インターネット上で朝日、読売、日経の三紙の記事が読み比べられるという新サービス「ANY」が、話題の的となっている。とはいえ、具体的にどのようなサービスになるのかはよくわからない。朝日新聞社内の知人に聞いてみると、「寝耳に水だった。どういうサービスなのかはまだ皆目、という状況」という。名前は出せないが、別の新聞社の社員はこう話している。
「仕掛けたのは読売で、販売も広告も相当に苦しくなっているため、朝日と組んで何とかこの苦境を脱出したかったというのが本音だ。だからANYの核心になっているのは新聞事業の集約であって、インターネットの共同サイトはあくまでも『協力のあかし』として打ち出しただけだ。日経を入れたのは、朝日とだけ組むというのはあまりにもあからさまだから、緩衝材として第三者をかませたということ。日経はすでに地方紙などと組んで宅配は外部化しつつあるし、ウェブサイトも黒字になっているのであまり積極的ではなかったが、まあ業界融和のためには仕方ないかと一緒に組むことにしたらしい」
おそらく、まだ具体的なサイトイメージは固まっていないのだろう。産経新聞が報じたANY会見の詳報を読んでも、ANYのウェブが具体的にどのようなものになるのかは、明確には見えない。日経の杉田亮毅社長が、わずかにこう語っている程度だ。
「そこと各社サイトとの関係は、共通サイトでそれぞれが出すコンテンツを、そこからそれぞれのHPに飛べば、その詳細が読める。共通サイトのページビュー(PV)が上がれば3社のPVも上がる。そのようなものを作りたいと考え、それぞれの専門家たちが集まり、知恵を絞ることになっている」
「常識的に言って無料が原則になる。ただやり方によって、特別の情報について有料などのアイデアは出てくるかもしれないが、無料サイトを原則に考える」
新聞事業の集約だけを打ち出したのであれば、あまりにも露骨に「新聞事業が危険水域に入っている」ということを浮き彫りにしすぎる。そこでANYという共同ウェブサイト事業という打ち上げ花火を見せることによって、ポジティブな印象を与えようと狙ったというのが、正直なところのようだ。いずれにせよ3社の社長の記者会見からは、彼らが本気でウェブビジネスに取り組もうとしている姿勢は見えてこない。
たとえば「社説や記事の読み比べができる」というメリット。新聞社発のニュースの多くはコモディティ化した発表記事で、独自記事は割合としては案外に少ない。さらに言えば、3紙だけを読み比べることに何の意味があるのか。もし本気で「読み比べ」に取り組むのであれば、3紙だけのクローズ戦略は採らず、グーグルニュースのように全国、全世界のありとあらゆるメディアの記事を集めてくるオープン戦略に転じるべきである。さらに言えば、もしそうした「読み比べポータル」を、グーグルニュース的にアルゴリズムによって一覧表示するだけでなく、それらの記事の論調が国や社によってどう異なり、なぜその差異が生じているのかといった分析を、見せてくれれば、かなり面白いコンテンツになる。
しかし日本の全国紙には、そういったオープン志向がまったくない。彼らはブラックボックス化されたクローズ世界が好きなのだ。もちろん、そのクローズ世界がいままで通りに粛々と成り立っていくのであれば、それでも構わない。しかし近い将来には、間違いなく新聞社はそうした場所から追い出される。その古くて暖かいクローズ世界から追い出されて、彼らがどこへ向かうのかといえば、おそらくは2つの行き先が待っている。
ひとつは、高級紙路線だ。独自の調査報道と質の高いコラムを武器に、少数の読者に対して高い代金で記事を提供していくモデルである。しかしこの高級紙は、とんでもない痛みを伴う「茨の道」路線である。調査報道には高いコストがかかるし、良いコラムニストを育てるのも同様だ。こうした高コスト体質を維持できるだけの収益を保てるかどうかといえば、かなり心許ない。管理部門などで相当なコストカットを行い、質の低い記者を解雇し、組織をスリムアップし、販売店は切り捨て、そこまでやっても生き残りは難しいかもしれない。
もうひとつの路線は、大衆紙への道を歩むことだ。「そもそも日本の新聞社はもともと大衆紙的な役割を果たしてきたのだから、今さら大衆紙路線へ転換というのは意味がない」と思う人もいるだろう。しかし私がここで言っている大衆紙路線というのは、一般大衆向けの娯楽記事を掲載する新聞という意味ではない。そうではなく、新聞のコンテンツを「質」から「量」へと転化させ、膨大な読者の導線を生み出すことによって、マネタイズを可能にするような新たなビジネスモデルのことを言っている。
もう少し詳しく説明しよう。
記事コンテンツの世界では、ポータルサイトは意味を失いつつある。なぜなら記事はマイクロコンテンツ化が進んでいて、多くの読者はブログでの引用やRSSリーダーなどを経由して、ディープリンクによって記事ごとにリーチするようになってきている。asahi.comや毎日.jpのようなトップページを経由しなくなってきているのだ。そうなるとポータルのトップページに広告バナーを置いて儲けるという手法はうまく機能しなくなる。だから私は、ANYがポータルを志向するのであれば、その方向性は明らかに誤っていると思う。今さら何でポータルなのか。
ではポータルを作らず、マイクロコンテンツによってどうマネタイズすればいいのか。
方法は2つある。1つは、記事ごとに広告を置く方法だ。つまりはGoogle Adsenseのようなコンテンツマッチ広告の手法である。だがこれも、新聞社の記事の場合には限界がある。たとえばサッカーの試合の記事であれば、大手スポーツ用品メーカーやサッカーショップの広告を配信することは容易だが、たとえば「イスラエルがシリアを空爆」「北朝鮮核問題で六カ国協議」といった記事に対しては、有効なAdSense広告を配信することは難しい。
そこでもうひとつの方法が浮上してくる。記事ごとではなく、読者ごとに合わせて広告を配信するやり方だ。最も先端的なモデルは、行動ターゲティングである。行動ターゲティングについては、ITmediaに最近書いた記事で解説したので、詳しくない人は読んでいただければと思う。たとえばポータル最大手のヤフーは、時事通信の湯川さんのヤフージャパンのオープン戦略というエントリーにもあるとおり、外部のサイトと組むことによって行動ターゲティングの可用性を高め、収益力アップに結びつけている。
なぜヤフーが行動ターゲティングに走っているのかと言えば、ヤフーは圧倒的にたくさんのコンテンツ、たくさんのユーザーを抱えているからだ。行動ターゲティングは、ユーザーがどのようなサイトを訪れ、次にそのサイトからどこに向かったのかというその「動き」にマッチさせた広告を配信するモデルある。つまりその「動き」、すなわち導線がもっとも大切なデータとなる。だから行動ターゲティングの広告が有効になるのかどうかは、ユーザーの導線がどれだけたくさん確保できるかどうかにかかっているのだ。ヤフーは100以上ものコンテンツを抱え、1300万人もの会員(単なる利用者であればもっと多い)を擁し、ヤフーのサイト内部だけでも十分な数の導線を確保している。この導線に紐付いた行動ターゲティング広告を、いまや外部のサイトに対しても提供するまでになっている。
しかしながら現在の新聞社サイトは、この導線をたくさん抱えていない。しょせんはニュース記事を持っているだけで、ヤフーのようにエンターテインメントからツールまで、何でも揃っているポータルとは桁が違うからだ。となると新聞社がヤフーのように行動ターゲティングで収益を上げていくためには、導線をいかに大量に確保できるかどうかがカギとなる。つまりは記事の質ではなく、量を確保し、導線をどんどん増やしていくという方向性だ。これこそが私の言う「大衆紙化」である。
しょせんはニュースは、コンテンツのひとつに過ぎない。新聞社はいまも「われわれの血と汗と涙の結晶」とニュースのコンテンツを金科玉条のように大切に思っているが、インターネットのビジネスにおいては、それは「導線」を生み出す単なるフックに過ぎないという冷酷な現実に気づかなければならない。
では導線を増やすのには、どうすれば良いのか。単に記事をどんどん増やすだけでよいのか。しかしコモディティでしかない官公庁や自治体、企業の発表記事を垂れ流しても、それはなかなか導線にはならない。ではどうすればいいのか。
ここで注目したいのは、マジックミドル(ミドルメディア)戦略だ。メディアパブの『技術分野のニュース市場,「ベストエフォート」型ミドルメディアが台頭』という記事にもある通り、アメリカのメディア産業では最近、このレイヤーへの期待が高まっている。
マジックミドルはさまざまな概念を包含しているが、私がいま考えているのは、外に向かって拡散していくブロゴスフィアと、読者に向けてコンテンツを集約していこうとするニュースサイトとの間にあって、ブログとニュースをつなぐ役割を果たすメディアである。「集約されるブロゴスフィアを体現したもの」といえば良いだろうか。
ブログからニュースへの導線は、これまでは単なるディープリンクだった。新聞社の側はトップページを回避されてしまうこのディープリンクを嫌い、「ディープリンク禁止」などと無意味な通告をサイトに掲示してきた。しかしこの流れは、いまさら止まるわけもない。そうであれば、このブログからニュースへの導線をうまく自分の土俵の中へと引きずり込み、導線の部分までをも包括的に取り込んでいくという可能性を生み出す。つまりはニュースコンテンツと、そこからブログとの間の導線をひとつの空間にとりまとめ、プラットフォーム化するというビジネスである。これによって膨大な数の導線が、ニュースサイトの側に取り込まれていく。これは行動ターゲティングの要素となって、新たなビジネスの可能性を拓く。
そしておそらくこのビジネスモデルに最も近いところにいるのは、iza!を運営している産経新聞ではないかと思われる。ここからマネタイズまで進むのは容易なことではないと思われるが、しかし決して不可能ではない。そう考えると、このサイトの開発に、チームラボという変人社長の経営する技術ベンチャーを起用した産経新聞の判断は、やはり凄かったと言わざるを得ないのである。
ひるがえって、ANYはどうか。旧来のニュースサイトと変わらないポータル路線に向かうのであれば、おそらくは47newsと同じ体たらくで終わるだろう。しかし優秀なベンチャーに開発と運営を外注し、経営層がそれをバックアップするのであれば、ひょっとしたら新聞社主導の新たなソーシャルメディア的展開が、ようやく日本でも始まるきっかけになるかもしれない。まあ、そうならない可能性の方がずっと高いとは思うのだが……。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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