昨年11月、作家の伊集院丈さんが、1982年のIBM産業スパイ事件に関連し、その後に起こっていた「ソフトウエア秘密交渉」を題材にした「雲を掴め」という小説を出版発表された。伊集院さんは、交渉の一方の当事者であった富士通の鳴戸道郎さんのペンネームだそうで、CNETブログでも村上敬亮さんがこの小説を取り上げている。
この事件に関しては当時の新聞・雑誌等のほかに書籍としては、作家の立石泰則さんの「覇者の誤算」や、事件の少し前まで日立のコンピュータ事業本部にいてその後筑波大教授を務めた高橋茂さんの「コンピュータ・クロニクル」などの中に記述があるので参照可能である。
ただこの事件は、歴史のフィルターを通してみると、既にコンピュータ業界の模様は激変してしまっており、史的意味を見出し難い事件になってしまっているように思う。つまり、この事件は、後世に語り継がれる技術的な大事件などといったものではなく、IBM互換のメインフレーム市場という金持ちクラブのコップの中での、利益の分配・取り合いといったビジネス紛争の度合いが高く、しかも、そのメインフレーム市場そのものがダウンサイジングの強烈な風圧で、情報産業の主役の座から転落してしまったので、現在では、あまり興味を引かない話題となってしまっているからである。
事件の背景は、当時メインフレーム市場を制覇していたS/370のアーキテクチャが拡張され、新しい3081Kというコンピュータの発表があり、互換機メーカは一刻も早くその新しいアーキテクチャの詳細を入手する必要があったということである。
事件そのものは以下の3つが組み合わさっている。
(A)IBMの3081Kに関する機密情報の盗品移送共謀事件(1982-1983 ) 日立、三菱
(B)IBMのシステム・ソフトに対する知的財産権侵害賠償秘密協定(1982-1983/1984)日立、富士通
(C)米国国際商事仲裁協会(AAA)による仲裁裁定(1985-1987)富士通
(A)は1982年6月に日立と三菱のエンジニアが、FBIの「おとり捜査」に引っかかり、米国で逮捕された事件で、刑事案件である。
(B)は(A)に関連して行われたものであるが、S/370のシステム・ソフトウエアに遡った知的財産権侵害に関する損害賠償の民事案件で、示談として個別に極秘に行われた。83年7月に富士通、同年10月には日立が、IBMとの秘密協定を締結した。IBMと日立の間では問題なく協定のフォロー・アップが実施されたが、IBMと富士通の間では協定内容の解釈に相違が生じ、84年に(C)に発展した案件である。
(C)は(B)での協定解釈の相違を解決するためIBMがAAAに仲裁を申請し、87年に仲裁命令が下った案件である。この命令内容は報道されており、概要は(1)過去の賠償に関しては、富士通はIBMに総額8億3000万ドルを支払うこと、(2)富士通は今後は免責を受け対価を支払い機密管理下の施設でIBMのソフトウエアを閲覧できる、といったものであった。
「雲を掴め」は(B)の富士通の部分を小説として記述したもので、当事者以外は何があったのか知るすべが無かった部分を、当事者のひとりとして参加していた鳴戸さんが、その経験を小説家伊集院丈の視点に変換してフィクションとして再構築したものである。当時の富士通の内部状況やIBMとの交渉場面が描かれ、大きな流れとしては事実に即しているといわれているが、細部は何処までが事実で、何処からがフィクションなのか判断は難しい。
というのは、相手方であるIBMの当事者の記述が存在するのかどうかわからず、事実関係の突合せ確認が出来ないからである。
平行して行われていた日立の状況は、以前から、前述の高橋さんの記述で大雑把な概要は知ることが出来ていた。日立と富士通が重なる(B)の部分に関しては、高橋さんの記述では『日立は民事ではソフトウエアの著作権めぐって徹底的に戦う構えでしたが、富士通が手を打ったのを知って和解し、ソフトウエアについては秘密協定ということになりました。(「コンピュータ・クロニクル」p123)』となっている。伊集院さん自身の記述でも旧通産には毎回報告をしていたと書いているので旧通産を介して日立の状況が判らなかったとは思えないし、また、ご自身も日立に「ご指導」に出向いた旨の記述もあり、キーになるポイントの情報交換は出来ていたと判断されるのに、(富士通が合意していないのに合意したとして)「日立を騙したのか!」(p110)と記述している辺りは、なんとなく全体状況と矛盾するような気がしないではない。もっとも日時の記述が無いため時系列関係が入り乱れているのかも知れないが。
いずれにせよ、何処までが事実で、何処からがフィクションなのかは判断に窮するのであるが、そもそも小説として発表したという背景には、この秘密協定にはまだまだ「言うことを憚る」様々な事情が山のようにあるのだろうと推察した。
今回「雲を掴め」を読んで、筆者が理解できたのは、(B)の秘密協定の本質は、どうも、知的財産権侵害の事実関係を争った法的交渉というより、その侵害の存在を前提としたビジネス上の「市場の棲み分けの話」にあったと思えることと、意外に感じたのは旧通産に関する記述が少なかったことである。
旧通産省の電子政策は、60年代は「IBMに対する外資規制、製造規制、輸入規制、外為規制」で今日の中国の産業政策のお手本であり、技術の導入・移転は受けたいが、外資のシェアは50%以下でなければならないという市場制限の政策で、70年代は資本自由化、貿易自由化に対する国内体制確立のための業界再編で、多額の補助金行政を通し国産各社の箸の上げ下ろしに到るまでを行政指導の形で民事介入していたといわれている政策である。
『秋山君、知ってのとおりIBM互換路線をとったとき、当然互換部分の情報は取り込んでいるに決まっているじゃないか。それを情報の使用と言うか、コピーと言うかは別として、情報を使っているくらいは政策を進めた当局は分かっているだろう。』(「雲を掴め」49ページ)
と伊集院さんが書いているように、IBM互換路線は70年代の業界再編における国策であったわけである。
業界再編当時、国産各社は米国企業と技術提携を結んでいた。日立はRCAで、RCAはS/360に対しS/360互換のスペクトラ70で対抗したが、次のS/370に対する互換機への切り替えに失敗し、日本の業界再編の70年代初期に電算部門をスペリー・ランド(ユニヴァック)に売却してしまった。このため、当時、日立は提携相手はいなくなってしまっていた。
富士通はCDCとの提携話があったとされているが、最終的にはIBMからのスピンオフ・ベンチャのアムダール社に出資し、S/370互換のCPU作成の援助をすることになる。
NECはHIS(ハネウェル情報システム)で、HISはS/360の前のIBM1400という中小型機分野のベストセラの互換機で成功した会社である。
東芝はGEで、GEはS/360に対しTSS(タイムシェアリング・システム)機能で対抗し、MITのMulticsシステムのための大型機GE645などを作ったが、性能が目標値に達せず使い物にならなかったといわれており、また欧州での買収事業の不調なども重なって、これも電算部門をHISに売却してしまった。
結局、業界再編はIBM互換の富士通‐日立、HIS系のNEC‐東芝、独立系の三菱‐沖でまとまり、「当局」から全体でおよそ総額570億円といわれている補助金を受けることになる。
最も注目されたのは、富士通‐日立グループで、アーキテクチャは同じであるが開発は別々であった。日立はRCAとの経験から独自に互換機開発の継続を行い、富士通は再編直前にアムダールの互換CPUを前提としてIBM互換路線を計画していたのである。
つまり、マクロ視点で眺めて見ると、富士通のとった行動は、ある意味、国からの業界再編の補助金を社内経理というマネー・ローンダリング機構でシャッフルしたうえで、IBMの知的財産を頭の中にコピー済みの元IBM社員に投資することで、IBMの技術ノウハウでIBM互換機ビジネスを行うという計画であったと思えるのである。
考えてみると、「雲を掴む」ために「国の補助金を使って、IBMの技術ノウハウで、IBM互換機ビジネスを行う」という方法論は、様々な面から検討しても、かなり完璧な方法で、この計画を立てた富士通の池田敏雄さんは、意識してなのか幸運だったのかは知らないが、結果として、類稀なビジネス戦略家であったことだけは確かである。
当時まだIBMの社員であったジーン・アムダールに目をつけ、退社後のアムダールの「頭の中」に投資したのは大変目聡いビジネス戦略であり、リスクは極めて高かったが、技術ノウハウと同時に、互換機ビジネスでもっともヤバげな、知的財産権における法的プロテクションをも手に入れることが出来たからである。
ハード的に「アムダールの頭の中」という「クリンチ状態」はIBMの法律家をして、独禁法を除外しても、法的に論破することは難しかったのではないかと思う。
結局、「雲を掴む」池田戦略は法的プロテクションの手薄であったシステム・ソフトから攻込まれてしまったわけで、この辺りが、ハード互換ビジネスを想定しながら、システム互換ビジネスに入り込んでしまった池田戦略の限界があったのではないかと思っている。
互換機ビジネスという基本的にヤバイ・ビジネス遂行にあたっては、70年代から起こったソフトウェアに関するアンバンドル、有償化(商品化)、知的財産権による保護、といった一連の環境変化は、コピー対策、互換ソフト対策であったわけで、予見される紛争を未然に防ぐためには、早めの何らかの法的対策、あるいはビジネス・アクションが必要であったと思うのである。勿論これは後知恵であって酷な話しであるのかも知れないが、基本的に互換機ビジネスというヤバイ・ビジネスにおいては、状況の変化に対しても細心の注意が必要であったということであろう。
この事件は池田戦略の総決算であったわけであるが、外部から見ていると、仲裁命令による支払いを含めても、池田戦略の総バランスシートは十分黒であったと思えるし、当時としては有効な戦略であったと思う。
逆に割を食ったのは、こつこつと互換路線を走っていたがために、ついあせって、オトリ捜査に引っかかってしまった日立であったような気がするのである。
<参考:S/360関連のメモ>
アムダールは三人いるといわれているS/360のアーキテクトの一人でアーキテクチャMgrであった。他の二人はアムダールの直属の上司(多分*)でシステムMgrであったF. ブルックスとブルックスのスタッフ(多分)であったG. ブラアウである。三人のほかにハードウエアMgrであったE. ブロッホを上げる人もいる。ブルックス、ブラアウ、ブロッホの3人は本格的スーパーコンピュータであったIBM7030(Stretch)の開発グループの一員であり、S/360が7030から大きな影響を受けている所以である。
*アムダール自身は、インタヴューの中で、S/360プロジェクトのアーキテクトの仕事はしたが所属はリサーチ部門であったといった旨の発言をしており、プロジェクト組織上の属性と機能組織上の属性が異なる例のような気がする。
アムダールはサウスダコタ州出身のウィスコンシン大のDrで、ブルックスやブラアウより少し早く1952年にIBMに入社し、IBM704の設計を行った。この704は大変な名機で、スパコン関連の話題としては電子的なハードウエアとして最初に浮動小数点演算器を備えた機械で、704以降からFLOPSという言葉が使用されるようになったのである。また、ジョン・バッカス等による最初のFORTRANも704に合わせて作成されたものである。
アムダールはStretchプロジェクトに対する不満(多分主導権争い)から1955年にIBMを退社してしまったので、Stretch開発には加わっていない。しかし、その後1960年にリサーチ部門に再入社し、S/360開発プロジェクトではブルックスの下でアーキテクチャMgrを務めている。その後、CDC6600対策のS/360モデル91や95の開発を担当し、先進コンピュータ研究所の所長になり、ASC-360という3機種からなるハイエンド・ファミリを提案したが、経営陣は1機種しか認めなかったため、研究所の閉鎖を申し出て1970年にIBMを退社し、アムダール社を設立することになる。
一方、ブルックスはノースキャロライナ州出身でハーバード大のH.エイケン(ハーバード・マーク1の考案者)の下でDrを取得し、1956年にIBMに入社した人物である。Stretchプロジェクトに加わり、S/360開発ではシステムMgrであったが、開発の遅れたOS/360開発のためソフトウエアMgrも兼任した。開発完了前からノースキャロライナ大学の計算機学科立ち上げに助力し、完了後IBMを退社しノースキャロライナ大教授に就任している。ブルックスはOS/360開発の経験を元にした「人月の神話」という有名な本を書いている。
ブラアウはオランダ国籍でハーバード大のエイケンの下に留学しDrを取得し、エイケンの下でマークV、IVの開発に従事し、1955年にIBMに入社した人物で、Stretch開発、S/360開発とブルックスと同じ経歴をたどり、その後、母国に戻りトゥウェント工科大の教授になっている。
S/360は、701、704、709、7090、7030(型番3桁は真空管、4桁はトランジスタ)といった技術計算向けの2進ワード・マシーン系と702、705、650、1400といった事務計算向けの10進キャラクタ・マシーン系を統一アーキテクチャにまとめたもので、モデル数も最終的には全部で17-18ぐらいあったと思う。
アーキテクチャに関しては、701はノイマンのIAS系のマシーンで、704以降は独自。702、650はUNIVACを手本にしたもの。650はパンチカードシステムの置換え機でドラムを主記憶にした中小型機で、数千台を販売したベストセラー機。1400はトランジスタを使った7090のプリンタ制御用マシーンであったが、廉価であったため650の後継として中小の事務処理で人気が高く、数万台を販売した超ベストセラー機。IBMの売り上げは初期には650系、その後は1400系が圧倒的で利益のほとんどはこれらの機種からのものといわれている。
開発組織も別々であったが、S/360への統一のためタスキ掛け人事が行われ、技術的には7090-7030系が中心であったが事業全体としてのプロダクトMgrには1400系のボブ・エバンスが就任している。
なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、コメント欄にてご指摘いただけますと幸いです。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
いちのせかずま on 2008/04/12
To コメント#1
「興味深い」ということは嬉しいことなのですが、やや驚きです。若い世代の人達はメインフレームとは疎遠で、関心のないものと思っていました。筆者は82年の逮捕事件が発生した時、テキサス州のオースティンにいました。あるシンポジウムで筆者等が当時開発中の機械について発表を行うためで、バタバタしていたためか、逮捕に関する現地での報道についてはほとんど何も記憶に残っていません。さらに、その後のソフトの案件も秘密交渉でしたので、新聞や雑誌の推測記事を読んだ程度で、誰もが「聞かされて育った」様なものでしょう。
この事件は本文中の(A)を除いて、(B)は両社間の私的な秘密の約束事ですし、(C)も(B)に基づくビジネス上の仲裁ですので、法律違反の白黒を争ったものではありません。つまり、何らかの法的決着を求めたものではないので、「コンプライアンス違反」というか、ヴァイオレーションないしはブリーチといったものが特定されたわけではありません。したがって「コンプライアンス違反そのもの」と断定するのはあまり適切とは考えていません。盗品移送事件以外は私的なものなので、公的には何も歴史には残せないようなものと思っています。
この事件をどのように後世に伝えてゆくのかは結構難しい問題で、その難しさの原因は、対象期間が、各国でソフトの知的財産権に関する法整備が行われつつあったゴタゴタしたトランジションの期間であったことで、各国での法的状況に差があった事です。加えて、知的財産権とは関係ない米国の独禁法が裏に絡んでいたわけで、単純明快には白黒を断定できない状況であったように思っています。法整備が進んだ後に起きたPCにおけるROM BIOSなどの紛争とは状況が違うと考えています。
筆者が指摘したかったのは、当時我が国は、官民挙げて、ヤバゲなプラコン・ビジネスというものを行っていたという事で、この事件は、そのビジネス上の帰結として、起こるべくして起きた事件と考えている事です。後世には、こうした歴史を伝えることの方が重要なのではないかと思っています。
能澤 徹 on 2008/04/12
この話は聞かされて育ったので、すごく興味深いです。ワタシはどちらかというと、国内主要メーカーが徒党を組んだ後の結末を見たので、その始まりの火種がどういう事であったのかは詳しくなかったのですが、本記事を読んで、概ね理解しました。
ただ、このIBM事件自体は、いわゆるコンプライアンス違反そのものですので、そういった面では現在にでもきちんと残っている話だと思います。
いちのせかずま on 2008/04/05
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能澤さん
なるほど、勉強になりました。私が以前所属していた組織ではそういった事は歴史的な汚点として教育されていましたから、コンプ等問題としてあつかっていたと思いますが、事実は違うんですね。
納得です。