今シリーズの(1-5)<米国のスパコン計画>で米国でスパコンを牽引している組織に関する記述を行った。
http://rblog-tech.japan.cnet.com/petaflops/2007/07/post_67e2.html
これらの組織は一見バラバラに動いているように見えるが、実は、それなりに戦略を持ってなされているのである。
<米国のスパコン戦略文書>
米国のHEC(High-End-Computing、つまりスパコン)の国家戦略に該当すると思える文書は2004年7月に「Federal Plan for High-End Computing、HECの連邦プラン」として、大統領府のOSTP(Office of Science and Technology Policy、科学技術政策局(室?))から公表されている。
OSTPの長官は大統領の科学技術担当補佐官(Adviser)と考えて良く、この補佐官のオフィスがOSTPと考えると理解しやすい。この職位はかつてキッシンジャーやライスが勤めた連邦安全保障担当補佐官と同格のものと考えてよく、初代の長官は第2次大戦時代のルーズベルト政権下でのヴァンニーヴァ・ブッシュで、原子爆弾開発やレーダー開発等々の戦時兵器開発を主導したことで有名である。V.ブッシュはメカの微分解析機の作成者でもあり、Wikipediaの起源であるMEMEXの構想者でもあった。個性が強くトルーマンとは上手く行かず辞任に追い込まれたが、NSFは彼が構想した組織である。
大統領府には、安全保障分野では担当補佐官の他に連邦安全保障会議(NSC)があるように、科学技術分野でもOSTPの長官のほかに連邦科学技術会議(NSTC)と大統領科学技術アドバイザー会議(PCAST)というカウンシルがある。NSTCは省庁の長官を集めたカウンシルで、PCASTは民間の企業経営者や大学学長などを集めたカウンシルである。NSTCの主たるミッションは、省庁横断の科学技術戦略・政策の策定であり、OSTPの主たるミッションはNSTCからの戦略・政策と予算の執行に関する省庁間の調整・監視である。
前述の「Federal Plan」には「Report of the High-End Computing Revitalization Task Force(HECRTF)、HEC再活性化タスクフォース・レポート」と併記されており、このレポートはNSTCの下部組織の一つであるNCO(National Cordination Office)の中のNITRD(Networking and Information Technology R&D) がまとめたものである。
この報告書のEXECUTIVE SUMMARYには、以下の3点が記述されており、政府の対応の必要性を勧告している。
(1)HEC Research & Development:
米国がリーダーシップの位置に居るためには10-15年間の継続的投資が必要。技術詳細は本文に詳述。
(2)HEC リソース:
一部の政府機関ではHECにアクセスできない機関すら存在し、全体的需要に応えられる状態ではない。そして、政府機関は、重大な大規模問題の解決に活用できるHEC(高性能スパコン)を保持していない。
(3)購買:
政府機関でのHEC購入時の効率的購買処理がなされておらず、効率的プロセスとデータの共有が必要
2007年の現在、(1)は現在進行中で、内容的には長くなるので別稿で述べたい。(3)の実態は外部からは政府機関のRFPや契約金額などの詳細情報がなかなか入手できずデータ不足であるため判断は控えたい。(2)に関しては以下の、2007年6月のTop500の国別台数シェアのデータと、参考としてHECRTF報告論議中の2003年6月のデータを加えた下表を参照いただきたい。
| 順位 | 国名 | 台数(2003) | 台数(2007) | Count Share | 台数 倍率 | 百万人 当台数 | GDP$ 兆当台数 |
| 1 | 米 | 247 | 281 | 56.2% | 12.2 | 0.95 | 22.6 |
| 2 | 英 | 36 | 42 | 8.4% | 1.8 | 0.71 | 18.3 |
| 3 | 独 | 56 | 24 | 4.8% | 1.0 | 0.29 | 8.3 |
| 4 | 日 | 39 | 23 | 4.6% | 1.0 | 0.18 | 4.8 |
| 5 | 仏 | 18 | 13 | 2.6% | 0.6 | 0.22 | 5.9 |
| 5 | 中 | 6 | 13 | 2.6% | 0.6 | 0.01 | 7.1 |
スパコンにアクセスできない問題は、年次増減からは、米英が増加、日独が激減と言ったところで、TOP500を見る限り、米国での状況は改善されているように見える。
大規模高性能スパコンを保持していない件はBG/L、ASC-Purple、Red Storm、NASA-Columbia等々の高性能機の設置でほとんど解決されたと言ってよいであろう。従って、HECRTFの戦略はそれなりに効果を出したと言ってよいと思える。
2007年の台数データでは、日本の23台に比べ、米国は281台で12倍、英国は42台で約2倍、ドイツは24台で1倍、フランスと中国は13台で0.6倍である。
人口百万人当たりの台数ては、日本に対し米国は5倍、英国は4倍であり、日本は中国を除く先進5カ国中、最低である。
GDP1兆ドル当たりの台数では日本は4.8台で、中国を含む6カ国中最低である。稼いだ金が有効なスパコン投資には廻っていない事を示している。
改めて言う必要も無いが、単純台数でいっても、人口比でいっても、GDP比でいっても、米国が他国を圧倒していることは確かであると同時に、日本の薄っぺらさが、やたら、目に付く結果である。
<国家の科学技術能力とスパコン・デバイド>
「計算科学」という言葉が端的に示しているように、科学や工学の対象が微細化ないしは巨大化すればするほど、実実験は難しくなり、シミュレーションとそのヴィジュアライゼーションが主流にならざるを得ないことは自明であろう。QCDに限らず、ASCのような核兵器開発管理においても、量子分子動力学、ナノ、バイオ、プロテイン、ニューロン、マクロ&マイクロ気象、環境、天文、等々あらゆる分野でスパコンを使ったヴァーチャル・リアリティもどきのシミュレーションが必要となるのである。
要するに現代のスパコンとは単なる高速計算機械と言うことではなく、汎用実験装置なのである。当然、科学技術の成果は、実験装置を多数保有している国が有利であり、1国の潜在的科学技術力は実験装置の量とその使用技術に依存することとなり、圧倒的に米国有利と言う状況である。
翻って日本を考えてみると、「ぶっちぎりの世界1を」と言ったスローガンとは裏腹に、足元の基盤は甚だお寒い状況である。スパコンが無いから良い教員が育たず、良い教員がいないから学生が育たない。従って、スパコンを使いこなせる人が少ないから、切実な要求が少なくスパコンの量は増えない。
日本の一般の学生や研究者は、ある意味、デジタル・デバイドならぬ「スパコン・デバイド」状況に置かれていると言ってよいのではないだろうか。絵に描いたような見事なネガティブ・スパイラルである。
かくして、人口比や経済規模比において汎用実験装置(スパコン)の量が極めて少ない日本は、このままでは近々、国の潜在的科学技術能力において米英にかなり立ち遅れてしまうであろうし、あるいは、近々中国にすら追い越されるのではないかとの危惧の念を抱かざるを得ない状況なのである。
このような状況下で、無理な背伸びをして、1点豪華主義で、その他万骨枯るの「ぶっちぎりの世界1」を目指すことに意味があるのであろうか?
HECRTFにも記述されているが、一般の研究者や学生がスパコンへ自由にアクセスできない状況は極めて問題であり、スパコン分野は大きく2つに分ける必要があると思えるのである。すなわち、「ぶっちぎりの世界1」を目指すリーディング・エッジ・スパコン分野と、「ぶっちぎらなくても良い」安くて高性能の一般スパコン分野である。HECRTFの言葉で言えばLeadership SystemとProduction Systemである。
「ぶっちぎり」分野1,180億の半分程を、「ぶっちぎらなくて良い」分野にまわすだけで、TACCのRangerの例を参考に買い叩けば、500TFLOPS機が10台程すぐに設置できるのである。あるいは、実行効率が50%以下でこの11月のTop500ではランクアウトになるであろう旧式の高額リース機を後生大事に設置している大学法人殿は、そのリース料金で上手に買い叩ければ、500TFLOPSに近い高性能機を入手出来るのである。
この分野はパソコンと同じで、外資も国産も関係のない自由競争の分野である。基本的に、妙な条件などを付けず、自由競争入札を行えばよいのである。当然国産は外資に負けないように頑張るべきで、この競争に勝てれば、より広い国際市場での競争にも勝ち抜いてゆくだけの足腰の強さも身につくのである。
この分野の本質は「道具としての汎用実験装置であるスパコン」を有効に実験装置として利用する技術であり、スパコンを作ることではないのである。購入者は税金の有効投資に心がけ、自由競争入札の原則を守るべき分野である。
他方、「ぶっちぎり」分野も原則的には同じ自由競争の世界であるが、若干考察が必要と思えるので、稿を改め別途考えてみたい。
限りある税金は有効に投資されねばならない。科研費を含め、国の科学技術・産業振興予算で、どれほど投資効果の無い税金の無駄使いが放置されてきているのか、会計検査・行政評価を通し、厳しく監視する必要があるであろう。
<蛇足>
蛇足ではあるが、日本の一部には、HECRTF報告書を、地球シミュレータ(ES)による「コンピュートニック・ショック」のインパクトの大きさを表すものと強調する向きがあるが、筆者の感覚はこれとはかなり異なるものである。米国の安全保障政策は常に「脅威」によって成り立っているもので、脅威を強調することで予算のコントロールを行っているといわれている。脅威のレベルによって予算が大きくふれるのである。科学技術政策においても同様なことがいえるため、レベルの高い脅威があると予算獲得が容易になるのである。2002年当時はブッシュ政権発足直後で、科学技術政策はクリントンーゴア政権の赤字解消緊縮財政政策の影響下にあり、民活が基本で、HEC分野では核拡散防止条約による核実験禁止に対処するため、やむなく、核開発管理シミュレーション計画のASCが認められていた程度であった。そこに現れたのがESである。HEC関係者がこれを脅威に仕立て上げ、予算獲得に利用したと考えるのは常識であろう。つまり、ESは予算獲得の「ダシ」に使われただけと考えるのが妥当であろう。そして、消費電力や設置面積は格好の比較材料で、ESに比べ如何に自分の提案システムが省エネで、設置面積が少なくて済むかといった説明の材料として使われているのが実態であろう。先方のプレゼンテーションにESとの比較がでてくると、「またか」と気分の悪い思いをするのは筆者だけではあるまい。
なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、ご指摘いただけますと幸いです。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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