最終更新時刻:2010年2月10日(水) 16時42分
1644

計算基礎科学コンソーシアムの声明はお門違い

公開日時:
2009/11/21 14:01
著者:
能澤 徹

 

 20091118日、今月13日に行われた事業仕分けで次世代スパコンの来年度予算が「限りなく見送りに近い縮減」と仕分けされたことに反発し、計算基礎科学コンソーシアムという団体が「次世代スーパーコンピュータ開発に関する緊急声明」なるものを発表した。

 

 

 この声明に関しては、近頃流行りのフレーズを借用するなら、「あなた方に言われたくない」という事である。

 

 

 前回の拙稿「スパコンTop500 2009-11、国別シェア」で述べたとおり、現在の日本のスパコンの総計算能力は、欧米中の各国に劣り、世界の6位に甘んじている。この原因を作ったのが、国際相場を無視した法外な値段で、税金を湯水のように垂れ流してスパコンを設置し続けてきた、国立大学や独法の研究機構で、この声明を出した大方の連中が属する組織である。

 

 自分、乃至は、自分の属する組織が、税金を無駄に使い、世界の第2位から瞬く間に第6位などという体たらくな状況に転落させてしまっておきながら、この転落の原因には目をつぶって、次世代スパコンの見直しは「我が国の科学技術の進歩を阻害し、国益を大きく損なう」などというのは、それこそ「臍で茶が沸く」ほど可笑しないいがかりなのである。いいかえると、そもそも既に「あなた方」によって「我が国の科学技術の進歩は阻害され、国益を大きく損ねてしまっている」のである。

 

 だからその張本人の「あなた方に言われたくない」のである。

 

 

 

 国家基幹科学技術に指定された次世代スパコンのヴェクタ・スカラ両輪論が民間企業の撤退で片輪になってしまっても、「影響は無い」などといってプロジェクトを継続しているほど、メロメロな日本のスパコン戦略である。このいい加減な戦略に基づいて作られる次世代スパコンの完成が1年遅れたからといって、日本の科学技術にインパクトがあるなどということはありえないことである。

 

 従って、まず最初に、この声明は問題の本質を全く理解していない、短絡的な声明であるとい言ってよいと思う。

 

 

 そもそも、この次世代スパコンの仕分け問題は、次世代スパコンのグランドデザインが出鱈目であったことに端を発した問題であることは明らかなのである。

 

 前々回の拙稿「次世代スパコン、開発の凍結・見直し」で述べたとおり、財務省の論点は、文科省が国家基幹科学技術に指定した次世代スパコンのグランドデザインであるヴェクタ・スララ両輪論の、片方の車輪であるヴェクタ部が途中で脱落・消滅してしまったにも関わらず、影響はほとんど無いと主張し、ヴェクタ部を無視して、スカラ片輪でプランを強行するといった「いい加減な点」にあるのである。

 

 この「いい加減な点」に包括される具体的な内訳は、

 

1に、無くなっても影響が無いようなヴェクタ部の設計に何故大金を支払わねばならなかったのかという「グランドデザインのいい加減さ」に対する技術的なクレデビィリティの問題、

 

2に、そのいい加減な設計のために数百億円もの多額な税金が浪費されてしまったのに、何のペナルティも責任追及もなされないと言う無責任体制の問題、

 

3に、その無責任体制による杜撰な片肺の計画のまま、来年以降も総額約700億円という巨額な税金が要求され、完成後も年間80億円超といわれている巨額な維持経費が要求されるといった、費用対効果無視のバブル・プロジェクト運営に対するクレディビリティの問題

 

 などである。

 

 

 従って、次世代スパコンの仕分けとは、上記の内訳が示しているように、次世代スパコン・プロジェクトの、基本設計には信用が置けないということと、プロジェクト運営そのものにも信用が置けない、ということで、このままでは、到底、残りの開発費約700億円+年間維持費(80億円程度?)×使用年数、と言った巨額な税金を投入することは出来ないということで、根本的なところの見直しは必須、と言うのが財務省の主張である。

 

 なお、仕分けのやり取りの報道で有名になった「世界一位、二位」論争は、大枠では、費用対効果の議論で、財政上余裕の無い昨今、必要以上にお金をかける余裕などは無いという主張であろう。

 

 従って

 

 

 こうした論点に対し、計算基礎科学コンソーシアムの声明は、前述のとおり、財務省の論点を的確に捉えておらず、お門違いで全く的外れな声明なのである。内容的には、仕分けのときに、噛み合わない回答で、失笑をかっていた文科省・理研の担当者達と同じレベルで、言ってることが抽象的で具体性に欠け、説得力が無く、またまた失笑をかうに足る、お粗末な声明なのである。

 

 もう少し大所高所からのスパコン政策全体を見渡した、データに基づく提言ならまだしも、余りに観念的で、状況認識にも誤りが多く、日本の計算基礎科学の知的レベルってこの程度なの、とため息が出てしまう内容である。

 

 

 まず声明の始めの部分に、今回の事業仕分けの結論が「我が国の科学技術の進歩を著しく阻害し、国益を大きく損なうものである」との主張があるが、「無くなっても影響が無いようなヴェクタ部を国家基幹科学技術などに指定し、その意味の無いヴェクタ部の設計に巨額な税金を投入した事が」が「我が国の科学技術の<進歩を著しく推進し>、<国益を大きく増進した>」などとは到底思えないし、事実は全くその逆で、NECの撤退で、結局、税金投入が無駄になってしまったわけで、「国民に多大な損害を与えた」事は明白であろう。

 

 仕分けで問題になっているのは、当該声明の中に書かれているような、能天気な一般論・抽象論ではなく、次世代スパコン・プロジェクトと言う具体的な税金プロジェクトがやってきた具体的内容に関しての仕分けである。抽象的なお題目を述べても意味は無いのである。

 

 

 そして声明には、半導体技術を指し「その基盤にあるのがスーパーコンピュータなどで用いられる最先端の技術であり、それは数年後に広く社会で応用される」などと主張が続くが、これも「えーっと驚く」程、現実を理解していない迷文である。

 

 半導体技術で、今日、「スーパーコンピュータが発祥」で、「数年後に広く社会で応用された」技術があるのなら、ぜひとも、列挙してもらいたいものである。

 

 コンピュータのアーキテクチャならまだしも、ユーザの母集団が極めて小さいスパコンのために特別な半導体技術が開発されたなどといった事例は聞いたことが無い。

 

 ちなみに、1976年のヴェクタの名機Cray-1はメモリを除いてLSIは使っておらず、高速処理のためECLICで構成され、手作りに近いものであった。しかしこの時期、MainframeではIBMS/370とかAmdahlV470などは当然VLSIを使っていたし、Microcomputer分野でもVLSIによるIntel8080などのCPUが発売されていたわけで、半導体のテクノロジーの流れは「スパコンから民生へ」などではなく、「民生からスパコンへ」という逆の流れである。

 

 その後、この高額なCrayVector方式の後継に対し、廉価な民生で対抗したのが、今日のスカラ・クラスタ型スパコンで、1994年頃にNASAの研究員が作ったBeowulfが始まりである。UNIXの走るパソコンをTCP/IPLANで結合し、並列計算を可能にしたものである。つまり、スカラ型スパコンは、廉価な既存の民生テクノロジを使って組み立てるという哲学で始まったものであり、その思想は今日でも連綿と受け継がれている。

 

 OpteronXeonはパソコン用のCPUからのものであり、PowerXcellもゲーム機用のCellからのものである。計算科学に関係の深いBlue Geneの源流は、コロンビア大学のQCDSPで、この機械は廉価な民生用のDSPを演算器として並列に並べて作ったスパコンであり、次のQCDOCBG/LIBMの産業組み込み用CPUであるPPC440を用いたものである。どれをとっても、「民生からスパコンへ」の流れである。

 

 反対にスパコン用だけに開発されたNECSXなどは、結局、コスト的に立ち行かなくなってしまい、民生に広がることも無く、消えてゆくことになるのである。

 

 明らかに、半導体技術の流れは、母集団の巨大な民生のマーケットのための技術があって、そのおこぼれを使用させてもらうのがスパコンという構図である。

 

 

 従って、声明文中の「その基盤にあるのがスーパーコンピュータなどで用いられる最先端の技術であり、それは数年後に広く社会で応用される」などというのは認識不足もはなはだしく、この声明のいい加減さを全国民に示す明確な証明なのである。

 

 


 個人的な感想ではあるが、まあ一言で言えば、この声明は、いつもの、科学という美名を振りかざした「金よこせ運動」に過ぎないと言う事であり、多分「次世代スパコンが見直されると当該プロジェクトからのオコボレ分が切られてしまう」などといった、極めて次元の低い話を、慌てて、それらしく見せるためにすり替えた抽象的で内容の無い声明にしか見えないのである。

 

 

 

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

9

私の様な凡人には、コンソーシアムの中の錚錚たる研究者を
「計算基礎科学の知的レベルってこの程度」
などとさげすむことは出来ませんが、
今回の「スパコン騒動」はマスコミのおかしな取り扱いのせいで、
それぞれ論点がバラバラでめちゃくちゃのまま議論が発散してますよね。
貴殿のように「正確に本件の論点を把握」してコメント(賛否はともかく)
している人が皆無のような気がします。

  10risugari on 2009/11/25

8

テレビでコメントする人間は一方的に擁護するモノばかりですね。反対賛成どちらにしても、夢を追うような奇麗な話ばかりして、なんでスパコンの現実をその中身を少しは調べないのでしょうね。(アゴラで西和彦さんと池田信夫さんの賛成、反対の論議がありました。)

  hago on 2009/11/24

7

NECが降りた時点でスパコン事業が迷走していて、無駄使いしている側が必要とかお前が言うなっていうのはその通りなんだけど、今回の仕分けの問題は、そもそもまったくの(上に書いた状況すら)分かっていない仕分け人が、財務省の切りたい事業に基づいた資料によって、金が掛かるか掛からないかだけの判断で切っているという所なんですよ。
ぐだぐだになっている顛末を見直せという判断の元に下されているならまだマシなんですけど。で、叩かれて二転三転すると。

コストの話に関しては確かにその通りなんですが、じゃぁやらないでいいのかという話には正直微妙。自前でチップが作れるという事にも意味があるので、商用転用で稼げるIBMやIntel、AMDにコストで負けているからという理由だけでやめてしまっていいのか?
実際にスパコンで使用されているCPUを作れるのって今はアメリカと日本だけなんで、金が掛かってもやっている事に意味があるっていうのはあるんです。
あと、すぐに何位って気にしますけど、正直あまり関係がありません。金掛けて最大構成に出来ればある程度まではそれだけで順位が稼げてしまうので。実は日本で順位に入れるほど何台も無いっていう方が深刻です。

  3倍早い赤 on 2009/11/24

6

fermi さんのご意見に賛成です。スパコンで何を計算するかが問題です。NASA が購入して利用してくれるものを創る、それ以外に希望は見出せないのでは?そして、第2・第3の若田さんが宇宙に長期滞在して萎えた筋肉で「無重力しこ」を踏む(!?)

放物線を画像で再現するのに、人間の想像力で簡単に補える部分までスパコンに頼る必要はないし、市販の個人向けPCに頼る必要さえない場合が多いでしょ。畢竟、数値絶対主義でコンマ以下の桁数を増やして長々と「印字」してみせるとか、無理して画素を増やして色の階調を複雑にしたグラフィックスで見るひとを惑わせるとか、科学技術の進歩に用途のヴィジョンが伴っておらず、無意味な成果が想定されるだけ。

計算経過と計算結果を現実に適用するのに誤差や遊びを含めた場合、計算すればするほど、スパコンを使う意義は薄れます。すると、スパコンを作る意義とは「競争(国威発揚)」と「純粋好奇心」かな、やっぱり。

  meniette on 2009/11/23

5

文科省の考えているようなスパコンの研究開発より民生用の計算機をグリッド状に接続した、所謂グリッドコンピューティングの研究開発を考えた方がハード的にも、ソフト的にも将来性がある。現在計画中スパコンでは、肝心の世界的に競争力のソフトができるはずをまったく無く、このようなものに搭載するVLSIの開発に付き合う半導体ベンターは絶対出てこない。富士通はこのようなプロジェクトに参加して税金の無駄使いし、将来性の無いことに投資し交際競争力を失いたいのか理解できない。

  湘南ボーイ on 2009/11/22

4

To コメント#2
 文科省・理研の次世代スーパーコンピュータは量子コンピュータとは関係ありません。
 また、コンピュータ開発はEngineeringですので「売れて何ぼ」の世界です。「売れないコンピュータのすばらしいアーキテクチャ」というのは沢山あるのですが現実には何の意味もありません。逆に、「変だけど売れてるアーキテクチャ」というのもあって、Intelの8086アーキテクチャがその代表です。ですから、「アーキテクチャ開発に遅れる」云々はあまり意味がなく、世界規模で売れる見込みがあるかどうかが重要な問題だと思いますけど。

  能澤 徹 on 2009/11/22

3

To コメント#1
 本件は文科省・理研で行われている「次世代スパコン開発」という具体的プロジェクトでのシステム構成変更と言う具体的問題ですので、抽象的な一般論を持ち込んでも、意味はありません。最終的には、このプロジェクトを承認した総合科学技術会議で、重大変更に関する再審議を行わねばならないでしょう。

  能澤 徹 on 2009/11/22

2

たけしさんが情報番組で、量子コンピューターとか新しいアーキテクチャーの開発、実現に遅れをとってしまうと懸念してましたが、そういう問題と関連はあるのでしょうか?

  hago on 2009/11/22

1

個人的には、スパコンを使ってサイエンスをするという意味での「計算科学」コミュニティからの声明としては、ごく普通の声明なんじゃないかと思いますけど。スパコンは科学の発展に必要だからぜひとも買ってくれという意味です。スパコンを使った研究は、普通に現在の技術や経済には直結するとは限らないけど、サイエンスにはスパコンは必要であって、スパコンに群がる研究に金を出すのは当然だと思いますし、基礎研究の充実は科学立国には必須です。さらに他の基礎研究の分野と異なり、計算科学の分野はかなり応用や実際の技術に直結しているのとも大事です。

問題が訳が分からなくなってきているのは、国産スパコンを独自開発する意義をそれほど見いだせないのに、「スパコンを作る=スパコンでのサイエンス」の図式に話をすり替えて、スパコンを作るということに無駄な投資をしているからです。

おそらく計算機科学コンソーシアムは、よく知りませんが、NECや富士通と言った実際の技術で飯を食って商売をしている連中ではなくて、スパコン開発に携わる人間ではなくて、つまり技術の研究開発をしている人間ではなく、ただ単にスパコンを使ってサイエンスをしている連中なのです。その連中が、よく知らない分野(つまりスパコン開発とそれにまつわるお話)をサイエンス一般の大風呂敷を広げたままで、国産開発にこだわるから、訳が分からなくなる。

スパコンが欲しい、研究所に計算科学の人材を集めて、研究を活発にして、企業ともコラボレーションをたくさんしたいのならばそれはそれでよく分かりますし、価値のある仕事になると思います。スパコンが欲しいという予算、業界に予算が欲しいという本音を隠すために、国産スパコンを作って日本の技術が・・・と問題をすり替えているので、意見が素人臭くなるし、歯切れが悪くなるのだと思います。

実際スパコンを用いた基礎サイエンス(計算機科学)の発展は著しく、企業でもそれらの開発から得られた計算コードを使っての計算も現実に行われてきています。恐るべきことは、中国や韓国の研究組織が全力でこれらに金を放り込んでいることです。無論今現在では、計算コードの開発のレベルからの基礎研究力は日本は世界に並ぶレベルでして、アジア諸国ははっきり言ってレベルがかなり低いですが、ただ計算コードのユーザーとしての活気ある応用研究に関しては凄まじいものがあります。日本はかなり負けています。我々も計算科学には国策として金をかけるべきだとは思います。

たとえば、少なくともトヨタの中央研究所などをはじめとて、日本の中枢企業の基礎研究機関では、計算科学的な手法はすでに現実ですし、特許も多数取っています。計算科学的な手法で計算した結果からの特許戦争にもなりつつあります。製薬会社の現場でも現実に計算科学的な手法はつかわれていまして、スパコンを利用することによる計算科学としての計算コードの発展とその応用という意味ではかなり価値があるプロジェクトだとは注目されています。どこまで現実に直接的に反映されるかは難しいですが、今現在でも特許を取れるレベルで物質の設計開発が出来るレベルで計算機上のシミュレーションは利用されているのは現実であるのは確かです。そういう意味で、これらの研究を育成するのが本来のスパコン計画の意義だと思います。そのための国家予算です。

はっきり言って、スパコンを作ることによる技術的/経済的な意義はあまり関係ないですし、計算科学の人はそういうことは素人ですのでたぶんわかっていません。

そんなわけで、個人的には「国産スパコン」こだわる意味はかけらもないと思いますし、そいう意味ではいまのスパコンプロジェクトは、「本音を建前で隠していたのに建前自体が否定された」という事件だと思いますが、建前が時代にそぐわないのに気がつかないご老体が、スパコンの素人のご老体が、本音を隠したまま縦間を押し進めた計画だから問題なのです。本音の部分の本来予算が必要な意義は、何一つ失っていないと思いますし、むしろもっと金を賭けてもいいくらいだと思いますが・・・

まぁ、正直こそまでは言い過ぎで、サイエンスとして計算科学を純粋にみてしまうと、今の計算科学の業界の金の使い方は間違っているとも思いますが。お山の大将が多すぎて、予算がばらけてしまって、結局国内でバラバラに研究開発をしていてそれほど世界に先駆けたことは何一つやってないのですが。むしろ、世界の計算科学は計算コード開発や理論の開発は拠点が集中して数カ所で恐ろしい予算をかけています。ところが、日本はあらゆる大学の偉い先生が個々に同じようなことを研究開発している。重複が多くてただの無駄だと思います。すくなくとも計算科学では開発力と研究力は集中した方が良い。・・・と議論と話は別の話になってしまうので割愛しますが。

とにかく、スパコンを作る意義と、スパコンを利用する意義をごっちゃにしてはいかんと思います。

  fermi on 2009/11/22

ブログにコメントするにはCNET_IDにログインしてください。

この記事に対するTrackBackのURL: 

CNET_ID

メンバー限定サービスをご利用いただく場合、このページの上部からログイン、またはCNET_ID登録(無料)をしてください。