私が始めてアメリカに来たのは、忘れもしません1985年10月3日でした。 Korea Airline(その頃日本で買えるDiscountのAir ticketはほとんどこれだった) の1年オープンticket(やはりその頃popularだった。 安かったし、1年間いつでも日本に帰れる) Los Angelsの空港へ降りたった時、英語(会話)はほとんどできませんでした。 日本で外国人相手に英語をしゃべった経験は無く、英会話学校にも行かなかった(そんなお金あるならアメリカへ行ってしまえという事で来たのです)。 いんちきくさい留学相談所に大枚取られて、いんちきくさい英語学校のI-20(入学許可書)を取ってもらい、銀行の残高証明(学費とアメリカでの滞在費)でImmigrationを通過できたのです。
まずLittle Tokyoに行こうと思いバスとか探したけど、”ぜんぜん判らない” 人に聞く事もできない。 かわいい女の子なら、下心があるにしろないにしろ誰か声をかけてくれるのだろうが、男1人じゃほっておかれるだけ。 L.A.ではAsianも多いから珍しがられる事もない。 ようやくTaxiが拾えたと思ったら、Mexicanの無許可Taxi。 どうやら僕みたいのを引っ掛けようと狙ってたのに、もろ引っかかったらしい。 でも、とにかくLittle Tokyoへは行けそうだ。 日本で調べてきたホテルの住所を見せると、「OK. OK.」と言うけどほんとに判っているのかな? 途中Highwayを走っている間にヤシの木が見える。 「Palm Tree?」 「Yes」 アメリカでの初めての英会話。 空港でも機体整備等の雑用は貧しそうな人間がやっている。 ”貧しい、汚い白人!” これが最初のCulture Shock. 日本で見た(と思った?)欧米人はびしっとSuitesを着た白人だけだったから。
なんとかHotelに着いてTaxi代を払うと。 「Tip. Tip. 15%」 と言われる。 小銭が無い。 「Change? (お釣りくれ)」と手まねで伝えるが向こうもお釣りが無さそう。 しょうがないので$20札やった。 「Thank you. Thank you] と喜んでる。 そりゃそうだ。 $40のTaxi代に$20のTipだもの。 50%のTipなんてこれ以外、20年のアメリカ生活で払った事ないよ。
と、まあ野次喜多道中の様な事をやりました。 この時はLAで1年英語学校に行き、TOEFL(アメリカの大学入学の英語試験。TOEICの元になったテスト)で507点(TOEICで750-800ぐらい)を取りましたが、本当に後で役に立ったのは、友達(台湾、タイ、インドネシア等)との会話や、Computerを教えた事等の”生きた英語”を知ったことでした。 その後New Jerseyのアメリカの企業で働き、一旦1988年(バブルまっさかり)に日本へ帰り、フランス企業の東京支社で働く事になるのですが、この時学んだ”生きた英語”、”通じる英会話”はどこでも役に立ってくれました。 しかし、「もう一つ上の英語力が欲しい」と思うようになったのと、アメリカが恋しくなっていたり、私の仕事(ソフトウェア)では日本には世界に通用する企業は日本には無く(今でも無い)、技術者としての夢も追いかけてみたかったので、2度目のアメリカ行きを決めました。 1992年の暮れでした。
幸い、1988年に日本に戻ってからの5年で貯金もでき(この頃日本はバブル経済のまっただ中。給料も良かった)、「アメリカでComputer ScienceのBachelor(学士)を取れば、英語の勉強とComputerの基礎の一石二鳥だ」と言うのが目論見でした。 その時、周囲のほとんどの人に反対されましたが、(1度目だって何しにいったのか判らないのに、今度は更に年くってるじゃないかというのが非難の論調) 「これからの時代、英語と日本語とComputerが高いレベルでできれば、絶対食いっぱぐれはない」と言う理屈で対抗しました。 その時反対した人たちも今は「お前の言った事は正しかった」と言ってくれますが、1992年の段階では、まだバブルの余韻もあったし、Global化というのもそれほど声高く言われる時代ではありませんでした。 そう考えると、この15年で日本はすっかり変わりました。 第二新卒だの、3年で大卒新人の3分の1は辞めるだの、人材の流動化も進みました。 新卒の3年後退職率」はなんと36.5%
1993年1月。 2度目のアメリカでは、まずモルモンで有名なユタ州の2年生Collegeに入って1年間勉強し、Alabama州立のUniversity of South AlabamaでBachelorとMaster(修士)をやる事になるのですが、ユタのCollegeで取ったUnit(単位)のほとんどが転換できず、ユタでの1年は学業的には無駄でした。 良く言われる、「まず2年生Collegeを出て、その単位を4年生College(Universityとも言いますが)へ持っていけば、学費が節約できる」というのは、かなり誇張があり、同じ州でしかも学校同士がそういう移行を促進するような連携を組んでいる場合のみ有効と考えた方が安全です。 そうでないと、結局お金も時間も無駄になります。 ただ、2年生Collegeは規模も小さく家族的なので、日本人でお金も時間にも余裕がある場合、まず2年生Collegeに行って、アメリカの学生生活に慣れるのも良いでしょう。
4年生Collegeは何万人も生徒が居るところも多く生徒1人1人にはかまっていられません。 これはアメリカ人学生でも同じですが、外国人学生は友達も無く孤立感が強い。 特に日本人は日本での”濃密な人間関係”から、欧米流の個人主義、Privacy重視の社会にいきなり放り込まれるので、Home Sickに成りやすい。 日本人で留学を失敗する人の多くは学業よりも(これももちろんある、特に英語)この”希薄な人間関係”が原因の場合が多い。 しかしこれに慣れると今度は日本流の人間関係が”暑っくるしく”なってくるのですが、そうなると、かなりアメリカ生活に慣れたと言って良いでしょう。
さて英語の重要性はもう今の時代言うまでもないでしょう。 特にこのCNET Blogを読んでいるような人なら、BusinessのGlobal化、それに伴う共通語としての英語の重要性は、今後増すばかりでしょう。 今や、BusinessとScience and Technologyの分野に於いては英語ができなければ二流の位置へ追いやられてしまいかねません。 Web2.0の情報も大部分は英語です。 これはアメリカが先端技術特にソフトウェアとインターネットでぶっちぎりのトップなのが基本的な理由です。 Microsoft, Oracle, Google, Yahoo全部アメリカ企業です。 又学術分野では、毎年ノーベル賞の時期になるとアメリカ人の名前が上がらない事はないし、外国人でも実はアメリカで研究してノーベル賞を取った人も多い。 そこまでいかなくても、”アメリカを無視して研究開発できる科学技術分野はほとんど無い”と言って間違いないと思います。 そしてこのアメリカの科学技術を強さを支えている一つの理由が英語なのです。
”アメリカ人(とイギリス人とインド人?)は外国語を学ばなくても最先端の技術や理論を知ることができる” これはけっして無視できない、Hometown advantageです。 少し前にヨーロッパの学者たちが、「English Imperialism (英語帝国主義)]等と非難した事もありました。 日本の博士号コースへの入学基準にはほとんど必ず、日本語以外の外国語が必修となっていますが、理学系では英語以外の選択は無いのが実情です。 昔は化学ではドイツ語、医学ではフランス語の選択もあったのですが今ならどっちも英語でしょう。 理学以外にも英語の一極集中は進んでいて、ファッションや美術等もParisよりはNew Yorkが世界の中心になってきており、それに伴い英語が必須です。 世界で唯一英語に抵抗していた、”ヨーロッパ一英語のへたなフランス人”も、若い人は英語を話すようになってきました。 このまま行くと日本人がフランス人に変わって、先進国で唯一の”英語のへたな国民”になるかもしれません。 でもこれはちゃんと理由があるのですが。 その理由は次に続きます。 今日は意識して英単語を文章に入れて書いてきました。 読みにくくなったと思いますが、判っていてやった事です。 その理由も次に書きましょう。
今日のおまけはAtlanataのDowntownにあるFatMatt's Rib(太っちょマットのRib)という、Jaz演奏付きFast Food Berbecue屋さんです。 演奏のレベルも結構良い。 めちゃくちゃ安くて味も良い。 お勧めです。 Tipもいりません。 Player(演奏者)はTip用のガラス瓶を回してくるので、これにはこころざしをちょっとあげてください)。 アメリカにはこういう観光客は来ないけど安くて良い店が一杯ありますよ。

カベにはPosterや写真が一杯貼ってある。

では今日はここまで。
大額和良(おおぬか かずよし)
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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