最終更新時刻:2008年7月25日(金) 21時03分

31

地球シミュレータ後継機

公開日時:
2008/05/15 19:15
著者:
能澤 徹


Note:5月16日に海洋研機構からの落札公示(189億9200万円)がありましたので、関連数値を訂正いたしました
 
 

 2008512日に海洋研究開発機構から道発表があり、地球シミュレータの後継機が決まったということのようである。昨年来話題に上っていた後継機選定は、一応、NECSX-9/Eでケリが付いた事になる。

 海洋研究開発機構は地球シミュレータの後継機選定のため、200835日に入札公示、同14日に仕様説明会、425日に入札、そして512日に開札を行い、その結果、NEC理論性能131TflopsSX-9/E落札した。要求仕様の詳細は明らかではないが、キーになるポイントは「現在海洋研究開発機構が保持している、いくつかのアプリケーション・プログラムが平均で2倍以上の速さで作動する事」という事であった。

 この
要求仕様を満たすためには、地球シミュレータ(SX-6)上で稼動中の、対象となる独自プログラム(複数)の提供を受け、そのプログラム・ロジックを解析の上、ポーティング及びチューニングを行わねばならないのであるから、実際上この要求仕様は、スカラ機にとっては大変きついバリアであったものと思え、結局、応札したのは現行機と同じNEC1社であったと報じられている。
 要するに一般競争入札の形はとっているが、実質は「出来レース」といわれてもやむを得ないようなもので、アーキテクチャはベクタ、性能は現行アプリケーションの実行性能2倍で決まりなので、入札に関する注目点は価格だけという事になる。

 落札価格に関しては、
報道では1857600万円とされていたが、5月16日の落札公示では189億9200万円となっている。昨年11月に報道されていた初期費用の5億円がどうなったのかは不明である。

 SX-9は昨年、東北大や阪大、さらには
ドイツのGerman Weather Service (DWD)にも導入が決まったとのことであり、これらとの価格の相互関係は注目される点である。

     

<地球シミュレータ後継機 SX-9/E の概要>
  稼動開始予定 200931
  理論性能    131.07Tflops  80筐体
  メモリ    20TB
  リース期間  6
  支払総額    189億9200万円
  リース月額  2億6378万円、年額31億6533万円
 推定:
  推定価格   151億9360万円(リース加算額20%仮定)
  推定Tflops単価 11592万円
  Linpack予測  111TflopsLinpack実行効率85%仮定)
 

     

<世界規模での位置付け>
 この後継機は1年後の20093月稼動開始予定であるが、現時点でのTop500にLinpack推定を当てはめると、4位のインドのTATAに次ぐ5位くらいでる。20096月のTop500での順位を予測するため、正確ではないが、筆者が記憶している世界のスパコン設置予定の報道を列挙してみる。

 
2008年設置予定
  TACC Ranger   500Tflops Sun Opteron-quad (設置済)
  ANL BG/P    500Tflops IBM PPC450
  ORNL Jaguar+  250Tflops Cray Opteron-quad
  SNL Red Storm+ 250Tflops Cray Opteron-quad
  NERSC Franklin  250Tflops Cray Opteron-quad
  Hector UK     250Tflops Cray Opteron-quad
  T2K U Tokyo   140Tflops Hitachi Opteron-quad
   NASA Ames Lab  245Tflops SGI Altix ICE Xeon-quad
 2009年設置予定
  LANL Roadrunner 1.4Pflops  IBM Opteron+Cell 
  
 (スケジュールが早まっているようで近々1Peta超の可能性あり)
  U Tennessee NSF  Pflops  Cray Opteron- Quad
  NASA Ames Lab  1Pflops  SGI Intel Nehalem?
  JAXA      135.7Tflops Fujitsu SPARC64-VII

 現実的にはこれらのほかに、ステルス・プランが結構出てくるので、残念ながら、地球シミュレータ後継機が20096月にTop10にランクインする事はほとんど絶望的で、Top20でさえ難しいように思えるのである。

     
<東北大、阪大、DWDとの関係(SX-9 vs SX-9/E)>
 

SX-9は2007年10月に発表され, 東北大の落札公示から推定される
Tflops単価は2億円弱であった。阪大の落札は200610月のSX-8Rの発表と同じ頃で、SX-8Rとその後継機の合算という変な契約で落札されている。こうした契約が可能なのかどうか訝(イブカ)っているが、契約形態もさることながら、合算した上でのTflops単価は約3億円弱と推定されるのである。
 ドイツのDWDの落札も昨年SX-9の発表と同じ頃で、HPCwireで報道されたもので、さらにSC07会場でNECの担当者からHPCwireの記者へ再説明が行われ、その際の説明内容の報道からは、Tflops単価が円換算で1億円前後ではないかと推定されている契約である。
     

 ドイツでの推定価格は、昨年発表されたCray-X2の価格と同レベルのもので、今回のSX-9/Eの推定価格はこうした海外での価格に符合する価格ではないかと思える。 

 
SX-9/ESX-9の何処が違うのか詳細説明は無い。常識的に考え付く理由は、発表後半年経過しての契約なので、部品コストなどの低下によるリダクション版ということであろう。しかし、同じ国内で、わずか半年の経過で半値というのは如何なものかと思わざるを得ない。パソコンのCPUやメモリ等のような競争の激しい超量産品であればともかくとして、出荷量の少ないベクタ機では辻褄が合わないであろう。
 
 この結果、海洋研究開発機構への納入単価と、
東北大、阪大等への納入単価には、1億:2億:3億という、大きな落差が発生しており、国立機構間での購買のあり方として、また税金の使い方として、かなり、問題がある様に思えるので、両校等は何らかの是正措置を求める必要があるのではないかと思うのである。

     

<日経BPNHK報道との関係>
 今回の選定結果に対する報道は、昨年11月の日経BPのスクープ記事やNHKニュースなどでの大々的報道に比べ、どれも地味で短いものである。選定結果が常識的、保守的で話題性に乏しいという事であろうか。
 したがって「11月の報道は何だったのか?」という事になるのであるが、筆者は必ずしもその様には考えていないのである。というより逆で、かなり意味があったのではないかと考えているのである。

 今回の選定の背景には、行政改革の一環としての独立行政法人の整理統合、予算縮減が有り、地球シミュレータに関する予算の大枠は、これまでの地球シミュレータの運用経費のみ、との評価報告が上がっていたからである。要するに、これまでの運営経費でマネジできる範囲で新規リース料や運営経費を賄いなさい、というシーリングである。これはハッキリ、国策としての地球シミュレータの役割は終わったという通告であり、次期国策スパコンは理研へ移してしまっていたからである。

 一方、後継機に対する技術的性能要求は「実行性能で2倍」というささやかなものであったが、これも、昨年3月でのSX-8Rでの実行試験結果からは、理論性能で地球シミュレータの5倍の200Tflops程度必要という事になっていたのである。ところがコスト的に提供できるシステム・サイズは80Tflops-100Tflops程度の規模という事で、業者との間でもめていたのである。

     

 今回SX-8RからSX-9又はSX-9/Eに代わって実行性能試験がどの様行われたのかは定かではないが、結果的に、理論性能131Tflopsで実行性能2倍をクリアし、リース料金的には年額309600万円となり、保守運営経費がリース料金に含まれているのかどうかは不明であるが、年50億円と報道されていた現在の地球シミュレータの運営経費の中には納まっているのである。

 昨年話題になっていた消費電力
6MW電気代年間約5億円は、消費電力が現行機の約70%程度になると報道にあるので、消費電力4.2MW年間3.5億円くらいということになる。昨年1筐体当りの消費電力は30KW程度と報道されていたので、80筐体で2.4MW程度とすると、残りの1.8Mはインターコネクト、DASD、空調などということであろうか。

     

 そして価格面でのTflops単価が
東北大の約
2億円から約半年で今回の約1億円に下がったということは、11月の報道が多少なりとも貢献したのではないかと思っている。一般国民にとって年間運営経費50億円という報道は驚きの一言で、Tflops単価2億円に対しても常識的妥当性をも疑わせる事となり、世の中の空気として海洋研側の「スカラ機も選択枝」というメッセージを強く支援したものと思えるからである。業者もこうした世の中の空気を読んで、一気に半値近くまで値下げて応札したということは、それなりに世間様に配慮したということのようには思っている。

 

 地球シミュレータ後継機は国策から外れ、もう世界の桧舞台に上がる事の無い機械であろう。大局的には、海外からの視線に対して元国策スパコンとの連続性を保ちながら、静かにフェーズアウトしてゆく事が妥当と思えるので、年間の支出額に見合う成果を期待しつつ、現時点ではこれ以上の論評は差し控えたい。

     


 
  なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、コメント欄にてご指摘いただけますと幸いです。  

               

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

3

能澤様

お名前を間違えましてすいません。

> もし、semantics_groupさんが、上記経緯の詳細をご存知で、そのような不公平な扱いはなかったというのであれば、ぜひとも、海洋研側が、いつ、どのメーカのなんというスカラ機の提供を受け、どのような評価を行い、どのような報告を行ったのかを示してください。
> ご提示いただけましたら、内容検討の上、必要であれば、喜んで本ブログの内容を変更いたしたいと思っております。

寡聞にして、詳細は存じません。ただ、↓


> 補足説明が必要であるとするならば、以下のような点でしょう。
要求仕様説明会が3月14日で、入札が4月25日というスケジュールでしたが、これでは応札準備期間は約1ヶ月強であり、スカラ機メーカにとっては、地球シミュレータ用に開発・最適化された独自プログラム数本の性能要求を、応札予定のスカラ機のどのようなシステム構成で満足させられるのかといったような事を確認をするのは、時間的に事実上不可能であったと思っている点です。
> 反対に、ベクタ機SXについては、既に昨年にはSX-8Rの提供を受け、海洋研機構側の要員が評価試験を行い3月には報告を上げていたわけで、1ヶ月強の応札期間でも十分おつりが来たのではないかと思っています。
> つまり公平な入札条件を満たすには、海洋研側はスカラ機もベクタ機と同じに、入札の遥か前に、機材の提供を受け、海洋研の費用と人員でスカラ機の評価を行い、問題点のFeed Backを行うなどの手順を踏む必要があったであろうと考えています。

大規模調達案件の場合、要求仕様策定段階で顧客に食い込んで
要求仕様の策定そのものにメーカが影響を与える事は
洋の東西を問わず営業活動の常識かと存じます。(SEの立場からの観察ですが)

そして一度顧客の意志が強く固まってしまったら、
たとえ上記でおっしゃるような表向き「公平な入札条件」を提示するとしても
肝心な所はゆずらない顧客が多いのではないかと。

  semantics_group on 2008/05/20

2

Toコメント#1
 >熊澤様の本エントリーの主旨は「スパコン商戦の不透明さの是正」にあるのだと理解しますが、

・熊澤でなく能澤です。

・本エントリーの主旨は、昨年11月の地球シミュレータ・リプレース報道の「その後」を報告することです。

・また、本ブログ全体といたしましては、赤字財政下の限られた科学技術予算で、計算力を欲している若手研究者や技術者に、彼等が必要とする計算力をどの様にすれば最大の提供が出来るのかといったようなことです。このため、科研費などを含めたスパコン関連の税金支出における「円の価値」を国際視野で考えているつもりです。
 そして「税金の円の価値」の実態を知るため、わかり易い国際指標の一つとしてTflops単価を用いて、世界各国での調達状況や、国内の国立大学や研究機構での調達状況を、報告しているつもりです。


>特に「出来レース」という単語は事情を良く知らない方に誤解を与える可能性があるので、もうちょっと補足が必要だと思います。

筆者と致しましては
『この要求仕様を満たすためには、地球シミュレータ(SX-6)上で稼動中の、対象となる独自プログラム(複数)の提供を受け、そのプログラム・ロジックを解析の上、ポーティング及びチューニングを行わねばならないのであるから、実際上この要求仕様は、スカラ機にとっては大変きついバリアであったものと思え、結局、応札したのは現行機と同じNEC1社であったと報じられている。』
と説明いたした上で、

『実質は「出来レース」といわれてもやむを得ないようなもの』

と述べており、特段、補足が必要とは思っておりません。
 この判断は、海洋研側の意図とは関係なく、結果的に、一般入札における古典的でかつ典型的な「出来レース」のパターンになってしまっているという状況に基づくものです。

 補足説明が必要であるとするならば、以下のような点でしょう。
要求仕様説明会が3月14日で、入札が4月25日というスケジュールでしたが、これでは応札準備期間は約1ヶ月強であり、スカラ機メーカにとっては、地球シミュレータ用に開発・最適化された独自プログラム数本の性能要求を、応札予定のスカラ機のどのようなシステム構成で満足させられるのかといったような事を確認をするのは、時間的に事実上不可能であったと思っている点です。
 反対に、ベクタ機SXについては、既に昨年にはSX-8Rの提供を受け、海洋研機構側の要員が評価試験を行い3月には報告を上げていたわけで、1ヶ月強の応札期間でも十分おつりが来たのではないかと思っています。
 つまり公平な入札条件を満たすには、海洋研側はスカラ機もベクタ機と同じに、入札の遥か前に、機材の提供を受け、海洋研の費用と人員でスカラ機の評価を行い、問題点のFeed Backを行うなどの手順を踏む必要があったであろうと考えています。
 
 もし、semantics_groupさんが、上記経緯の詳細をご存知で、そのような不公平な扱いはなかったというのであれば、ぜひとも、海洋研側が、いつ、どのメーカのなんというスカラ機の提供を受け、どのような評価を行い、どのような報告を行ったのかを示してください。
 ご提示いただけましたら、内容検討の上、必要であれば、喜んで本ブログの内容を変更いたしたいと思っております。

  能澤 徹 on 2008/05/20

1

僭越ながらコメントさせて頂きます。
熊澤様の本エントリーの主旨は
「スパコン商戦の不透明さの是正」にあるのだと理解しますが、
下記の文章、特に「出来レース」という単語は
事情を良く知らない方に誤解を与える可能性があるので、
もうちょっと補足が必要だと思います。

> 要求仕様を満たすためには、地球シミュレータ(SX-6)上で稼動中の、対象となる独自プログラム(複数)の提供を受け、そのプログラム・ロジックを解析の上、ポーティング及びチューニングを行わねばならないのであるから、実際上この要求仕様は、スカラ機にとっては大変きついバリアであったものと思え、結局、応札したのは現行機と同じNEC1社であったと報じられている。
> 要するに一般競争入札の形はとっているが、実質は「出来レース」といわれてもやむを得ないようなもので、アーキテクチャはベクタ、性能は現行アプリケーションの実行性能2倍で決まりなので、入札に関する注目点は価格だけという事になる。

クラスタ・コンピュータ(スカラ型)ベンダーにも入札のチャンスはあったが、
ES上の独自プログラムの解析/ポーティングにチャレンジして
応札基準に達する事のできたベンダーがNEC以外にはなかった。

つまり、プログラムの特殊性が問題なのではなく、
解こうとする問題が本質的にクラスター・コンピュータには向いていないため、
現時点ではベクター・コンピュータでしか現実的なソリューションを提供できない、という事。
これはとても重要な事です。
もしクラスター・コンピュータがベンダーやその幇間が主張するように、ベクター・コンピュータよりも実効性能もコストパフォーマンスも良好ならば、
応札前に全てのポーティングを済ませる所まではいかなくとも、
具体的なスケジュールを示して条件付きでクラスター・コンピュータへのリプレースを図る事ができたはずです。

しかし現実はそうならなかった。それは、クラスター・コンピュータではこの種の問題を効率的に解く事ができないから、
応札できなかった、と言うべきでしょう。

  semantics_group on 2008/05/19

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