HPCwireが7月17日に伝えるところでは、Blue Geneの生みの親で、IBMの基礎研究部門のTopであったPaul HornがIBMを退社したということである。ホーンはチェスのDeep Blueを推進し、1999年に5年以内を目標に1ペタフロップスのスパコンを作成する研究開発実施の意向表明を行い、BlueGeneを世に送り出した人物である。今考えてみれば、6月のアルゴンヌ研究所向けの1ペタフロップス機GlueGene/Pの発表は、ホーンが1999年の約束を履行したと言うことであり、約束を守っての退社ということなのであろう。退社後はニューヨークの大学で後進の指導に当たるとのことである。
既発表の1PFLOPSのBG/Pはともかく、ホーンの退社により、次の10PFLOPSに向けたBG/Qの戦略はどうなるのか、しばらくの間、注目して眺めて見たい。
Blue Geneに関連した話題にQCD(Quantum Chromo Dynanics、量子色力学)計算のニュースがある。7月12日付のフィジカル・レビュー・レターズに筑波大+東大チームによる「Nuclear Force from Lattice QCD 」という「核力の起源を量子色力学から解明した」という記事が掲載された。核力の湯川中間子論をクオーク全般に敷衍した量子色力学は解析的数値計算では解けない力学で、シミュレーション方式で計算するほか計算方法が無いとされており、「計算科学」の発祥となった分野である。今回の論文のキーポイントは、このシミュレーション計算をKEK(高エネ研)のBG/Lを400時間使って計算し、その結果が今までに得られている実験結果と合致することを確認し、よって、核力の量子色力学理論が正しいことを数値的に証明したと言うものである。
いわゆるQCD計算は、ここ30年来、世界各地で徐々に徐々に精度を上げてきたもので、どのレベルをもってして「証明した」ということになるのか議論の余地はあるが、Physical Reviewの速報に掲載されたと言うことは、かなりのレベルであり、快挙であろう。
<Blue Geneの起源と量子色力学での成果>
スパコン業界で、今をときめく、BG/LやBG/Pの起源は、実は上述のQCD計算のために米コロンビア大学とエネルギー省のブルックへイブン研究所及び日本の理研がIBMの基礎研究部門と共同で2002年から2005年にかけて開発したQCDOCというコンピュータであったのである。さらにこのQCDOCの前身のコンピュータが1998年に完成したQCDSPとよばれているコンピュータで、コロンビア大学のチームがDSPを多数結合して作ったコンピュータである。
QCDSPはPC用のCPUに比べると部品として格段に安く入手可能であったDSPをCPUとして使用したコンピュータで、CPU間の結合は4次元トーラス結合であった。このQCDSPを手本に安価でより高性能なCPUを大量に結合し、10TF実現を目指しQCDOCが計画され、IBMのPPC440を使って作成することになり、最終的に2005年に完成した。
IBMの基礎研はこの産業機器組込用の超低消費電力の小CPUを多量に結合して高性能スパコンを作るという方式はQCDだけでなく、ナノ、BIOなどの多方面にも適用可能であると考え、1PetaFlopsを目指したBlue Geneの開発を決断した。QCDOCが1コア1FPUチップであるのに対し、BGは2コア4FPU構成にしたが、Interconnectは時間軸を減らし一般的な3次元トーラスとしたのである。
当時、エネルギー省は核開発・核兵器管理のミュレーショションのため、ASCの10年計画を推進中であったが、市販PC並列型のスパコンは性能が計画していたほどには伸びず、2000-2002年当時、最終の2004年までに100TFLOPS達成はかなり難しい状況であった。そのため、最終の納品計画であるパープルの入札仕様書の中には、指定仕様以外の方式でも100TFLOPS達成可能な方式があれば、積極的に代案を含めて提案してよい、といった趣旨の但し書きが付加され、IBMはPower4/5に加え、基礎研の研究プロジェクトであったBlue Geneを加えて提案し、両方が採用となったのである。そして、このとき以来、Blue Geneは納品先のLLNL(ローレンスリバモア国立研究所)の頭文字のLを付けてBlueGene/Lと呼ばれるようになったのである。
従って、BG/Lが核開発・管理のために開発されたと考えているのは偉大な誤解で、本来は量子核物理学やナノ、BIO、ニューロン、タンパク質などの構造解析分野を狙ったスパコンで、世界の核物理関連の大学や研究機関には強い浸透力があり、さらに天文学などにもシンパが広がっているのである。
このような背景から、筑波大+東大のチームがKEKのBG/Lで成果を挙げたことは、歴史的経緯からも、タイミング的にも極めてラッキーであった。QCDの計算分野は使用するスパコンの性能と計算法が勝負である。この6月のTop500で第5位にランクされたのはStorny Brook/BNL(Brookhaven National Lab)に設置されたBG/L-18ラックで、Max82.16TF、Peak 103.22TFの大システムである。KEKのBG/Lは4ラック・システムが2台と2ラック・システムが1台で、それぞれが独立したシステムと報告されている。大きい方の4ラックシステムでもBNLの0.22(9分の2)の性能であり、仮に10ラック全部を結合したとしても0.56(9分の5)に過ぎない(HPCwireの記事ではそうなっていた)。
そしてBNLーコロンビア大ーRikenはQCDOCの発注主であり、世界でQCD計算の最も盛んな研究所の一つであることを考えれば、近い将来、彼等がその大システムを使ってQCD計算で成果を挙げるであろうことは確実であるからである。
1935年にわが国の湯川氏が切り開いた原子核の核力の仮設は量子色力学として体系化され、今回その体系の正しさをわが国の研究者によって数値的に裏付けることが出来たということは、誠にご同慶の至りである。
と同時に、このニュースに関しては、数値的裏付けの道具であったスパコンがBG/LであったことはQCD計算の因縁でもある。使用スパコンが国産であれば勿論言うことは無かったのであろうが、要は道具として使用可能なことであり、道具の来歴に拘ってタイミングを失えば、本質である科学的成果さえも失いかねない状況であったのであり、今回の件では、KEKに使用に耐えうる高性能スパコンが設置されていたことが勝因であったという事実を再認識すべきであろう。
スパコンはあくまで道具であり、それ自体を目的化し、国産に固執するのは行き過ぎであろう。道具は、道具として多くの研究者に与えることが本質であると思うからである。
<国産スパコンの実態>
このような激動の世界の中で、若干ずれているのが、筑波大のPACSーCSというシステムである。これは筑波の計算科学センターが中心になってQCDのために、日立と富士通におよそ22億円前後で発注作成したシステムである。Max10.35TF, Peak14.34TF, Lnkpack実行効率72.18%のシステムで、CPUはNet-BurstアーキテクチャーのXeon 2.8Ghz、Interconnectは独自の4次元トーラス型でQCDSPと同じ構造である。BG/Lの3次元トーラスではQCD計算でパフォーマンスがでないとして独自開発に及んだものであるが、その客観的成果は公表されていない。
参考までに、KEKのBG/L 4ラック・システムはMax18.67TF、Peak22.94TF、Linpack実行効率81.39%で8.5億円前後と推定されている。PACS?CSの38.6%の値段で、性能は1.8倍なので、価格性能比的には4.7倍程度と考えてよい。 PACS-CSの代わりにBG/L?4ラックを購入したとすると13.5億円の無駄を省くことができ、逆に、この13.5億円が独自Interconnectの「わがまま」の対価と言うことになるのであろう。 同じ頃に完成した東工大のTSUBAMEはSun-Opteron?InfinibandでMax38.18TF、Peak49.87TF、Linpack実行効率76.56%(ClearSpeedを除く)を約20億円程度で契約しており、Linpackに関してはPACS-CSの4倍近い性能を示していることも指摘しておきたい。
QCD計算の特異性を強調して計算科学センターを設立し、QCDでは(BG/Lの3次元トーラスでは性能が出ないので)独自開発が必要としてGbEthernetによる独自開発をしたものの、上述の今回のQCD計算が、PACS-CSではなく、BG/Lで行われたと言うことが、なんとも皮肉で、当該計算科学センターの実情を示しているように思えてならない。
そもそも、経験的事実としてCPUにNet-burstのXeon、GbEthernetを選んだ時点で、PACS-CSのパーフォーマンスは上がらないであろうことは予想されたことである。スパコンにおけるNet Burst Xeonの効率の悪さは当時のTop500を調べればすぐわかったはずである。その典型的事例が国内にもあり、それが理研のSuper Combinedと言うスパコンで、実行効率は69.59%という低効率であったことは周知の事実であったはずである。また、GbEthrnetも、LANやインターネット用ならともかく、スパコンのInterconnectとしては冗長すぎ、パフォーマンスが上がらないことも判っていたはずである。たとえばMyrinetはEthernetの冗長度を削ってスパコン用のInterconnectにしたものであり、まともにスパコンの計算効率を考えたのであればGbEthernetの選択は理解できないものであった。
要するに、QCDの計算、あるいは計算科学という大目標に対し、(税金による)お金のかけ方が「でたらめ」なのではないかと言うことである。「計算科学」と「コンピュータ工学の試作実験」は峻別する必要があるということであり、スパコンは「道具」なのか「目的」なのかを明確に区別すべきであるということを強く指摘しておきたい。
なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、ご指摘いただけますと幸いです。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
メンバー限定サービスをご利用いただく場合、このページの上部からログイン、またはCNET_ID登録(無料)をしてください。
新着コメント
すっきりしました。...
日本をダメにする有識者(笑)にはご退場願いたい。
投稿者 : めんへら
私の様な凡人には、コンソーシアムの中の錚錚たる研究者を 「計算基礎科学の......
計算基礎科学コンソーシアムの声明はお門違い
投稿者 : 10risugari
コメントありがとうございます。私もそう思います。電子媒体は紙のような自由......
iPhone VS 手書きノート
投稿者 : 島田篤
テレビでコメントする人間は一方的に擁護するモノばかりですね。反対賛成どち......
計算基礎科学コンソーシアムの声明はお門違い
投稿者 : hago
open_yellowさん コメントありがとうございます。 見学は随時可能ですので......
動画で紹介、活版印刷【製版編】
投稿者 : samuraitaro