な選択肢として考えている人たちの存在を知り、自分と同じ人生の最後を選ぼうとしている人たちの存在を、おぼろげながら認識している。

 その関係は地縁でなければ血縁でもなく、利益でさえも結ばれていない。目的も存在しない。ただ「自殺に関連する商品を選んだ」という情報でつながっているだけだ。さらに言えば、情報でつながっていると言っても、マスメディアの作り出す情報の圏域と比べれば、自殺関連商品を選んだ人たちの圏域は、はるかに小さい。でも小さいからこそ、おぼろげであっても、「そこに誰かがいる」ということを、自分の目で確認できる。

 これはひょっとしたら、情報を軸として構成されるある種の中間共同体ではないだろうか?ーーというのが、私の考えたことだった。もちろんそれはシステムにコントロールされた単なる即物的なつながりに過ぎないとはいえるし、旧来の定義で言う中間共同体ではない。アマゾンが中間共同体になるわけはもちろんなく、私が期待しているのは、アマゾンのように暗黙的に人と人を接続するシステムは、いずれはその暗黙的な関係を可視化させて、新たな人と人の関係を結ばせるようなシステムの実現へとつながっていくのではないかということだ。「自分が誰かとつながっていることを確認できる場所」を中間共同体と呼ぶのであれば、それは中間共同体に近い。

 中間共同体というのは、このようなものだーー自分という生身の人間を、社会という冷たく乾いた世界に対し、生身のままで向き合わせるというのは、つらく厳しい。だから人は、中間共同体というクッションを社会と自分の間に作り、その中間共同体に温かくくるまれることによって、社会との冷酷な対決を避けようとする。

 このような概念で考えると、硫化水素自殺を志向するわずかな数の人たちは、この社会との冷酷な対決に敗北し、その最後のひとときを迎えつつある中で、アマゾンという即物的なショッピングサイトの向こうに「自分と同じ考えを持つ悲しい人たち」の痕跡を見出しているのではないか。

 「私と彼/彼女はなぜつながっているのか」「私はなぜこの情報を読んでいるのか」というこれまで漠然としか認識できなかったさまざまな関係性を、人々に対して徹底的に可視化していく。可視化したうえで、その関係性というメタ情報そのものを、ひとりひとりに対して再集約していく。そうやって「私たちは世界とどう向き合っているのか」という構造を可視化していくと、それは中間共同体を生み出すのと同時に、「実はあなたは世界とこうつながっていくんだよ」というヒントを与え、人の存在論的不安を和らげる効果を持つようになるのではないか。

 もちろん、これをシステムがすべてコントロールしてしまうのでは、それはプライバシー監視システムになってしまう。そうではなく、自分が共同体との接続をすべてコントロールかたちで、社会と向き合えるようなシステムが生まれてこないものだろうか。そういうことを私は考えている。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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