久しぶりのエントリーだが、まずビジネス上の緊急連絡から。
ドメインのレジストラ移管のトラブルで、わたしがいつも使っているsasaki@pressa.jpのメールアドレスが不達になってしまっています。「佐々木からメールの返事が来ないけど、どうなってるんだろう」と思われた方は、お手数ですがsasakitoshinao@gmail.comまで再送していただけませんか。DNS浸透期間が完了するまで、この状況はしばらく続いてしまいそうなのでよろしくお願いいたします。
さて先日、ビットメディアの高野雅晴社長と話をしていて、匿名/実名の話になった。高野社長は以下のようなマトリクスを提示して見せてくれた。
| 実名 | 匿名 | |
|---|---|---|
| 特定 | 印鑑証明 | 購買証明 |
| 不特定 | ビンラディン | 2ちゃんねる |
実名ー匿名というのは、今さら言うまでもない。日本人なら誰でも持っている氏名を、明かしているかどうかということだ。特定ー不特定というのはこれとは少し位相が異なり、ある特定の集団の中で、その人がどの位置にいるのかを特定できているかどうかを指している。氏名がわかっていなくても、その人の位置を特定することは可能なのだ。
リアル世界の世の中の大半は、<実名・特定>だ。仕事や遊びで、ある人と知り合いになるということは、その人の職業や趣味志向、経歴、家族構成を知るということとかなりの部分でイコールになる。もちろん、どこの誰かわからない人とバーで会って喋って、結局それがどこの誰かわからないというようなケースもあるが、どちらかと言えば例外的だろう。
一方で、たとえばインターネットの匿名掲示板の世界は<匿名・不特定>だ。氏名は明かされず、加えてその人が書き込みしている人間の中でどの位置に存在しているのかも明かされない。もっとも最近の2ちゃんねるは、書き込みしている人のIPアドレスからハッシュされたIDが表示されるため、ある程度は<匿名・特定>になってきている。
だから実名であるということと、その人が特定できるかどうかということは、イコールではない。
高野社長は<実名・不特定>の例として、オサマ・ビンラディンを挙げた。確かに実名はわかっているが、どこにいるのかさっぱりわからないという意味では特定されていない。
しかしこのような例でなくても、もっと身近にも<実名・不特定>はある。たとえば「鈴木一郎」という平凡な名前は、たぶん日本国内には数千人ぐらいいるだろう。住んでいる場所や職業などがわからなければ、「名前が鈴木一郎である」というのは実名は明かしているけれども、しかしこの人がどこの誰であるのかというのは特定されない。これは<実名・不特定>だ。
一方で<匿名・特定>というのもある。
マトリクスでは「購買証明」と書かれているが、たとえばマーケティングの世界では、「鈴木一郎」という実名は必要な要素ではなく、「この商品を買ったID123456の人」ということが特定できれば良い。つまりアイデンティファイできれば良いわけだ。つまり商品の購買履歴によって、その人の位置を特定しているわけで、これは<匿名・特定>である。
これはライフログでも同じだ。ライフログというのは、ユーザーの購買や閲覧、検索などさまざまな行動履歴をもとにしてそのユーザーに特化したお勧めを行うというサービスを、最近は指して呼ぶようになっている。たとえば楽天市場で但馬牛焼き肉セット五千円を購入した人が、次の日には六本木駅と日比谷駅をNTTドコモのおサイフケータイで通過し、さらにその夜にはアマゾンでWii Fitを購入したとする。ではこの人にオンラインDVDレンタルのツタヤDISCASは、どんなDVDをお勧めしたら喜ばれる?ーーといったサービスだ。
この場合、この但馬牛を買った人が「鈴木一郎」さんであることを、システムの側は知る必要はない。逆にその実名を知ってしまうと、購買履歴を楽天やNTTドコモ、アマゾン、ツタヤDISCASで共有しようとした際に、個人情報保護法で禁止されている「顧客利用の外部提供」に抵触してしまう可能性がある。だったらこの購買履歴から何らかの方法で個人情報を抜いて匿名化(アノニマイゼーション)し、それを外部提供すれば良いという考え方も出てくる。つまり、これも<匿名・特定>なのだ。
これらは、「行動履歴」によるある人物の特定である。
そしてーーここが重要なのだがーー特定の要因となるのは、行動履歴だけではない。たとえばペンネームでブログを書いている人は、ブログのアーカイブという過去の蓄積によって、その人のブログ圏域における立ち位置が明確化され、この結果、ペンネームであっても<特定>になっていく。過去のアーカイブを蓄積すればするほど、ネットの中での同じペンネームによる行動が増えれば増えるほど、<特定>の度合いは高まる。これは「言論の積み重ね(アーカイブ)」による特定である。
さらに言えば、無署名の新聞記事というのも<匿名・特定>である。署名がないというのは匿名以外の何者でもないが、しかしその記事の筆者がどの新聞社に所属しているのかということは、完全に特定されているからだ。これは「所属」による特定である。
つまりおおざっぱに捉えてみると、インターネットの空間において、ある人物の特定には三つの要因があるということになる。「行動履歴」と「言論の積み重ね(アーカイブ)」と「所属」だ。
さて、しばらく前に池田信夫さんと天羽優子さんの論争というのがあった。J-CASTが月100万PVの人気個人ブログ 教授同士の名誉棄損論争が勃発という記事で取り上げたので、覚えていらっしゃる方も多いだろう。この論争の中で池田さんは、山形大学の学長宛に公開質問状を送った。池田さんは天羽さんの「所属」を問題にしたということだ。
一方、天羽さんの方は「なぜ所属によって私を特定する必要があるのか」と考えている。
天羽さんは別件で、神戸の会社の代表取締役と掲示板書き込みをめぐって訴訟を起こされ、係争している。。
この件に関して言えば、天羽さんは母校のお茶の水大学のウェブサーバでサイトを運営し、サイト内のプロフィール欄では略歴も公開していて、ほぼ実名を明かした状態になっている。これについて彼女は、私へのメールでこう語っている。
私は、その代表取締役とは以前直接メールでやりとりしたことがあり、その後、代表取締役はしつこく私が編集したサイトの内容や掲示板を引用して私を誹謗中傷する内容を自らのホームページで公開し続けていたという経緯がありまして、今回も、掲示板書き込みが誰によるものかを、原告である代表取締役は実際には知っている状態でした。
ところがこの代表取締役が提訴したのは天羽さんではなく、お茶の水大学だった。
事情をしらない大学に攻撃防御をまかせておいたのでは、十分な立証が尽くされないだろうと考えて、私は代理人を選び、独立当事者参加の申し出をしました。原告被告に次ぐ三番目の当事者として裁判所に赴き、裁判官の前で、問題の書き込みをしたのが私である旨弁論し、裁判官が「書き込んだ本人である天羽さんを訴えますか」と原告に訊いたところ、原告の答えが「訴える気はありません。」でした。名誉毀損訴訟をしておいて、その表現をした本人が裁判官の前で名乗り出ているのに訴えないということが果たしてあるのかと、不思議でなりません。
この代表取締役がどう考えているのかは、私は今のところ直接取材していないので判断できないが、いずれにせよ、池田さんと同様(と同一視すると池田さんはお怒りになるかもしれないが)、代表取締役は天羽さんの「言論の積み重ね(アーカイブ)」ではなく、天羽さんの「所属」を問題にし、「所属」によって天羽さんという人物の位置を特定しようと考えたわけだ。
天羽さんは私へのメールで、こうも書いている。
こんな問題が発生しているので、ネット上の表現の匿名か実名かという議論を読んでも釈然としません。ただ、この釈然としない感をきちんと論じることができる程に、私の考えの整理ができていません。私は、実名で表現すれば表現内容の責任は自分が負うことになると考えていたのですが、世の中そうなっていないようです。
天羽さんは「実名で表現すれば表現内容の責任は自分が負うことになる」と書いているように、自分を特定させるものは、「言論の積み重ね(アーカイブ)」であると考えている。そして実名を明かすことがその特定の強化につながると判断し、これまで実名で言論活動をしてきたわけだ。しかし代表取締役は、「言論の積み重ね(アーカイブ)」などでは個人の特定は不可能で、「所属」こそが個人を特定させる最大の要因であると判断したのだろう。
極論してしまえば、こういう人にとっては、天羽さんが実名である必要は全くない。お茶の水大学にサーバを借りている、山形大学で教員をやっている、という個人を特定できる「所属」さえ知ることができれば、べつに匿名だってかまわないのだ。つまり<匿名・特定>である。
つまり彼らが求めているのは「所属」であって、実名ではないのだ。実名主義者ではなく、所属主義者なのだ。「実名主義」「実名が大切」といった美辞麗句の化けの皮を一枚剥げば、その下には「おまえの会社を教えろ。上司にチクってやる」という恫喝が潜んでいる。
これこそが、所属志向である。つまりは「どこの誰が言っているのかが重要」という属人主義だ。そして所属先からの帰属圧力がきわめて強い日本社会においては、その人物を特定させる「どこの誰」は「所属」であって、それ以外の要因など何の意味も持たないということなのだ。日本人の多くはそういうふうに考えてきたし、いまもそういう思考に囚われている人はたくさんいる。たとえば前掲のJ−CASTニュースの記事のはてなブックマークコメント欄では、「佐々木氏の話が頓珍漢。肩書き無い実名って実名の意味無いじゃん」と書いた人もいた。私がこの記事で「背景には、『実名』をどのようなものとして捉えるのか、という部分に認識の差があることがあります。2人の場合は、池田さんが天羽さんを山形大とひと括りにしているのに対し、天羽さんは個人の立場を強調しています。大学という属性が責任を追うかどうかの認識が論争を極端にしたのではないかと思います」とコメントしたことに対する反応なのだが、所属(肩書き)と特定がイコールではないということに、何ら考えが至っていないのは驚くほどだ。
個人と個人のつながりは多層化しており、ある個人を特定させる要因も多面体的になってきている。企業内での位置が、その個人のすべての部分を表現しているわけではない。ある人物を特定するというその要因には、「所属」だけでなく「行動履歴」や「言論の積み重ね(アーカイブ)」も等価に存在している。要因はこれだけではない。ソーシャルメディアの進化した世界においては、自分がインターネット上でつながっている人たち(フレンド)の総体こそが、自分を特定させる要因となることも十分に考えられるだろう。
バーチャルの関係性とリアルの関係性は、どんどん等価になってきているのだ。そしてその社会の行き着いた先では、ひとりの個人が何に基づいて、自分という人間の責任を負うようになるのかを、もっと考えなければならない。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
「肩書のない実名に意味はない」論
Showky on 2008/04/26
apjこと天羽優子氏へ
「恫喝」とは聞き捨てならない言葉ですね。私が「名誉毀損」という犯罪をおかしたかのごとき記述をあなたがしたのを削除せよと要求するのが、どう恫喝なのですか。自分の行為が正当だと信じるなら、私信には私信で返信するのが常識でしょう。それを無断で公開しておいて、何が恫喝だ。
私は同様の「死ねばいいのに」という記述に対して、はてなに削除を要求しました。あなたはプロバイダ責任制限法も知らないのだろうが、肩書きなんか名乗らなくても、ウェブサイトの管理者は違法な記述を削除する責任を負うのです。
おまけに自分で「私信の公開はマナーとしてすべきではないことは私も同意する」と認めたのなら、私に謝罪するのが常識でしょう。あなたは、その程度の常識もない「訴訟魔」なのですか。
ikeda on 2008/04/25
神戸の吉岡氏ですが、私の方から、名誉毀損で、彼個人と彼が代表者をしていマグローブ株式会社と有限会社健康と寛容の神戸クラブの3者を相手取って提訴しています。
表現の内容からみて、代表者である吉岡氏が自身のビジネスのために磁気活水器へ批判の反論を公開したついでに行った名誉毀損であることはあきらかなのですが、答弁書で「会社は関係ない」等と主張してきました。彼の所属志向は、相手を恫喝するのに都合の良いときだけ使われるということのようです。なお、代表者が職務を行うについて第三者に対して加えた損害の賠償責任は株式会社にもあることが、会社法に定められています。
なお、池田氏の上記コメントですが、恫喝であることは誰の目にも明らかなので、論争の必要は感じません。組織が責任を負う文書であれば、○○課などと、組織の名称でもって公開されるのが「常識」でしょう。
apj on 2008/04/24
2ちゃんねるもしばらく前から IP を記録してあって、(「**を殺します」といった書き込みに対する)警察の要請があれば IP の記録を提供しています。取り締まる側にとってそうそう自由にアクセスは出来ないものの2ちゃんねるはすでに匿名とはいえないと思います。
_ on 2008/04/21
私がどこで「天羽さんを山形大とひと括りにしている」のですか。私は、私信で
「今月中に、この記事を削除してください。さもなければ、山形大学の学長およびコンプライアンス担当者にこの事実を通報し、その経緯を私のブログで公表します」
と書きました。これは私の名誉にかかわる問題だから、サイトの管理者である山形大学に通報すると書いたのです。彼女がgooのブログに書いていれば、「goo事務局に通報する」と書いたでしょう。その場合、私は「天羽さんとgooをひと括りにしている」ことになるのですか。
それに対して、彼女が私信を公表するという異常な行動に出たから、私がブログで公開質問状を(管理者である)学長に出したのです。これに対して、彼女は「私信の公開はマナーとしてすべきではないことは私も同意する」と書きながら、謝罪もしていない。
こんな非常識な人物と私は「論争」なんかするつもりもないし、その後は放置しています。根拠なく、ジャーナリスティックに煽るのはやめてほしいものですね。
池田信夫
ikeda on 2008/04/18
「実名」と「特定」の区別、大変わかりやすく思いました。
実名と匿名の議論は、ともすれば是非論に陥りがちですが、こうした構造的な分類による理解が進めばよいと考えています。
実は私も同じことを考え、「本人到達性」(=実名)と「リンク可能(不能)性」(=特定)という軸でマトリックスにしていました。ITmediaのブログで連続記事として書いていましたので、よろしければご高覧いただければと思います。
http://blogs.itmedia.co.jp/ako/2008/03/no8-21ca.html
ako on 2008/04/18
おお、佐々木さん早速対応いただき感激です。
池田さんに限らず所属志向の方が多いのですが、私の場合、Blogとかに書くのは組織の立場から外れた個人に属する意見として書いているつもりであり、こういった問題提起は大いに意義があると賛成です。
今後のご活躍を楽しみにしております。
坂本多聞 on 2008/04/17
佐々木俊尚 on 2008/04/17
佐々木さん、こんにちは。1年ほど前にご挨拶させていただいた坂本です。
非常に参考になる記事ありがとうございます。一点「属人志向」という言葉の使い方が誤解を招きやすいと気になりました。属人主義というと組織でなく個人に依存したという意味の用例が多いと思います。たとえば「池田信夫さんのBlogは属人的なものであり、組織的な記事ではない」とか言ったりします。
用語としては「所属志向」と「個人志向」とかの方がより明確になるのではないでしょうか?
坂本多聞 on 2008/04/17
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はじめまして。
「実名」と「匿名」に関する考察に関しては興味深いものがありますが、今回の「天羽vs池田問題」に対する考察としては、少々マトを外したものではないかと感じました。
例えて言うなら「近所にしょっちゅう大声を出す子供がいてやめさせたい。しかし本人と議論する気はない。だから親に言って止めさせてもらおう」というような流れではないでしょうか。
だから問題となるのはその子と親の間の力関係、この場合は天羽さんと山形大学との間の力関係であり、天羽さんがどう抵抗しようと、大学側が‘削除が妥当’と判断すれば削除をすることができるのであれば、大学に直接訴えかけることは、方法論としてはしごくまっとうなわけですね(「所属志向」や「個人志向」は関係ない)。
はてなや2ちゃんねるなどでも、一般的には運営側が「予告なく削除をする権利を有する」と利用規約に書いてある場合が多いので、そこにアピールをするのと同じことなわけです。
だから「実名」と「匿名」うんぬんだけでなく、「削除をする権利を持つものは誰か」についてフォローをしないと、今回の考察は完結しないのではないかと思います。