4月にマイアミで行われたIPDPS-2008(IEEE International Parallel & Distributed Processing Symposium)で、LBNL(ローレンス・バークレイ国立研究所)のS. Williams、J. Carter、L. Oliker等によって発表された ”Lattice Boltzmann Simulation Optimization on Leading Multicore Platforms” というレポートは大変興味深く注目に値する。
これまでの「ベクタ機vsスカラ機」の議論のベースになっていたのは、2004年と2006年のOliker、Carter等の比較性能評価レポートであった。今回のレポートは“スカラ機でのLBMHD”だけに限定されたものではあるが、2004年、2006年のレポートと連結して考えると、大変興味深いものになっているからである。
今回のレポートの要点は、以前のレポートでスカラ機が不得手とされていた“LBMHD”というプラズマ流体力学のベンチマークで,
・プログラムをスカラ・マルチコア用に最適化することで、実行性能が著しく改善したということ
・コア数に対するリニアリティが確認でき、単純コアによるマルチコア、メニーコアの将来性が示されたこと
・最適化は、Cellの場合を除いて、自動生成プログラムで行われたこと
等である。
使用したシステムはどれも1ボードで、Itanium2、Clovertown(Intel Core2-4コア)、Opteron-2コア、Sun-Niagara2(8コア)、PS3 Cell(8SPE)のシステムで、規模的には若干小さいとは思うが、実行効率的にはCellやNiagara2は2006年レポートでのベクタ機SX-8を上回るような好成績を示し、Opteron-2コアも2006年レポートの2倍ほどの成績を示した。絶対性能的にはCellがダントツの性能を示した反面、Intelの4コアClovertownはFSBが足を引っ張ったのか、今一であった。(IntelのCPUに関してはNehalem以後のQPIで解決されるものと思える)
今回のレポートは既に“ars technica”や“HPCwire”で取り上げられているのでご覧になった方も多いかと思うが、CellやNiagara2といった個別のCPUの性能もさることながら、筆者はこのレポートが日本のスパコン業界に投げかける影響は、かなり大きなものであるように思っているのである。
つまり、このレポートをベースに考えると、従来から国内で行われてきた「ベクタ機か非ベクタ機か」といった性能差異の議論は、「アーキテクチャによる差異」というより「プログラミングによる差異」に帰着することになるからで、日本のスパコン業界にとっては甚だ重大なレポートであろうかと思うのである。
マクロ視点では、既に昨年指摘したように、RISC思想の一つである「1命令1サイクル」の敷衍以降、ベクタ機とスカラ機(スーパースカラを含む)の理論性能算定上の差異はなくなり、構造的な違いとしては、シーモア・クレイが考案したベクタ機の「巨大なレジスタ・ファイル」と、C. コンティとD. ギブソンがS/360-モデル85用に考案した「キャッシュ・メモリ」の違いが挙げられる程度なのである。
言い換えると、「(大量の高速レジスタ)+通常メモリ」か、「(限定量の高速レジスタ+大量の高速キャッシュ)+通常メモリ」か、の違いということである。しかし、マクロ視点からは、()の中は一体と考えられるので、論理的には大きな違いはないということになり、それ程大きな実行性能の差異が生ずるとは考え難いのである。
勿論この構造的差異がプログラミングに大きな影響を与えているわけではあるが、アーキテクチャに適したプログラミングをすれば、大きな性能の差異は発生しないと考えられるということなのである。
要するに、スカラ機のプログラム最適化のキーポイントの一つは、「キャッシュを如何に効果的に作動させるのか」という事であり、プログラミングにおいてはこの点に注力を注ぐと、ベクタ機と大差ない性能が実現可能ということなのである。
今回のレポートは、将に、このマクロ認識を裏付けてくれたわけで、「プログラムのスカラ機向け最適化」を考慮すると、「ベクタ機でなければならない」という積極的根拠はなくなったといってよいと思えるのである。
これに加えて以前から筆者が指摘しているような、HPCCでの性能比較データ、消費電力差、必要設置面積差、価格差、運営維持管理コスト差、等々を考慮すると、本当に「ベクタ・プロセッサは必要なのか」という事を改めて問い直さざるを得ないし、開発と、完成後の運用維持管理および下方展開に、巨額な税金を必要とする文科省の次世代スパコン・プロジェクトは、基本的にピントがズレた“おかしな計画”なのではないか、と主張せざるを得ないのである。
勿論、民間会社が独自のマーケティング戦略で自らのリスクとしてベクタ機の開発を行う事には何の異議も無いが、国家が巨額の税金を投入してまで開発を行わねばならないものなのかという点は、甚だ疑問であり、税金の無駄使いといわれてもやむを得ないのではないかと思っている。
なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、コメント欄にてご指摘いただけますと幸いです。
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